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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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51.荒れた森

 翌朝、森へ向かう。

 パートンハド家の役目の一つに、森の守護がある。

 ユーリグゼナが森の見回りに入るのは、王の養女になって以来、三年ぶりだ。

 今回は従弟三人だけでなく、家の役目を知ってもらうために側人の爽、そして教育係のシノも同行する。

 武の心得が無い二人のために、森の深部といっても、比較的浅い場所を選んでいる。さほど危険はないだろう。

 

 隣の歩くシノの機嫌は、良くない。

 上品な微笑みを浮かべているが、彼の表情を読み取るのに慣れてきたユーリグゼナには、分かりやすいほど不機嫌だ。

 

 気を揉んで、鬱々と窺うより、聞いてしまったほうが良い。

 シノはどんなに怒っていても、話を聞いてくれる。彼女自身を否定することは無い。そう、ユーリグゼナは理解しつつあった。


「……シノ。今話してもいいですか?」


 とはいえ、タイミングは悪い。

 獣道に足を取られていたシノは、肩で息をしている。


「……問題ございません。ただ、呼吸が……すみません。次までに、体力……つけておきます……」


 息を切らすシノの頬に、一筋の汗が流れる。いつも以上の色気で、白い肌は光すら放っているように見える。


「ユーリグゼナ様?」

「あ。いえ。その……」


 見惚れている場合ではない。


「シノは、私に怒っています? 何か、しました?」


 シノの眉間のしわが一本減った。

 

「……ユーリグゼナ様が、()()眠ってしまったので……ちょっとムカついてました」

「ムカついて……えっ?」

「……私はどうしても、あなたに求めすぎてしまうのです。私が想うほどは想ってもらえないのだと、つい苛立ってしまいました……。態度に出ていましたか。不愉快にさせてすみません」

「あの」

「なんでしょう」

「想ってますよ。とても」

「…………」


 だだだだっと、真ん中の従弟アラントスが二人の間に走りこんできた。


「ユーリ。ぼんやりし過ぎ! 楽器の用意しないと」


 はっと見回すと、黒々と葉が茂る深い森の入り口に来ていた。久しぶりに来たせいだろうか。暗い森を不気味に感じる。

 

 ユーリグゼナは背中に抱えていた大きな鞄を地面に下ろした。森の入り口でした挨拶は、深淵の森では効かない。より美しい音楽が必要だ。

 ひと抱えある弦楽器を取り出すと、脇から一番上の従弟フィンドルフの手が伸びてきて、取り去ってしまう。


「フィン?!」


 彼は素知らぬ顔で弦を張り、音を合わせていく。弦楽器がいいということだろう。仕方ないので譲る。


「僕は笛ね」


 真ん中従弟のアラントスは、彼女の鞄から覗く笛を笑顔で掴む。もう楽器はない。演奏は二人に任せよう。

 末っ子の従弟ユキタリスは、金色のさらさらの髪を揺らし、首を傾けた。


「ユーリはどうする?」

「歌おうかな。ユキも一緒に歌おう」


 アラントスがヒュラララーと笛を鳴らすと、フィンドルフはチャンチャンチャン、ズッチャンチャンと一定の(リズム)を刻み始める。

 気まぐれな風の笛と、力強い大地の弦。それらに合わせるように、ユーリグゼナは強く声を張る。


 

生命を切り裂く稲妻

慈愛の雨で地を満たす

幾万の夜を超え 

種子は森に 生命は祈りに変わる



 抵抗を感じる。今日の森はなかなか手強い。それでも歌い続けるうちに、空気に溶ける感触を掴む。

 ユーリグゼナの朗々とした歌声と、ユキタリスの高く澄んだ旋律。柔らかな笛の音色に、安定した(リズム)を刻む弦楽器。美しく強い音楽は、命を賛美しながら、森全体を震わしていった。

 途中で霧雨が降り、空気が洗われる。曲が終わると同時に、森に涼やかな風が吹き始めた。


「……お見事です。一気に浄化されました」


 シノは目を見開く。爽は不安そうに周りをきょろきょろ見回してる。


「シノさん。私には全く分からないです……」


 ユーリグゼナは爽に微笑んだ。

 

「心配しないで。分からないのが普通だから」

「そう、なのですか?」

「うん。シノが特別凄いの。何しろお掃除だけで場を整えてしまう人だよ? どんな側人でも特権階級でも真似できない。本当にシノって万能だよね?!」


 へへっと顔を緩ませる彼女に、従弟の上二人がひんやりとした視線を送ってきた。

 シノは急に、荷物整理を始める。

 何やら落ち着きがなくなった爽は、「そうなの、ですね……」と視線を落とす。

 

 フィンドルフがすたすたと早足で近づいてきた。ユーリグゼナとすれ違いざまに言う。

 

「行くぞ。ユーリ」

「あっ。うん」

 

 ユーリグゼナは慌ててフィンドルフを追った。


 


 ◇

 



 魔樹がざわざわと葉と枝を揺らし続けている。

 近くから魔獣の唸り声が聞こえる。

 あれほど高い密度の演奏をしたのに、進めば進むほど森の緊張は高まっていく。

 ユーリグゼナは弦楽器を奏でながら、森の奥へと進んでいた。傍らのフィンドルフは右手に剣、左手に銀鎖の網を携え、四方に気を張っている。


「あいつを森に連れて来るべきじゃなかった」

「フィン。シノは今回、爽の師として来てる。『あいつ』は失礼だと思う」


 フィンドルフは口を噤む。良くないと、自分で分かっているから、落ち込んでいる。

 彼女だって、大事な従弟をへこませたいわけじゃない。認めて欲しいのに、ままならなくて、良い言い方が見つからない。


「……フィン。何を望んでる? 私に、どうして欲しい?」


 フィンドルフの顔が歪んだ。

 

「……離れていくな」


 苦しそうで、消え入りそうな声だった。

 そうか。彼はそれがずっと不安だったのか。


「俺にユーリを守らせて」

 

 変わらない主張。

 ユーリグゼナも変わっていないつもりだ。でも彼には違うのだろう。

 ゆっくりと言葉を返す。

 

「うん。守って。卒業したら、私の護衛になるのでしょう?」

「いいのか……?」

「いいよ。フィンが本当に望むなら。いっそ、王女の護衛隊長とか目指しちゃう?!」


 からかう物言いに、フィンドルフはふっと笑い返した。


「のぞむところだ」


 それが彼の幸せか、本当は分からない。でも今は、大事な従弟の屈託の無い笑顔が嬉しかった。




キィーキィーキキキキ 



  

 遠くから魔獣の警戒音が響いてくる。

 ユーリグゼナは最初に従弟が言おうとしたであろう話に戻る。

 

「フィン。前にここに来たのは、いつ?」

「一年。いや……それ以上見回りに来れていない」

「なるほど」


 ちょっと放って置き過ぎだ。生まれた魔獣が、子どもを産んでいてもおかしくないくらいの時間。


「面目ない」

「パートンハド家の人員は限られているから……ね。シキビルドの森は広いし深い。見回りは、重点地区以外は疎かになる」


 三年前にユーリグゼナが王の養女となり、二年前に叔父のアナトーリーが婿入りのため、家を出た。

 それ以後、単独で森に入れるのは、叔母ヘレントールと従弟のフィンドルフだけになってしまった。


 とはいえ、どうしてこんなにも生き物たちが荒れている?

 本来、森は何もしなくても自浄作用で保たれる。大きな災害があったとしても、森の王である鳳魔獣(トリアンクロス)が守る。

 

「……言い訳はしない。パートンハド家の落ち度だ。何にしろ、この異常事態を即刻惣領代理(ヘレントール)に、報告しなければならない。……悪いがユーリ。少し待っててくれ。一帯を調査してくる」

「私も行こうか?」

「いや。ユーリは非戦闘員を守って欲しい」

「分かった」

「頼む。アランは一人立ち寸前だし、ユキと爽にはお守りを持たせている。多少は大丈夫なはずだ。問題は……」


 フィンドルフはちらりと、シノを見た。

 ユーリグゼナは、拳を強く握り締める。シノは対人用のお守りしか着けていない。無策なまま、シノの同行を快諾した彼女の落ち度だ。


 縦に長くなってしまっていた列をまとめ、一旦停止する。魔獣と魔樹が近寄りにくくするため、火を起こす。


 フィンドルフは一人偵察に向かった。 

 ユーリグゼナは残りの人数と火を囲み暖をとる。



 

  

◇◇





「お茶でも淹れようか?」


 ユーリグゼナの緊張感の無い提案に、従弟の真ん中アラントスが呆れた顔をした。しかし、ぱっと顔を輝かせた末っ子ユキタリスの様子を見て、大きなため息をつきながら彼女に頷く。


「分かった。楽器渡して。僕が弾く」


 彼女は鍋に湯を沸かし、茶葉を煮出していく。粉末状の牛乳の粉と砂糖と香辛料を加え、吹きこぼれる前に、鍋を火から下ろした。

 肌寒い木枯らしが吹くなか、とうとうと湯気を立てるお茶を、五つの器に注いでいく。辺りが煙るように白くなった。と同時に、良い香りと甘い匂いが広がっていった。

 



 森は静けさを取り戻していた。アラントスの弦楽器の音は、澄んでいて空気に溶けるようだった。確実に生き物たちに届いている。

 

 アラントスが入学する前のこと。

 能力(ちから)無しであることに無力感を募らせ、泣いた。

 今では自らを乗り越え、順風満帆の学校生活を送っている。


「とても綺麗。上手くなったね。アラン」

 

 ユーリグゼナの言葉に、アラントスは、うっと呻き声を上げた。弦を掻き鳴らす手が止まってしまう。頬がほんのり赤くなる。


「ユーリは……いつも、こっちの予定を壊す』


 また失敗してしまったのか。年齢以上に落ち着いたアラントスが文句を言うのは、本当に困らせているからだ。


「ごめん」

「いや。修行が足りない僕が悪い。……楽器の練習は欠かしてないよ。パートンハド家の役目に必要なことだから。上手くなってるなら嬉しい」

「アランがどれだけ頑張ってきたのか、よく分かったよ。腕を上げたね。森のことも本当によく学んでる。凄いよ」

「……フィン兄に比べたら、全然だ」

「自分に厳しいところ、変わらないね」


 彼はツンと顔を背けて、お茶の器に手を伸ばす。まだ熱すぎて誰も手を付けていない。それなのに、ふぅふぅと息をかけ冷まそうとしている。動揺を隠そうとしている従弟が可愛い。



パン


 

 何かが弾ける音に、ユーリグゼナは顔を上げた。シノが強張った顔で、荷物を片付け始める。

 続いて、軽い爆発音が響く。



バン バンバン


 

 ほぼ同時に、キエェェーッという魔獣の鳴き声が森を駆け抜けていく。それに触発され、風で煽られたように魔樹たちがのたうち始める。低い唸り声が遠くから、近くから、何処かしこから聴こえる。急激な悪化にユーリグゼナは身震いした。


「やったぞ──!!」

「俺んだぞ? 俺の陣で捕まえたんだからな!」


 興奮した幼い声が上がる。その明るい響きは、暗い森に不似合いだった。



 


 

次話「守られない掟」は今月中に掲載予定です。

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