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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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46.最良の隣2

アルフレッド視点、続きです。

飲酒シーン入ります。(彼らはこちらの世界に換算すると、20歳超)

 成人してからというもの、人付き合いにお酒が付き物になった。

 アルフレッドの場合、酔うと演奏出来なくなるので、一、二杯付き合う程度で終わらせる。


 それが、今夜は違った。


 ペルテノーラ帰国が目前に迫っているナータトミカは、起きたまま悪夢を見ているかのような暗い顔で、無言で酒坏を空け続けた。

 ずっと泣き続けているので、いたたまれなかった。もっと早く止めれば良かった、と反省してももう遅い。

 ナータトミカは突然、机に頭から打っ伏す。


「これは、どうするんだ」


 養子院の次官を務める友人オスニエルが、綾織の裾をひらひらさせながら、机に乗った巨大なナータトミカの上半身を指差す。揺り動かしても、背中を力強く叩いても、全く起きない。ゴォォーゴォォーと悪魔のような寝息を立てていた。


「目覚めるまで、そっとしておこう」


 アルフレッドは予備の毛布を持ってきて、彼の広い背中を覆う。

 オスニエルは、音楽理論を語り合えるナータトミカを殊の外気に入っている。自らの整った頬を指先で突きながら、しんみりと訊いた。


「そんなに難しい恋なのか?」

「うーん。家柄とかは問題ないけど、本人が……ちょっと、難攻不落というか」

「私が知っている者か?」

「会ったことがあるはずだ。サギリといってね。ユーリの側人だよ」


 二年前ユーリグゼナがペルテノーラに家出したときのこと。

 アルフレッドと彼女は、ナータトミカの家で過ごした。金に困り、家の御用達にも逃げられるほど困窮した状況下に、ユーリグゼナの側人サギリは森から獣や野草を調達する。家中みんなの食料危機を救った。


 ナータトミカはこの凛々しくも美しい年上の彼女に、恋をした。学校でもシキビルドでも、やたらとユーリグゼナの周りを彷徨き、サギリと接触を試みたものの、想いを伝えられることもなく終わったらしい。

 

 アルフレッドはナータトミカの恋に、全く気づかなかった。卒業後、シキビルドでの音楽活動のため、サタリー家に滞在するようになって、ようやく彼の前途多難な恋心を知ったのだ。

 先日、とうとうナータトミカは、サギリと二人きりで話すことに成功した。必死の告白に戻ってきた答えは……。


「なんでも『一生ユーリグゼナ様の側人を務めますので、家業は一切務めません。子どもは産んでも構いませんが、仕事中面倒見るのはずっと夫の役目になります』って言われたそうだよ」

「わー。家も育児も放棄って。体の良い断り文句だね」

「多分な。俺もサギリは断ったつもりだったと思う。でもナータトミカは『だったら、俺が全部やろう』って求婚した」

「えー」


 オスニエルは、信じらんないと呟き、酒杯を置いた。


「そうしたら今度、徹底的に避けられるようになった。ナータトミカが会いに行っても、いつも不在。ユーリグゼナと会っても、サギリには巧妙に逃げられる──流石に酷いと思うよ」

「……どこが良かったんだ。そんな女」

 

 心底嫌そうなオスニエルに答えたのは、地獄の底から響いたような低い声だった。


「……サギリはな。ユーリグゼナのことが、何より大切なんだ。だから、自分の気持ちや都合は全部後回しにしてしまう……」

「起きてたのか? 具合はどうだ?」


 心配するアルフレッドに、ナータトミカは机に打っ伏したまま『駄目そうだ』と呟く。


「最初に気になったのは、合間に見せる寂しそうな顔だ。ユーリグゼナに仕えるときの穏やかな顔が嘘みたいに」


 あの顔を穏やかと思えるのは、ナータトミカだけだと思う。

 ナータトミカは、ほとんど独り言のように続けた。

 

「可愛いんだ。ユーリグゼナが笑うと、サギリは本当に嬉しそうに微笑むんだ」

「……そうか」

 

 アルフレッドには、なかなか持てない感想だ。彼女の冷たい視線で、常に凍らされている。


 オスニエルは、美容に良いという薬酒を傾けながら言った。


「まあナータトミカがその女を好きだとしてもだ。家のことも育児もしてくれないなら、結婚する意味ないんじゃないか?」

「いや……話して分かった。サギリは子どもが欲しいんだ。でも側人の仕事が優先だから、諦めている。だったら俺が子どもを持てるようにしてやりたい、って思った」

「本気? 音楽は演奏会はどうするんだ。遠征もこれから増える。どう考えても家を開けっ放しになる。子育てなんか無理だ」

「……そうだな」


 気持ち悪そうに身体を起こすナータトミカに、アルフレッドは水を汲んで渡した。


「サギリのことは、急がなくていいだろう? またシキビルドに来たときでも。その次でも。いつかナータトミカを見てくれるかもしれない……」


 アルフレッドはどこか祈るような気持ちで言っていた。

 ナータトミカは水を一気に飲み干すと、カタンと器を机に置いた。


「いや。急ぎたい。サギリが子どもを欲しいなら、彼女のために急ぎたい」

 

 音楽の地位をどう高めるかは、この一、二年が正念場だ。でもナータトミカはこの大切な一、二年をサギリのために使いたいのかもしれない。


  

 シキビルドの特権階級において、卒業後は男女ともに即結婚、結婚後は早い妊娠出産を求められる。

 

 パートンハド家惣領代理ヘレントールは十八歳で結婚し、フィンドルフ、アラントス、ユキタリスと息子三人の母親で、現在三十三歳。

 同い年のサギリを、結婚適齢期と言う人はいないだろう。


「サギリは一人で生きていける人だ。俺なんか必要ない。でも彼女が後回しにする望みを、彼女の代わりに叶える資格を俺に貰えたら……って夢見てしまうよ」









 具合の悪いナータトミカを彼の部屋に連れていき、休ませた。

 自室に戻り、オスニエルと二人きりになれば、すぐに音楽の話に花が咲く。


「へえー。金属筒打楽器、ペルテノーラ王に売るために鋳造からするの? あの美しい楽器を造る職人はシキビルドにいるんだ。凄い情報。私は絶対に漏らさないよ。こんな機密情報」


 そんな反応、オスニエルを除けば誰もしない思う。でも確かにペルテノーラ王から依頼を受けていることも、シキビルド国内で製造できることも、公にしない方がいい情報だ。パートンハド家の者としては、漏らすべきではなかったかもしれない。

 多分、アルフレッドは酔っていた。でも顔に出ていないらしく、オスニエルは気づかない。


「それってさ。養子院の音楽教師たち関係してる?」


 結婚式で古式演奏を請け負った音楽仲間たちを、オスニエルはそう呼ぶ。

 

「……ああ。ユーリが考案して、彼らと職人が話し合って一から造った楽器だから」

「へえー。ユーリがねえ」


 一音階、オスニエルの声が低くなる。

 アルフレッドは口にしてた水割りの蒸留酒を、机の上においた。

 

「まだ嫌いか……ユーリのこと」

「うん。……確かに。昨夜の歌は本当に見事だったよ」


 ユーリグゼナは養子院の食事会で歌ったらしい。かなり重要な話なのに、彼女は何も言わなかった。わざとだな……。

 彼女が歌い人(セイ)であることを隠すから、アルフレッドからは何も聞けない。


「でもね。何でもしていいわけじゃない。例え王女であってもだ。そうだろ?」

「そうだな。……何があった?」 

「私は夕食会の日は夜勤でね。定期的に見回りするんだけど……皆が寝静まった夜。ユーリが泊まっている部屋から、衣服を乱したシノが真っ青な顔で出てきたんだ」


 聞きたくない。聞きたくない!

 アルフレッドの動揺に、彼は気づかず話し続ける。


「王女とアルフレッドの婚約は、音楽を広めるのに有用なのは分かってる。奔放な彼女だけど、確かに音楽には真面目だし、貴重な音楽の情報を持っている。でもさ。男を襲うとか駄目だろう。しかもシノは非常に真面目で優秀で、養子院になくてはならない大事な人なんだ。ただ──王に仕える側人でもあるから、王女の好意を無下にできないんだろうな。声かけたら、『支障ございません』って消え入りそうに答えるし。あれ、王女を庇ってんだろうな」

「酷い話だ」

「そうだろう?!」

 

 アルフレッドの同意に、ますます憤慨するオスニエルの誤解を解く気力はなかった。

 名前も聞きたくない。それが本音。なのになぜ今、ユーリグゼナと何かあったなんて話、聞かなければならない。あまりに酷すぎる。


「流石にナンストリウスに報告したよ。ナンストリウスは朝、ユーリを呼び出して説教してた。その後ユーリは、シノに『申し訳ございませんでした』って青い顔で謝罪してたけど、シノはますます顔色悪くなるし。やっぱ、碌な女じゃないよ。あの王女」


 もう帰れ。帰ってくれ!!

 その心の叫びは口にしないまま、オスニエルを追い出す。

 

「悪い。何か眠くなってきた」

「そうか。じゃあ、そろそろ帰るわ」

「ナータトミカの隣部屋に、簡易寝台あるから泊まっていけば?」

「ああ。そうするー。睡眠不足は美容に悪いし、すぐ寝るよ。おやすみー」


 ふわふわと綾織の服が優雅に舞う。

 見送ったあと、残った酒を一気に煽り、すぐ寝た。



次話「最良の隣3」は来月更新予定です。


アルフレッドが(セイ)の正体に気づいたのは、養子院の演奏会(第2部70.青の曲)のときです。だから「ユーリのばーか」って怒ってました。

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