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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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182/198

40.祖父の餅

ユーリグゼナ視点の続き。少し長めです。

 ナンストリウスからの手紙は、側人サギリ宛だった。

 サギリは開けた手紙を、机の上に置きっぱなしにしてくれていた。

 手紙とは別に、違う筆跡で夕食会から翌朝までの詳細な予定表がある。護衛としてサギリが必要な情報が網羅されていた。


(シノの手だ)


 とても読みやすい。が、個性のない手習いの見本のような文字は、伝えることだけに特化している。私心を全く入れない強い精神性が(うかが)えた。

 シノが王女の教育係としてユーリグゼナの側にいた頃、彼女はこの文字で書かれた内容を何度も読み込み、覚え練習してきた。

 久しぶりに手にした筆跡に、そっと触れる。手先からじわっと痺れていく。





 ◇




 

 約束の日の夕方。ユーリグゼナは、側人兼護衛のサギリとともに養子院へ入った。


 彼女たちを歓迎しようと、子どもたちは夕食会の前に金属筒楽器の演奏を準備していた。


 その席順で、ユーリグゼナは自分の立ち位置を知る。

 先に来ていたテラントリーは、代表のナンストリウスの隣。サギリはユーリグゼナから離され、副代表オスニエルの隣に席を準備された。


 ユーリグゼナの隣は……。


「まかせろ。俺がきっちり、もてなしてやるぜ!」


 にっと笑うブルーナの前歯が一本欠けている。


 離れた大人席から、謝罪や懇願が入り混じった視線が飛んでくる。『役目を与えないと、何するか分からないから、どうかお願いいたします!!』と、心を読まなくて聞こえてくるようだ。


(……私は多分。裕福な商家の子、くらいに思われてるんだろうな)


 共通語を話している時点で、普通の平民ではない。だが、特権階級にしては気品が、大人にしては身長が足りないのだろう。衣服も平民に準じているから、尚更だ。


 金属筒楽器の演奏のため、子どもたちは席を立つ。ブルーナだけは残り、あとはまかせろ、とばかりに手を振る。赤茶色のくせ毛がふわふわ揺れる。

 周りに人がいなくなると、ブルーナは神妙な顔でこそこそ耳打ちをしてきた。


「この間は助かった」


 ユーリグゼナは、ブルーナに出生のことを尋ねられた。しかし緘口令をひかれているため、彼女から話すことはできない。だから良くないと分かっていながら、平民で契約魔法の外にいるシノの名前を出した。


「大事な人は、大丈夫だったの?」


 赤子のブルーナを見つけて、養子院に届け出てくれた恩人が、行方不明だという。彼女を助けるため、親の力を借りたいと泣きつかれた。

 助けるのなら、まず代表のナンストリウスに相談してみては? と言ったら、すでに断られたという。なんだかナンストリウスらしくないように感じるが、契約魔法に触れるのを恐れたのかもしれない。

 

「うん。仕事でいなかっただけだって。ばあちゃん、花屋でさ。今度養子院の庭に木と花を植える立ち会いに来るんだ」


 彼が嬉しそうで、何よりだ。





 



ティンティラ ティンティラ

ティラティラ ティラリラ


 淀みなく美しい音色が重なっていく。数え切れないほど奏でている『レンベル』は、安心して聴いていられる曲だ。


(みんな上手くなったな……)


 練習を始めて二年。今ではたびたび演奏を依頼され、演奏料を受け取れる程になった。ユーリグゼナは思わず涙ぐむ。

 

 ブルーナに『ほんっと、ユーリって、よく泣くなあ』と、ぐしゃっとした手布(ハンカチ)取り出し、ガシガシ顔を拭かれる。洗濯したものであることを祈る。


 





 演奏が終わり、食堂に向かうと、すでに夕食が並べられていた。

 

 お米を炊いて丸めた『おにぎり』、煮豆を米麹と混ぜ発酵させた味噌の汁物『味噌汁』、海の生き物である魚に塩をして焼いた『焼き魚』。くず野菜を米の糠に漬け込んだ『ぬか漬け』。


 いつもの養子院の夕食でもてなすと、ナンストリウスの手紙にあった。

 これが普通だとすれば、なかなか変わっている。


「いつもより豪華〜。おにぎりは握るのが大変だし、大きな魚は数が揃わないからって、あんまり出してもらえないんだぞー」


 と、もてなし隊ブルーナから説明を受ける。

 膳からは湯気が立ち昇り、美味しそうな匂いがする。冷める前に食べたい。


 空席が目立つが、客人のため、先に食事の前の挨拶をしてくれるらしい。


「大地と海の恵み、神々の英知に感謝いたします」


 養子院の子どもは、食事を前に両手を合わせていた。そして、二本の細い木を使って食べ始める。まるでパートンハド家のように。


(なんで……?)





 祖父ノエラントールと母ルリアンナは、シキビルド産の食材、廃れてしまった昔の文化を、精力的平民へ広めていた。

 当時、特権階級に引っ張られ、平民もパンを主食に大型の動物を食べるようになっていた。

 それと逆行するように、パートンハド家の領内では、米の作付けを増やした。当時全く見向きもされなかった海で、良質なタンパク源である魚介類を求めた。


 意外と広まっていたのだろうか。


 黙々と食べるユーリグゼナに、ブルーナが得意気に言う。


「おいしいだろー」

「うん。とても」

「俺はおにぎりが大好きなんだ」

「そう。私も好きだよ。養子院では、お米や味噌や魚がよく出されるの?」

「出る。おいしいんだけど、魚がさー。いつものは小さくて骨がたくさんあって、食べるの面倒なんだよー」


 口を尖らすブルーナの頭が、いきなりガクガク揺らされる。頭を揺らす主は、彼女もよく知るフィンドルフの側人だった。


「うお。(ソウ)!」


 ブルーナの頭を、ポンポンと少々手荒に撫でる。


「ブルーナ。ちゃんともてなしてる?」

「おう。完璧だぜ」


 (ソウ)は苦笑いをすると、ユーリグゼナの隣に座った。養子院を出た彼は、客人の一人という立ち位置らしい。


「ねえ。爽。……養子院のご飯は、前からこうなの?」

「平民風、という意味ですか?」

「うん。まあ。それにしても独特だけど」


 発酵食品や魚料理が、平民の食事と言えるほど広がっているのか、ちょっと疑問である。


「シノさんがいらしてからです。以前は、パン主食の特権階級の食事でした。ただ僕たちは……こっそりおにぎりや芋を口にしてましたね」

「こっそり?」

「はい。こっそりです」


 シノ以前の養子院は、常に食料が足りなかった。見た目の良い子どもに充分与えられ、それ以外は少ない量で堪え忍ぶしかなかった。額に大きな傷のある爽は、それ以外に入る。

 お腹を空かした子どもたちを満たしたのは、子ども部屋の隅に隠すように置かれた、おにぎりや芋だ。


「一体、誰が?」

「それは、未だに分かりません。……ある日を最後に、ピタリと無くなりました」

「……急に無くなって、大丈夫だったの?」

「はい。ちょうどシノさんが養子院にいらした頃でしたから」


 爽が嬉しそうに笑った。

 シノが来て、普通に食事が全員に行き渡るようになったという。


「最後のこっそりおやつは、お餅でした。年明けに毎年全員分用意されていた祝餅。私たちにとっては、特別なものです。──今夜、みんなであなたのために作りました」


 わらわらと子どもたちが入室してきた。空いた席が埋まっていく。

 腕を組んだブルーナは、鼻息荒く言う。

 

「遅い! 待ちくたびれたよ〜」

「ブルーナは何もしてないじゃないか!」

「つまみ食いばっかりして、調理場から追い出されたクセに!」


 ぷりぷりしている子どもたちで、近くの空席も埋まっていく。


(あ……)


 最後尾にシノが見えた。成人が近い子たちと一緒に、給仕している。

 その姿を目にしただけで、彼女の身体はしゅっとした。気持ちが静かになる。なんというか、落ち着いた。




 

 おやつは黄金色をしたお餅だった。


(クロ)。これはウマイぞ! 特別にきな粉をたくさんかけてやる」


 ブルーナは豆の粉末を盛大にぶっかけた。当然、ユーリグゼナの皿の周りは粉が飛び散った。


「もう! 綺麗にかけてよ!」

「ユーリに変なあだ名つけないで!」

「ブルーナ。お礼とか、説明とかちゃんとしろよ!」


 ブルーナがなにかするたびに、非難轟々。ユーリグゼナの机だけ、やたらうるさい。

 でも、それで良かった。


「これは(シルクアン)を餅と練って作ったんだ。(シルクアン)は苗からみんなで育てた。この間の焼菓子はほんっっっとーに、うまかった!! ありがとな……なあ、なんで泣く?」


 祖父ノエラントールは年の暮れに芋餅を大量に作った。そして年が明けると、領内に近所、とにかくみんなに配った。


 本来年明けに食べるのは、蒸した米を突いた餅だ。

 でも餅になる品種は収穫分量が少なく、同面積で、ご飯用の米の四分の一しか採れない。

 不作が続き、餓死者も出るようになったシキビルドでは、もう作るべきではない贅沢品だった。


 『でも祝いたい時って、あるだろう?』と、祖父は作付けを減らしても、止めることは無かった。

 たっぷり食べさせたいからと、餅の四倍量の蒸した(シルクアン)を入れ、練って練って練ってとろとろのふわふわにした芋餅に、すり潰した豆の粉と貴重な砂糖をかけた。


 餅ではない。でもそんな気になる。

 手間がかかる。でもその分みんなで食べられる。

 ユーリグゼナにとって、最高の贅沢品だ。

 そのパートンハド家の贅沢品を、祖父はみんなに配ったのだ。この養子院の子どもたちにも。みんなが良い年を迎えられるように、と。


 芋餅を前に、静かに泣き出した彼女の顔を、またブルーナは手布(ハンカチ)で力任せに拭こうとする。


「大丈夫。ごめん……」


 こんなことでは駄目だ。みんなに作ってもらえて、みんなで食べられて嬉しい。それを伝えなければ。

 

「こんなにたくさん練り上げるの、大変だったでしょう」


 ユーリグゼナは笑顔で尋ねた。

 蒸した芋と餅をとろとろになるまで練り上げるのは、力と根気がいる。


「みんなでやったの!」

「大きい子たちが最後仕上げてくれた!」

「僕たちもね、蒸すのは手伝ったんだよ!」


 上気したたくさんの顔が、キラキラした目でユーリグゼナを見た。


「綺麗な黄色だね。美味しそう」


 甘そうな色だ。芋はたくさん実らせるより、甘く作るほうが手間がかかる。

 子どもたちは我先に、と答える。

 

「でしょう! みんなで一生懸命育てたの!」

「交代でお世話したの」

「なかなか大きくならなくてね」

「甘くなるのに時間かかって大変だった!」


 遠いところからも返す子がいて、騒然となる。

 そこでなぜかブルーナがしゃしゃり出てきた。


「まっ。そんなことはいいから、食おうぜ」

「「「「「ブルーナが言うな!!」」」」」


 そこはみんなの声が揃った。

 ユーリグゼナは忍び笑いを、両手の平で隠す。どうにか押し止めると、両手をそっと合わせ、軽く目をつむった。


「いただきます」


 他の子も倣う。皆がいそいそと食べ始めた。


 ふわふわして、もちっと、とろっとしてほんのり甘い。芋餅にくっついた甘い粉の一部は、水気を吸って黒い蜜になる。一緒に食べると、口の中に香ばしさとしっかりした甘さが広がった。

 子どもたちの顔が綻んでいる。大人たちも、みんな……。 

 

  

  

次回は、ユーリグゼナの演奏です。来月更新予定。

セットリスト入れておきます。


養子院の五角堂にて 子どもたちへお礼を込めて

鍵盤楽器による独奏 

演者:ユーリグゼナ


1 金属筒楽器のための『レンベル』『異国人に恋する少女の歌』他、メドレーを鍵盤楽器アレンジにて


2 『時の輪舞曲』

 卒業式後の演奏会で弾いた三重奏を、鍵盤楽器アレンジにて


3 『さきゆく君におくる歌』

 スリンケットの卒業祝いに贈った歌を鍵盤楽器アレンジにて


4 『朧月夜』

 父ベルンと母ルリアンナの思い出の曲。鍵盤楽器アレンジの予定でしたが……。

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