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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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34.夢の途中

大変遅くなりました。

 従弟のフィンドルフが早々に退出して行っても、ユーリグゼナとアルフレッドの話は尽きない。


 アルフレッドのペルテノーラ滞在中の話は、ユーリグゼナの心をこれでもか、と刺激する。国の外に出て情報を集めることの大事さを、今更ながら通過していた。

 

「ところでアルフレッド。身体鍛えたね? すごく締まって、気配まで変わってるよ」

 

 彼は飲みかけたお茶にむせ、ゴホゴホとせき込む。わずかに頬が染まっていた。


「……わ、分かるか?」

「うん。今度、手合わせをお願いしたい」

「いいけど……お手柔らかに頼む」

「こちらこそ。私ね、ヘレンから太刀筋がなってないって叱られて、基礎からやり直してるんだ。これが、なかなか直らない」


 アルフレッドが呆然とした表情になっていた。


「……これ以上強くなる気か? ユーリは十分強いだろう」

「いや、ヘレンとアナトーリーに比べたら、全然。能力(チカラ)がなかったら、フィンにも負けると思う」

「フィンドルフか。彼の訓練は、それはそれは激しかった……」


 がっくりと肩を落とす彼の様子から、手加減しない従弟の姿が目に浮かぶ。フィンドルフはアルフレッドを認めている。激しさは期待の表れだ。

 

「なぜだ? パートンハド家は、どうしてそんなに強さを求める?」

「──弱いと死ぬ、からね」


 ユーリグゼナの答えに、彼の顔がピクピクと痙攣する。パートンハド家は、『目』の役目上、荒事が多い。森を守る役目では、気の荒い魔獣と魔樹に命を狙われることもしばしばだ。


「死なないよう、頑張るよ……」

 

 アルフレッドの声は勢いを失っていた。難易度の高い森は後回しにして、ひとまずは人界での諜報活動を単独で任せてもらえるよう目指しているらしい。

 パートンハド家の基本は、自分のことは自分でできること。ユーリグゼナの父ベルンのように、吟遊詩人として各国を渡り歩きたいのであれば弱音を吐いてもいられない。

 

「夢のため、だもんね」

「ああ」


 特権階級の人間が、音楽を仕事にするには、越えなければならない壁がいくつもある。未だ音楽は、娯楽以上の市民権を得ていない。

 彼が前に言っていた『みんなが自由に、好きな曲を聴ける世界』までの道のりは、遥か遠い。

 

「私も頑張るね。アルフの隣にいられるよう、全力を尽くすよ」

「……ああ。俺も負けない。ユーリの隣は誰にも譲らない」


 アルフレッドの声に熱が籠る。

 

 彼の話してくれる各国の最新音楽情勢は、彼女の知らないことばかりだ。

 各国の特権階級のなかで、謝神祭(テレオンナーレ)の四国合同演奏会の注目度が年々増しているという。演奏曲は、学生や卒業生のなかだけでなく、音楽の愛好家の集まりやお茶会で弾かれているらしい。会員制や有償の会もいくつかあったという。


「うーん。とても嬉しいし、有難いんだけど……私のほうへ連絡なかったな」

「ああ。完全に無許可だった。各国の黒曜会の窓口にも事前連絡は一切ない。リナーサを通じて黒曜会の会員が手分けして、すべて後申請で許可書を出させている。金銭が絡む使用には必ず作曲者の許可を得る。その仕組みを、今すぐに作らないとマズい」


 不愉快に思われるのは承知の上。

 

 一たび人気が出てしまうと、無法地帯になりやすい。

 周りの倫理感と自制がなくなれば、一方的に搾取され傷つくのは、作曲者や創作協力者たちだ。そんな不平等な世界で、音楽に自由はなく、その翼を失う。


 ユーリグゼナはすでに、養子院の演奏会で自らやらかしている。楽屋の面子を怒らせ、暴動になりかけた件は、一生肝に銘じなければならない。

 

「……私も、やる。こんな時のための王女だし、職権行使します!」

「気負うな、ユーリ。一人じゃない。俺もいるし、リナーサにべセル、ナヤンとスリンケット、ナータトミカに次期王アクロビスも力を貸してくれる。各国で一件一件、きちんと対応していけば徐々に変わっていく。それにいよいよとなったら、──アルクセウス様に一役買ってもらうつもりだから」

「え?」


 唐突に出てきた最高権力者の名前に驚く。

 アルフレッドは何でもないことのように続ける。


謝神祭(テレオンナーレ)の四国合同演奏会の責任者は、学校長アルクセウス様だろう? シキビルドとの取り決めで、曲の使用は学校内に限られている。それを犯すわけだから、当然処罰される」

「そっか。世界の調停者に逆らう人間は……いないね」

「そう。でもそれは最後の手段。自然に、音楽の常識にしていくのが理想だ」


 黒曜会との話し合い決めたユーリグゼナの曲の使用料は、安い。手続きの手間暇を考えるとむしろ赤字で、協力者からの無償の志で成り立つ。

 収益より、許可を取る仕組み自体が大切だと思っていた。金銭の余裕が無い平民でも、気楽に手続きできるようにしたい。今後の世界のため、その一心で決めた。


 アルフレッドのさらっとした見事な金髪が揺れる。


「まずは金銭が伴う演奏には許可がいることを、確実に広めていくこと、だな……」


 彼は歯切れは悪い。上手く行っていないのだろう。

 ユーリグゼナは理由を察し、決意した。心の霧が晴れるようだった。


「お茶会、使えるんだよね? 私、参加するよ」

「え? いや、だってユーリは」

「アルフも一緒に参加してくれるでしょう? だったら私、何とかなるような気がする。会話は下手だから迷惑をかけてしまうだろうけど、王女の名前、少しは役に立つでしょう?」

 

 アルフレッドは深緑の目を見開き、彼女を見つめた。それがなぜか次第に渋い表情へと変わっていく。目は訝し気に細められる。


「どうして気が変わった? 誰かに……」


 言いかけたまま、むすっとした顔で黙った。

 彼女はシノを匂わせたつもりはない。なのにどうして、見透かされたような気になってしまうのだろう。

 気まずい沈黙のあと、アルフレッドがぽつりとこぼした。

 

「……助かる」


 どこかさっぱりしたような表情で話し始める。


「今、みんなが弾きたいのはユーリの曲だ。王女自ら作曲者を守る仕組みを啓蒙してくれたら、みんなの意識は一気に変わる。誰でも許可が下りて、演奏できることが広まれば、演奏会はもっと開かれるようになる。音楽はもっと身近になる。そう、願ってる」

「うん」


 音楽の未来のためなら、何でもする。彼女の心は定まった。


「ユーリ。今年も学校から謝神祭(テレオンナーレ)の四国合同演奏会に曲を提供してもらえないかって依頼、来てる?」

「うん。来てる。もう学生じゃないし、受けるべきかアルフに相談しようと思ってた」

「良かった。返事前で」


 今後も曲を提供して、謝神祭(テレオンナーレ)とアルクセウスの影響力と知名度を利用したい、とアルフレッドは言う。ユーリグゼナは選曲を相談する。

 

 しびれを切らしたサギリが、二人をそれぞれの部屋に追い立てるまで、熱心に話し続けた。



 





 アルフレッドが戻ってきてから、ユーリグゼナの王女としての音楽活動は一気に進んだ。

 お茶会が何とかなったのは、アルフレッドのおかげだ。彼の細部にわたる心遣いのおかげで、大きな失敗はなく、参加するたびに上々の反応がある。

 それでも向けられる視線の強さと、かけられる言葉の一つ一つの重さに、彼女の心は消費される。


「ユーリグゼナ様。本日は参加を取りやめてはいかがですか」


 サギリはユーリグゼナの外出準備の手を止め、心配そうに見る。


「そんなわけにはいかないよ。今日はシキビルドの若手演者がそろう会だよ? 演奏の約束もしているし、欠席はありえない」


 ユーリグゼナは血の気の失せた顔で、彼女の忠実な側人の進言を退けた。


 ずっと不順だった月の巡りが、成人してから人並みに巡ってくるようになってしまった。加えて腹部の痛み、頭痛やだるさは人並み以上の激しさときている。薬が使えればよいのだが、効きすぎてしまう彼女は、服薬して一度昏倒したことがある。

 覚悟を決めて、サギリに言う。


「短時間で戻る」


 こういう時、東司処(トイレ)事情が分からない場所は、気が重い。長居せず演奏終了次第、帰路につこう。



トントントン

 


 不意に戸が叩かれる。前触れなしの来客は、王か婚約者に限られる。


 許可を得て開けられた戸から、アルフレッドの姿が覗く。

 彼は彼女の顔を見た瞬間、さっと笑顔を引っ込めた。


「ユーリ。今日演奏する曲の楽譜ある?」

「えっ。ああ、もちろん」


 サギリの手から受け取り、アルフレッドへ渡す。彼は入室しないまま受け取り、楽譜に目を通す。


「ナータトミカ。これ、いける?」


 彼の後ろから、大きな身体がのっそり現れる。


「……ああ、いけるだろう」

「ナータトミカ?!」


 卒業以来の彼の登場に、驚きと嬉しさで声が大きくなる。

 彼は大きな身体を畳み、略式で礼を執る。


「ご無沙汰しております。王女」

「うわあっ。いいよ。人気(ひとけ)がないときはいつも通りでお願いします」

「では、失礼して……ユーリグゼナ。無頓着な俺が気づくほど、顔色が悪い。今回は俺が代理で演奏していいか? なあ、アルフレッド」


 さらっとした金髪を揺らしアルフレッドは深く頷いた。


「運良くナータトミカが居合わせて良かった」

「でもっ! アルフレッド。王女が急に欠席なんて、周りに迷惑が掛かる」

「はは。授業を毎回サボって平気だったユーリの言葉とは思えないな」


 彼のからかいに、思わず力を込めて反論する。

 

「ただのユーリグゼナだった時とは全然違うよ! 私の動きに合わせて大勢の人が、警備も席順も段取りも何もかも整えてくれている。それを全部無駄にするようなこと、簡単にしてはいけない」


 アルフレッドは穏やかな表情のまま、彼女の頭にポンと手を置く。


「その通りだけどさ。ユーリが無理して良いわけない。……俺たちの夢はまだまだ途中。この先のほうがずっと長いんだ」


 そもそも(まつりごと)を執り行う王族が忙しい。急な予定変更はよくある。約束を守ることは大事なことだけど、個人の集まりやお茶会の優先順位はもっと低くていい。夢を追い続けるために、最も大事なのは身体だと彼は言う。


 「ちゃんと寝てろよ」という言葉を残し、アルフレッドたちはさっさと行ってしまった。

 ほっとした表情のサギリに促され、ユーリグゼナはしばし寝台で横になる。

 




今月中更新を予定しています。。

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