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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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173/198

31.間違っているのは

遅くなりました

 焼菓子を仕上げ、御館に戻る。セシルダンテの講義に無事間に合った。


 翌朝、いつものように森でサギリと鍛錬に励み、朝食後は王女の公務をどうにかこなす。昼からは養子院で鍵盤楽器(ピエッタ)の練習。御館に戻ったら弦楽器の練習と、王女教育。

 何事もなく過ぎていくかのように思った。



◇ 



 焼菓子を焼いてから三日後のこと。

 彼女の養父、シキビルド王ライドフェーズに呼び出された。同じ御館にいながら、忙しく過ごす彼に会う機会はなかった。久しぶりに見た彼の眉間には、相変わらずシワが常駐している。


「しばらく顔を見なかったな」

「はい。ご公務お疲れ様です」

「……早速だが、いろいろ確認したい」

「何でしょう」


 人払いされ、お茶の準備も整わないうちに話し出す。きっとあまり時間がないのだろう。


「もし私が、お茶会に参加しろと言ったらどうする」

「絶対ですか?」

「ああ」

「……当日体調を崩して行けなくなる可能性が高いです」


 予告病欠。つまり仮病である。

 王を前に、こんなことを言えるようになってしまった。ユーリグゼナは、自分の図太さを自覚する。


「分かった。諦めよう」

「いいのですか? セシルダンテに頼まれたのでしょう?」


 セシルダンテはことあるごとに、即時結婚とお茶会参加をごり押ししてくる。

 

「まあな。断りまくってきた私が、お前にだけ強制はできまい」

「断ってきたのですか」

「そうだ。権力を振りかざせば断れる。こういう時のために使わず、いつ使うのだ」


 権力の使用方法を間違っていることは、もう言うまい。


「ライドフェーズ様は、どうしてお茶会が嫌いなのですか」

「好きになれる要素が一つもないからな。生産性のないことをくっちゃべりながら、不味い茶を飲んで、何が楽しい? 参加を強制する奴はクソだと思う」


 ユーリグゼナはホッと息をついた。ライドフェーズがそう言うなら、そうなのだろう。

 ライドフェーズは苦笑いする。


「まあ……参加しないことで、いろいろ失っているのだろうとは思う」

「何を失うのですか?」

「そうだな……」


 ライドフェーズは自分の顎を掴み、うーんと唸った。


「友人とか、味方とか。私に友人がいないのも、ペルテノーラで王子だったとき敵だらけだったのも、そのせいかもしれない」




 ◇◇




 ユーリグゼナはお茶会について、真剣に悩み始める。しかし、ライドフェーズのなかでは終了していたのだろう。


「本題だ。ナンストリウスから奇妙な報告があがってきた。養子院の担当者の一人が、お前に嫌がらせしていたらしいな。かなり小賢しい方法で」

「……………………はい」


 話が急すぎる。シノに会わないよう予定操作されていた件で、間違いないだろうか。


「たとえ悪ふざけでも、王族への不敬は重罪だ。王の権限で、当事者オスニエルと代表ナンストリウスを処罰して……」


 とんでもなかった。ユーリグゼナは立ち上がり、ライドフェーズの言葉を遮る。


「やめてください! せっかく養子院が良い方へ向かっているんです。こんなどうでもいいことで、頑張っている人たちの努力を無駄にするなんて、絶対にあってはなりません!」

「そうだろうな」

「へ?」

「お前ならそう言うと思った」


 ライドフェーズがあまりにしれっとしているので、ユーリグゼナは振り上げていた拳の行き所がなくなった。


「まあ、聞け」

「はい」


 促され、椅子に座り直す。


「お前。学校から帰国して、一度もシノに会えていなかったのか」

「は、はい」

「報告によると、オスニエルは『王女からシノを守りたかった』そうだぞ」

「へ?」


 容姿が良く平民のシノは、身分の高い女性から不適切な干渉を受けることが多いという。代表のナンストリウスすら手を焼く王女ユーリグゼナ。彼女からシノを守れるのは自分しかいない、とオスニエルは思ったらしい。


「お前は相当の男好きだと思われている。他国の有力者だけでなく、自国の魅力的な男は次々と落として回るそうだ。オスニエルは、お前から妙な目で見られていたと言っていたな」

「妙な目? …………ああ! すみません」

「なんだ。心当たりがあるのか?」


 ユーリグゼナは申し訳無さで、涙が出そうになる。


「私、妙な目で見ていました。いつも綺麗だな。いい匂いだなって」


 綺麗なものに目を奪われる癖は、いい加減にしたほうがいい。もう成人した王女だ。視線すら自由ではいられない。


「だったら、オスニエルが過剰に反応するのも道理か。凄まじい女嫌いで有名な男だ。あの女装も女除けらしいからな」 

「そう、だったのですね……綺麗なものが好きだから、美しい衣装を纏っているのだとばかり……音楽の造詣は深いし、アルフの友人だし、できれば仲良くなりたいって。私……間違ってました」


 近寄ろうとすることが迷惑だった。気づかないまま、オスニエルに我慢を強いてしまった。嫌われて当然だ。恥ずかしさと情けなさでいっぱいになった。


 ライドフェーズは腕を組み、ユーリグゼナをひたりと見つめた。


「……確かに、お前は間違っている」

「申し訳ございません」

「私の言う意味が分かっていないだろう。お前が変わらない限り、今回のようなことはまた起こると言っている」


 ユーリグゼナは、息を飲んだ。


「……私が王女として相応しくないから」

「違う」

「……私がアルフと婚約しているのに……違う人を、想う、から」

「それも違う」


 ユーリグゼナは凍り付いた表情で、ライドフェーズを見上げる。彼は少し痛ましげに顔を歪めた。


「上に立つ以上、何かやと言われ続ける。何も悪いことをしなくても、言われなくなることは無い。それもまた王族の仕事だ」


 ライドフェーズはずっと言われ続けた。出来の悪い弟王子。身元不明の少女と婚約する王族意識が低い王子。威厳がなく実力不足のシキビルド王。ネタは尽きない。


「セルディーナに関しては、悪意に満ちた噂ばかりだった。片っ端から殺してやろうかと何度思ったことか」

「でもしなかった、ですね」

「変わらないからな。何をしても、暇な奴の口は綴じない。だから、セルディーナだけは守ろうと思った」

「どうやってですか?」


 ライドフェーズは静かに目をつむる。


「嫌われ者に徹した。もとからそうだったから、周りが思っているようなことを言ってやった。ますます無能、変人と言われ続けたな。だがその分、セルディーナへの関心は和らいだ」

「それが、ライドフェーズ様の守り方ですね」

「そうだ。でも一番は『揺らがなかった』ことだと思っている。私はセルディーナを公私ともに愛し尽くしている。周りが呆れ返るほどにな。そうなるともう言わない。人はな。どんなに奇異なことでも、揺るがないものには飽きるんだ」


 揺るがない……きっと強い精神力がなければ、難しいことだろう。


「シノとアルフレッドは、世間一般の常識から外れたお前との関係を受け入れた。選ばせたお前がブレてどうする。何を言われても堂々としていろ。──悪口の矛先は、弱くて善良な人間より、強くてふてぶてしい者に向かうものだ。お前が二人を守れ。それが人より上の立場にある者の責務だ」


 ライドフェーズの強い言葉に、胸が痛くなった。


「はい。必ず」

「今回のオスニエルの件は、どうやらカーンタリスも噛んでいるらしいな。不問にするから、お前とアルフレッドで後始末しろ」

「はい」

「シノとアルフレッドを頼んだぞ」


 勢い良く返事をするのが正解だ。でも、どうしても正しく伝えたいと思った。


「あの…………シノは……その……私の気持ちを知らないので無関係です。巻き込むつもりはありません」

「はあ? 何を言っている。照れるにしても、無責任すぎる言葉だ」


 ライドフェーズが思った以上の怒りを示す。それでもきちんと答えるしかない。


「私は……シノに………………何も伝えるつもりはありません。私の想いは彼に迷惑です。知られないうちに、消し去りたいと思っています」


 見上げる先の紫色の目が、見たこともないほど綺麗に光っていた。


「ふざけるな! じゃあ、あの花はなんだ? シノの目と髪の色を模した花を渡しておきながら、想ってませんと言う気か?」


 支那忘れな草(シノグロッサム)を渡そうとしたのは、三年前のこと。その頃はまだ、シノへの想いを意識していなかった。


「シノが御館を発つ日、お前はわざわざ見送りに来た。シノのために作った手紙用の魔法紙まで用意して。学校へ旅立つ前日は、手づから紐を編んだ特別なお守りを贈った。その一つ一つをシノがどれだけ喜び、大切に思っているか。──なのにお前は! これまでさんざん、思わせぶりなことをしておいて、無関係を装うつもりか? 人を馬鹿にするにも程がある! シノは私にとって、家族だ。心も身体も傷つかないよう、大切に守ってきた。それをもてあそぶなど、誰であっても許さん!」


 シノに喜んでもらおうと、してしまった数々が、頭に浮かぶ。それを全部もてあそんだと言われるなら……。


「私はどうすれば良かったのですか? 私は大事に思う人をみんな死なせてしまう。……私のせいでシノがさらわれ、穴に落とされました。今度また私のせいで……と思ったら…………」


 ユーリグゼナの息が上がる。手足がひどく冷えていた。机に手を付き、傾く身体を支える。


 人払いの指示にも頑として動かなかったサギリが、ユーリグゼナの背中を優しく撫でた。

 ライドフェーズが呆然として言った。


「一体どうしたんだ。なぜユーリグゼナは相手が死ぬと思っている」

「……話題を変えていただけませんか? ユーリグゼナ様のお心の傷に触れたようです」


 ライドフェーズは、サギリの返答に不満げな顔をする。それでも少し考えてから、違う話をした。


「……ああ、そうだ。その髪飾りのことを言わねば、と思っていた」


 ライドフェーズが指し示すユーリグゼナの頭には、卒業式のときにシノから贈られた髪飾りがあった。糸をくみ上げて紐にし、花のようにかたどったもの。シンプルなので日常使いできるとサギリに言われ、御館ではよく身に着けている。


「ユーリグゼナ様」

「あ、うん。……これですね」


 サギリに促され、ユーリグゼナは自ら髪から外す。広げた手の平に乗せ、彼に見せた。

 ライドフェーズは頷く。


「カンザルトルから、この髪飾りの問い合わせが来ている。ちょうどカンザルトルに出立する側近がいるから、商談の場に持って行かせようと思う。シキビルド製の商品として、今後売れるかもしれない。借りていくぞ」

「え……」


 ユーリグゼナは思わず手を引き寄せる。手元から無くなってしまうことを、受け入れられなかった。


「ちゃんと返す。商談は、実際の商品があったほうが進みやすい。売るときは、このデザインを真似て大量に作ることになるだろう」

「え……」


 シノが私のために手作りした同じものが、世の中に出回るということだろうか。


「シキビルドのためにもなるし、意匠代(デザイン代)がシノの懐に入る。進むなら良い話だ」


 さあ、と手を差し伸べられ、かえって身を引いてしまう。戻ってくるまで我慢すれば、国とシノのためになる。分かっていても、どうしても手放せない。

 なんと我儘でケチなのか。



コンコンコン



 扉が叩かれる前に、もう気配で分かっていた。


「シノです。お茶をお持ちしました」


次話「我儘なお茶」は4月末までに掲載予定です。目安です。。


文中のシノに渡そうした花の話は、第一部50話にあります。ユーリグゼナはシノに手渡せなかったのですが、ライドフェーズからシノの手に渡りました。

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