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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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26.ハキハキしない

 ユーリグゼナは自分の鼓動の音を聞きながら、辛抱強く待った。

 しばらくして、ぽつりとアルフレッドが言う。

 

「……俺、初恋の曲はユーリを想って弾いた」

「……へっ?」

 

 思いも寄らない言葉に、ユーリグゼナは慌てふためいた。

 二曲目の切ない音色と、底なしに優しい演奏を思い出し、頬が熱くなる。あんな綺麗なものが自分に向けられていた?


 アルフレッドは嬉しそうに笑った。

 

「ユーリ。顔が真っ赤。ようやく…………届いた気がする。いつだってユーリは、俺が気持ちを伝えるたびに、悲しそうで。そのたびに俺の想いなんて、なくしてしまった方がいいんだって、そう思って、苦しかった」


 好意が怖くて、女性として見られるたびに逃げ出した。彼はどんな顔をしていた? たとえ応えられないとしても、それくらい知っておくべきだった。


「ユーリが俺と結婚するつもりがないのは、理解している。ライドフェーズ様にはすでに申し上げた。結婚は見合わせると仰っていた」

「えっ?!」


 王であり養父であるライドフェーズから、なんの説明も受けていない。

 深い縦穴の底からシノを助け出した朝、『アルフレッドと結婚しろ』と命令を出されたまま。いつの間に変更されていたのか。

 

「ただ婚約はこのまま継続だ」


 意味が、よく分からない。


「結婚しないのに、婚約を継続?」

「そう。永年継続」

「永年?」


 婚約が永年ってどういうことだろう。婚約と永年は、普通一緒に使わないように思う。

 

「ずっと結婚しないから、永遠に約束だけ継続される」


 説明されたほうが訳が分からない、ってことあるんだな、と思った。

 どう話せばいい。ユーリグゼナにはもう、婚約を続ける気なんて無いのに。

 

「俺さ。モテる」

「…………う? うん」


 突然何を言い出す。


「シキビルドの紫位で独身の成人男性は、俺しかいないから」

「そ、そう」


 一人だけ婚期を逃す? そういう話だろうか。


「ペルテノーラは、戦争で上位特権階級が激減。ウーメンハンとカンザルトルは政治が不安定で、上位に立つ人間がコロコロ変わる。安定した上位階級がほとんどいない今、俺が王女と婚約を解消したら……縁談が殺到する。断りきれなくて、そのうち誰かと結婚させられる」


 アルフレッドはあくまで真剣だった。

 

「卒業して、これから好きなことができるというときに、縁談も結婚も迷惑だ。だから、このままユーリの婚約者でいて、自分の人生を守ろうと思う」


 まさかの独身宣言だった。

 

「……あの、アルフレッド?」

「俺は婚約者として少しは役立った?」


 ユーリグゼナは勢いよく首を振る。


「少しじゃない。たくさん助けてもらった。今までありがとう」

「良かった。じゃあ今度は俺が婚約を利用する番、でいいよな」


 本当に何を言っている。

 

 アルフレッドの好意に甘えたまま、ユーリグゼナはシノばかり想ってしまう。こんなどうしようない自分が、アルフレッドの婚約者であるのが辛い。もう彼を傷つける関係は清算したい。そうきっちり言わないから、伝わっていないのか。


「アルフ。私が婚約破棄するのは」

「今でも。誰とも結婚する気、ないだろう?」


 鋭くかぶせられた言葉が、ユーリグゼナの口を封じる。無表情なアルフレッドは、年相応の男性に見えた。

 

「……最初から結婚自体を嫌がってた。なんでだろうって、ずっと思ってた。ユーリは…………男性が怖いのか?」


 ざわざわと心が(ざわ)めき始める。


「……そう、だよ」


 追い詰められ、身体が動かなくなる。


「男性を信用していないんだな」

「そう、かもしれない」

「一番信用できるのは、家族だと思ってる」

「うん」

「ユーリが本当は、俺のこと相当好きだって知ってる。大切に想ってくれている。そうでなきゃ、俺と一緒に一生音楽をやろうだなんて思わないよな。だからこそか? 大事だから、俺に男でいて欲しくないのか」


 息をするのが苦しい。でも答えないわけにはいかない、と思った。


「うん。そうだよ」


 声の震えは抑えられているだろうか。深緑の目が、気遣うように彼女を見ていた。


「俺、怖い?」

「……今は、少し怖い」

「だよな。俺が愛しくて仕方ないときに限って、ユーリは怯えた目をするんだ。でも今回、すごく正直に気持ちを言ってくれてる……初めて逃げなかった。ちゃんと話をしてくれた。ありがとう」


 アルフレッドが柔らかく微笑んだ。

 有り難いけど、もう()めて欲しい。さっきからずっと、彼の言葉に翻弄され続けていた。


「アルフさ……。そんなあけすけにものを言う人だった?」


 思いが、ばんばん伝わってくる。怖い話が終わった途端、今度は愛しいとか言ってくる。感情の渦に呑まれ、頭がくらくらする。対して、アルフレッドは実に楽しそうだった。

 

「今日はユーリがちゃんと聞いてくれるから、少し調子に乗ってるかも。いつもこうだったら……。そうか。ユーリは今、心を開いているんだな。さっきの演奏がきっかけか」


 アルフレッドの深緑色の目が、熱を帯びる。


「あんな演奏初めてだったよ。ユーリの鍵盤楽器(ピエッタ)の音が俺たち、観客、武術館のものすべてを繋いでいた。みんなで円舞曲(ワルツ)を踊っているような一体感。終わるのが惜しかった……。あの感覚をもう一度掴みたい。ユーリと」

「……うん」


 アルフレッドに音楽のことで褒められるのは、震えるほど嬉しい。彼の側にいたいと思っている。たとえそれが、恋でないにしても。

 

「アルフ。私ね。今日初めてみんなのための演奏ができたと思えたの。アルフとナータトミカが一緒なら、どこまでも昇っていけるような気がしたよ。──今日のこと一生忘れない。ありがとう」


 はにかみながら、ユーリグゼナは告げる。

 そっか、とアルフレッドは微笑み、彼女の頭に手を伸ばす。


 (花びら?)


 今もちらちらと花びらが舞っている。取ってくれようとしているのだろう。

 アルフレッドの服にも、先ほどの小さな薄紫色の花びらがついたままだ。


 (私も、あとで取ってあげよう)

 

 彼の手だけでなく、顔も近づき、濡羽色の髪に何かがそっと触れた。


「なっ!!」


 異常事態に気づき、彼女は素早く立ち上がり、身体を離した。アルフレッドは貴公子らしい仕草のまま、ゆっくり首を傾げた。

 

「ん?」


 ん? ではない。いろいろ誤魔化そうとしている。


「アルフ。私は!」

「しー。静かに。目立つぞ。今後も婚約者のふりは必要だ」


 アルフレッドに促され、周りを見渡す。喧騒から離れたこの場所に、いつの間にか男女二人組ばかりが増えていた。卒業を祝っているのか、別れを惜しんでいるのか、とにかくやたらと距離が近い。

 早々にここから立ち去るべきだったと気づく。

 ユーリグゼナは鬱々とした気持ちで、もう一度小声で言う。


「アルフ。私は本当に」

「分かってる。この婚約は互いの利益のためのもの。だから結婚はしなくてもいい。誰を想っても、俺に罪悪感を持たなくていい」

「そこまで思ってくれているのなら……お願い。解消して。いつまでも中途半端なのは辛いよ。アルフレッドが独身でいられる方法は、別に考えよう? もちろん私も協力するから」


 苦しい。もういいじゃないかと、乞う。なのに彼は…。

 

「嫌だ」

「なんで」

「とにかく、絶対嫌」


 本当に何を考えているのだろう。


 アルフレッドは、大きな大きなため息をついたあと、深緑色の澄んだ目をユーリグゼナに向けた。


「……成人した特権階級は、身分を軽んじることが許されない。ただの俺では、王女であるユーリに近づけない。今まで通りに側にいるには、婚約者という錦の御旗が必須だ。音楽で実績を作って、周りに唯一無二のパートナーだと認められるまで、時間稼ぎしたい」


 そんなことを考えていたなんて、思いもよらなかった。


「アルフ。それ、最初に言うべきだった!」

「まだ一銭も稼げてないのに? カッコ悪すぎだろう」

「大丈夫。すぐ稼げるよ。私も協力するから」

「駄目だ。それじゃユーリの力だって思われる。俺の力で何とかしたいんだ。……本当はみんなに認められる日まで口にしたくなかったのに。ユーリがしつこく破棄したがるから!」

「……しつこい?」


 自覚はない。ただ言われてみれば、婚約破棄一択で挑んではいなかっただろうか。最初から彼の意見を聴く気がなかった。

 アルフレッドの口は勢いを増す。

 

「もう現状維持で良いだろう? 本当は俺……ユーリが他の誰かと婚約するなんて、絶対嫌だ! ユーリの隣で婚約者顔するやつなんかいたら、問答無用で蹴り倒す。いろいろ言ったけど、本当のところは()()()()だ。どうだ、カッコ悪いだろう!」


 開き直ったアルフレッドは、偉そうに言い放った。

 ユーリグゼナは顔が緩んでしまう。

 

「……むしろ清々しいよ」


 気持ちが良いほど素直に、弱さを晒せるアルフレッドに眩しささえ覚える。 

 

「ユーリが思うより、ずーっと俺のほうが大事に思ってる。だから、ユーリの幸せに必要なものは何でも、たとえ()()()だろうと、手に入れられるよう力を貸す………………ようにしたい、とは思ってはいる。けど、……本当は全然納得してないから、やっぱり」

「アルフレッド!」

  

 背後から鋭く呼びかけられた。


「急いで武術館に戻ってください。皆さんお待ちです」


 迎えに来た従弟フィンドルに、アルフレッドは苦笑いする。


「分かった。……行こう。ユーリ」

「あ、うん」


 ユーリグゼナはアルフレッドを追う。話の結論はまだ出ていない。彼女が口を開く前に、アルフレッドが話し出す。


「演奏会の候補曲に、『降り積もる雪』の曲があっただろう? 聞こえない音域が、どのくらい他の人にも聞こえないか気になって、合同演奏会の面子(メンバー)の前で演奏したんだんだけど、すっごく評判が良くてさ」


 さっきの音声伝達相互システム(プルシェル)で、ナータトミカと三人で演奏するよう頼まれたらしい。一度合わせてから舞台で弾くという。演奏曲から外されたため、ユーリグゼナはしばらく弾いていなかった。


(私、ちゃんと弾けるかな)


 急に緊張してきたユーリグゼナは、早足で武術館に向かう。




そのまま婚約はうやむやになりました……。

次回「反発」は今月中に掲載予定です。

卒業したので、成人王女として扱われます。

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