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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部
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25.開くとき

長らくお休みしてすみません。

 雨降り続く武術館で、無数の色鮮やかな魔法陣が舞台を守っている。

 思い通りに進まない演奏会だったが、ユーリグゼナはわくわくしていた。たくさんの人が手助けしてくれている。演奏を待ってくれている。

 演奏会は良い観客がいて、初めて成り立つ。


「私も、みんなに応えたい……。アルフ。ナータトミカ。力を貸りていい?」

「貸すに決まってる」


 何を今さら、とアルフレッドが少しむくれながら答える。

 ナータトミカは優しい顔で目を瞑る。


「心地いい伴奏だった。次は俺たちが合わせる番だ」

「あの。私……二人の音がとても好きだよ。一緒に弾くの、楽しい。だから最後の曲も二人の音を綺麗に響かせたい。そのために合わせたいのであって、自分が主に弾きたいわけでもなく……その」


 自己本位な演奏を希望するような、一方的な言い方になっていたのかと、ユーリグゼナは慌てた。

 

「ユーリ、そんなの分かってるさ。一緒に弾いて伝わらないわけがないだろう? でももっとユーリらしい音を、()()()()聴きたいんだよ。思うように弾いてみて。昔みたいに無茶しても、今なら余裕」


 アルフレッドがいつものようにポンと彼女の頭を叩いて、席に着く。

 ナータトミカは楽しそうに笑っている。

 ユーリグゼナは、覚悟を決めて鍵盤楽器(ピエッタ)の椅子に腰掛ける。


 魔法陣をひいた観客たちは、席に戻っていた。人の声は消え、外に降り注ぐ雨粒の音が広い会場を支配している。


 (雨音も、曲の一部みたい)


 ユーリグゼナは、左右の全ての指で鍵盤をかき鳴らす。



 チャラルラリラ チャラリラルラ

 チャラルラリラ チュラロン


 

 突然の雨は、平和な日常を薄い墨色に染める。

 響く不協和音は、聴く者の心に不安感を植え付ける。続くナータトミカの大型弦楽器(フレンジーニ)は、地を這うような低音で、緊迫感を高めた。


 しかし天気はすぐに変わる。

 アルフレッドの穏やかで、どこか気の抜けた音色が、空気をみるみる軽くしていった。異国情緒を感じさせる旋律が、雨上がりの石畳に雲間から光が差し始めるような明るさで、曲の始まりを告げる。


 ユーリグゼナはきりりと顔を引き締める。


(行きます!)


 彼女の指が鍵盤の上を、一気に跳ねる。



 ズン チャッチャ ズン チャッチャ



 くるくると踊るように(リズム)を刻む。

 アルフレッドは軽やかな弓さばきで、低い音から急上昇、高い音から急降下を繰り返す。ナータトミカは大型弦楽器の音程を乱さず、器用に合わせてくる。

 ユーリグゼナの伴奏は、円舞曲(ワルツ)を踊るように響き合う二人の演奏とともに、より激しく叙情的なものへと導いていく。

 

 円舞曲(ワルツ)(リズム)は、踊りたくなるようなものでなければならない、とナータトミカに何度も言われた。大昔、ペルテノーラでは内戦と飢饉で、国が壊滅状態になったことがある。身分や思想の違いにいがみ合う人々の心を開くため、王は円舞曲(ワルツ)を使ったという。


(『ズン チャッチャ』の魔力は凄い)


 耳にしてしまうと、その気がない人までもが自然に身体が動いてしまう。


 不意にたくさんの気配が動き、ユーリグゼナは頭上を見上げる。目にした光景に思考が止まった。


(ええーっ?!)


 舞台の上で、色とりどりの魔法陣がくるくると回っていた。

 すぐに鍵盤楽器(ピエッタ)へと目線を戻すものの、先ほどの情景が頭から離れない。

 水色、淡緑色、薄い赤(ピンク)に薄い藤色に淡い臙脂(えんじ)色に……。色も濃さも大きさも、さまざまな魔法陣が、円舞曲(ワルツ)(リズム)で踊るように回転していた。

 

 ユーリグゼナは、演奏する手が彼女の思考を越え、何かの力で動かされていくように感じた。


(私も……踊らされてる、かな)


 我知らず笑顔になる。

 踊らされるのは楽しい。みんなの掌の上で転がされて、みんなが楽しい音楽を奏でられるなんて最高だ。

 アルフレッドの口元の微笑みと、ナータトミカの優しい顔が、それでいいと言ってくれる。

 楽しい。心が軽い。




 ずっと弾いていたかったけれど、やはり音楽は終わるものだった。

 止まない拍手のなか、色とりどりの魔法陣がポン、パン、ボボン、と音を立てて消えていく。雨は完全に止み、頭上には晴れ渡る青空が広がっていた。


 ユーリグゼナ、アルフレッド、ナータトミカは立ち上がり、観客に応える。笑顔の三人が手を組み、腕を頭上高く突き上げる。温かい拍手に歓声が加わった。


 その時だ。

 ふわふわと、薄紫色の花びらが舞い降りる。


(え?)


 幻のように儚い色が、しっかりと地面に着地する。二枚目、三枚目と次から次へと舞い落ちる。

 ユーリグゼナがアルフレッドとナータトミカを見ると、二人も不思議そうな顔をしていた。

 幻ならまだ分かる。養子院の五角堂の演奏で、山ほど降らせてもらった。でも今回は本物の花びら。


「なあ、この歓声って外からじゃないか?」


 ナータトミカの問いかけに、ユーリグゼナはハッと息を呑む。アルフレッドがひらりと舞台から降りた。


「見に行くだろう?」

「あ……うん!」


 ユーリグゼナもぴょんと飛び降り、軽やかに出口へと駆けていく。扉を開けると、明るい日の光とともに彼女を出迎えたのは、花の香りだ。


(なんて、濃い香り)


 先に退場した学生たちの大多数が、まだ武術館の外に残っていた。歓声を上げる学生たちの表情は明るい。

 雲一つない空に、ちらちらと雪のような花びらが降る。視線の先に広がるはずの緑深い森は、霞むような淡い藤色へと変貌していた。

 

「これ、どういうこと?」

「それ、今さらだろ。また挨拶したんじゃないのか?」


 ユーリグゼナは、しばし固まる。


「……した」

「だよな。神々の力、今回は特別すごいな。大盤振る舞い」


 アルフレッドは楽しそうに笑った。

 森全体で魔樹が花開く。学校全体に薄紫色の花びらが舞い散っている。

 アルフレッドの肩に一枚、着地した。ユーリグゼナはそれから目を離さないまま、告げる。


「アルフ。話がある」

「……そっか」


 彼のさらっとした見事な金髪が揺れ、目元を隠した。

 

 




 アルフレッドは音声伝達相互システム(プルシェル)でナータトミカに連絡をとった。舞台は続いているらしい。合同演奏会の面子(メンバー)が次々に、自分の演奏の腕前を披露しているのだという。


「休憩終わったら帰って来いって」

「分かった」


 卒業生たちを祝う大騒ぎの学生たちから離れ、二人は苔むす倒木の上に並んで座っていた。

 

「アルフは……多分ナータトミカも、どう演奏したら人を感動させられるか知っているの?」


 ユーリグゼナの真剣な眼差しを真っ向から受けとめたアルフレッドが、少し考えてから答えた。


「……知っている。人を感動させる、音や旋律の組み合わせが、いくつかあることを」

「やっぱり、そうだったんだ」

「でも絶対じゃない。人の心はそんなに単純じゃない。ある程度予想できるだけだ」


 それでも知っているのと知らないのでは、演奏に大きな違いが出る。

 これまで音楽にだけは、真剣だった。でも、それは独りよがりだったのだと、改めて彼女に知らしめる。


「私、追いつきたい。どうやったら学べる?」

「……俺もまだ勉強中だよ。……とても手間がかかるんだ。一つ一つ、楽譜の音と旋律を分解し、意味や効果を読み解いていく。それを何曲も繰り返すうちにようやく幾らか見えてくる」


 聞いただけで、なけなしの自信が消えていく。顔色が冴えない彼女に、アルフレッドはからかうような笑顔になった。


「でも今なら、最速で学べるかもしれない」

「本当?!」

「ああ。俺よりずっと先まで研究している友達がいる。一緒に始めたのに、途中から全然敵わなくなった。彼なら、完璧に教えてくれる。今、養子院に務めているんだ。話しておくから会ってみて」


 ありがとう、という声が心なしか小さくなる。養子院という言葉に、委縮していた。そう、まだ彼女は本題に入れていない。

 

「アルフ。養……」

「よう?」

「いや、あの。婚……」

「こん?」


 次の言葉を告げるたびに、口が戦慄(わなな)く。こんな事では駄目だと、自身を鼓舞した。


「私、アルフとの婚約を破棄する!」


 言葉は出たものの、地面に向かって宣言……。恐る恐る顔を上げる。深緑色の目が静かに彼女を見つめていた。

 アルフレッドは何も応えない。重たい沈黙が二人を包む。


次話は「ハキハキしない婚約の行方」です。近日更新。

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