23.終わりの合図3
本日、二話目の投稿です。
アルクセウスがようやく側近たちとの打ち合わせを終え、ユーリグゼナのもとに戻ってきた。
「遅くなった。すまぬ」
謝りたいのは、彼女の方だ。
世界で最も忙しい人にパートナーを頼んでしまった。望みを叶える権利をもらったとはいえ、どう考えても非常事態の対応が優先。それなのに、律儀にも約束を守ってくれる。
(すっぽかして大丈夫です……とは、いまさら言えない)
ユーリグゼナは、重々しく答えた。
「……いえ。問題ありません。無事に終わったのですか」
「ああ。妖精王のおかげでな」
すでに他の代表者は、それぞれの入場口に向かっている。二人も向かう。
入場の順番は国の歴史の長さ順で、一番最初はシキビルドだ。
「シキビルドは最も古い国だったのですね」
「……基本が頭に入っておらぬようだ。卒業を取り消すか」
「そ、そんな」
アルクセウスは小さく笑った。
「このくらいで動揺するな。シキビルドの王女。……行くぞ」
差し出された腕に手を添える。一気に緊張は高まる。
会場に入ると、卒業生の家族と、六学年の学生はすでに会場で着席していた。二人の入場に、どよめきが起こる。続いて他の卒業生の列が入場を始め、ようやく拍手に変わる。
「震えておるな……。人前が苦手というのは、誠であったか」
アルクセウスは表面上は優雅な笑顔をたたえているが、声はひどく心配そうだ。
ユーリグゼナは、何でもないと微笑もうとした。しかし顔が強張り、うまく笑えない。震えは止まる気配がない。
「……優秀者は今日表彰される。其方の名前も挙がっていた……」
「えっ」
泣きそうなユーリグゼナに、アルクセウスはふっと笑いかけ囁いた。
「儂の方で見送っておいた。ギリギリまで卒業できるか、綱渡りであったからな」
「ありがとうございます。助かりました。しかし、私の成績で表彰されるようなこと、ございました?」
ユーリグゼナは、雑踏の中で彼の小さな声を拾おうと、意識を集中させる。
「履修の管理を行う教授からの推薦だ。為政者の授業を取る学生で、魔術学と武術学を両方専攻して修めた学生は、史上初めてだったらしい」
意欲があって履修したわけではない。成り行きで断れなくなって。合格すれすれの成績……。
「そして、七年間の累計授業時間が最も多い学生になったそうだ。これは再履修、補修時間も含まれる」
授業数が多かっただけではなく、落とした授業がどれだけ多かったのかという証明──。ユーリグゼナは、ため息のような声で言った。
「表彰されなくて、本当に良かったです」
「……いつもの其方になった。どうにかパートナーの務めを果たせそうだ」
「え?」
話に集中して、観客の前を歩いていることを忘れていた。緊張は解れ、通路を進む足取りは自然だ。
パートナーと別れる地点にたどり着く。
アルクセウスは丁寧な手つきで、彼女の身体を回転させ、客席の方向へ誘う。彼の意味ありげな微笑みに、段取りを思い出した彼女は、あわてて観衆に向かって礼をした。
◇
こうしてユーリグゼナは代表の務めを終え、まだ誰もいないシキビルド卒業生の席に一人腰を下ろす。大きなため息をついた。たったこれだけのことに、一日中森を駆け回るより消耗していた。
「代表、お疲れ」
耳になじんだ声に、彼女はホッとする。
隣に座ったアルフレッドの、さらっとした見事な金髪が揺れる。彼の制服の胸には、ユーリグゼナが贈った守り石付きの飾り紐があった。
「……衝撃的な人選だったけど、ユーリがいろいろ考えたのは分かる。アルクセウス様とはもう……会わないつもりなんだな」
「……うん」
「分かった」
きっとアルフレッドは、本当に何もかも分かってそう言う。
彼にだけは、パートナーを頼むつもりがなかった。卒業までが婚約の契約期間。結婚しないなら卒業の時に破棄すればいい。それが最初に決めた約束。その後ライドフェーズからアルフレッドと結婚するように言われ……いろいろあった。今、彼は何を思っている?
確認したうえで、自分の気持ちをはっきり伝えようと思っている。
◇◇
各国の卒業生が全員着席すると、式は厳かに進んで行く。
華やかな服が多いなか、ユーリグゼナとアルフレッドは、黒地に銀の地味な制服。そして一緒に演奏するペルテノーラのナータトミカもそのはずだ。
彼女たちにとって所詮、卒業式は前座。本番はその後の演奏会である。
すべての式次を終え、学校長が閉校を宣言する。卒業生は列ごとに順々に立ち上がり、出口へ向かう。
ユーリグゼナたちも一度退場してから、会場に戻る段取りだった。
参加者は六千人弱。全員出るまで、どれだけ時間がかかるだろう。そのあと、演奏を聴くために何人戻ってくるだろう。
(準備はできたのか?)
突然、アレクセウスの良く通る声が心に届き、びくっとする。
(……はい。全員退場したあと、演奏を始めます)
(待たずとも良い。すぐ始めるがよい)
(いいえ。その……雰囲気を壊すから、式の途中は駄目だと、担当の教授に言われています)
(式は終わった。それに、其方らは、雰囲気を壊すような演奏をするのか?)
ユーリグゼナの座っている列が、退出する順番になった。他の学生と同時に立ち上がった彼女は、一人だけ反対方向に歩いていく。一度だけ振り向き、アルフレッドの目を見たあと、ずんずん舞台へと進んで行く。
「ユーリ!」
アルフレッドが焦った様子で追いかけてくる。
彼女は振り返って答えた。
「式は終わりだって。演奏を始めよう。退出していく卒業生を、音楽で送り出す」
ペルテノーラの学生の席から、壁のような巨体が近づいてきた。ナータトミカは不思議そうに首を傾げている。
「始めるのか?」
「ああ。退場前に、演奏を始めていいらしい。出ていく学生を妨げないよう、ゆっくり静かに『レンベル』を弾こう。変更ばかりだな……今回も」
アルフレッドは苦笑いしながら、舞台に上がる。ナータトミカも続く。
「そうだな。始まったって感じがするよ」
大きな手で、舞台中央に置かれていた大きな衝立を掴むと、軽々と持ち上げた。ぶつからないよう、ゆっくり舞台の脇に移動する。
用意してあった鍵盤楽器と弦楽器が、面前にさらされる。
ナータトミカは穏やかな表情で大型弦楽器を構える。音を合わせを始めた。その低い音が耳に届いた学生の何人かが、振り返った。
ユーリグゼナは一人、鍵盤楽器の前に座る。
(神々に挨拶をせよ。協力を得られよう)
アルクセウスの提案に面食らう。
良いというなら……心を込めて神々への挨拶をしよう。
この場におわします 神々と精霊よ
楽しき音色 しばし 酔ひたまはらむ
日の光が差し込んで来た。厳かだった雰囲気は、少し緩んだような気がした。
次回「聴きたい音」は9月22日までに掲載予定です。←9月12日から延期いたしました。。←さらに遅れます。。
10/5大幅修正




