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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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16/198

15.家族

 秋が深まり、シキビルドの森は黄や赤の葉っぱで綺麗に色づいている。


 その森の中でユーリグゼナより年下の従弟たちが、三人とも一生懸命薪拾いをしている。十歳のフィンドルフは両手で抱えるほどの大きな古木を、七歳のアラントスは手頃な大きさの枝を腕に持ちきれないほど、二歳のユキタリスはよちよち歩きをしながら火の付きやすい針葉樹の葉っぱを、それぞれに集めていた。

 ユーリグゼナは食材を突き刺し焼くために、枝をナイフで削っている。


 最も必死になっているのは、アナトーリーだった。紐と木でできている簡単な火おこし器で火種を作ろうとしているが、擦れる臭いばかりで発火の気配がない。

 彼の姉ヘレントールは呆れ顔で、アナトーリーに言う。


「時間かかり過ぎよ。ずっと森に入ってなかったわね?」

「監視がついてたんだ。敵国の森でたき火なんかしたら、放火だと思われるだろう?! …………もう、魔法で火を起こす」

「ふーん。火付けもできないのに、パートンハド家を名乗るの」


 そう言ってヘレントールは子供たちの方へ行ってしまう。アナトーリーは悔しそうな顔で火おこし器を見て、作業を続ける。悔しいので魔法なしで頑張るようだ。


(ヘレンにかかれば、アナトーリーは子供みたいになっちゃうな)


 ユーリグゼナは穏やかな気持ちで見守り、炎の精霊たち良ければちょっとだけお手伝いしてあげてください、と心の中で祈る。彼女はまた枝を削る作業に戻る。しばらくするとアナトーリーの手元から煙が立ち始めた。彼は小さな火種を、おぼつかない手で、カラカラに乾いた葉っぱや小枝に移し大きくしていく。ユーリグゼナはホッとした顔で、精霊たちに感謝の言葉を贈った。


 ユーリグゼナの従弟たちは拾い集めた薪を火にくべる。枝の中に残っていた水分が火でいぶされ、パキっと音を立て蒸発していく。

 昼間でも肌寒い日が出てきている。夕方近くなりみんなで暖をとりながら、料理をしていた。ヘレントールが用意してくれた鍋料理に、森で見つけたキノコを入れ、じっくり煮込んでいく。中には野菜と共に、粉を水で練って作った小さなお団子がたくさん入れられている。モチモチした食感でとてもお腹にたまるのだ。


 ヘレントールが蓋を開け湯気があたりに立ち込めると、みんな待ちきれず我先にと器に料理を注いでいった。


「森と大地の恵み、神々の英知に感謝いたします」


 全員で手を合わせるとすぐ、みんなフウフウ息を吹きかけながらひたすら食べる。満足するまで無言が続く。いち早く食べ終えたユーリグゼナは、末っ子のユキタリスを抱っこしながら、先ほど削った枝に白いフワフワのお菓子を挿していく。日が暮れて冷たい風が時折吹いていたが、食事の暖かさと家族で過ごせる幸福感で全く寒さを感じなかった。


「ユーリ。それ挿し過ぎだろう?」


 フィンドルフは自分も枝に真珠麿(ホロホルン)を指しながら言う。それに対しアラントスは銀髪の巻き毛をフワフワさせながら、にこにこ笑う。


「ユーリはね、僕の分も作ってくれるんだよ」

「もちろん作ってあげる! アラン可愛い!」


 ユーリグゼナはアラントスをぎゅーと抱きしめる。アラントスも嬉しそうにしている。それを白々しい目で見ながら、フィンドルフは枝に挿した真珠麿(ホロホルン)を火で炙る。焦げないよう枝を回している。甘い匂いが漂い始める。彼の薄い茶色のふんわりした髪が揺れている。


「そうやってすぐ抱きつくの普通じゃないからな。ユーリ、学校でやったら引かれるぞ」

「…………フィン焦げてる」

「うぁ?!」


 フィンドルフは慌てて火から遠ざけるが、すでに遅かった。情けない表情で涙目になる。ユーリグゼナはそれを見ながら、抱きついてスリンケットに引かれたことがあるのを思い出していた。

 ユーリグゼナは真珠麿(ホロホルン)を大量に挿した枝を火にギリギリまで近づける。一気に表面だけ焦げ目をつけるとすぐに火から離す。その間一から五まで数える時間にも満たない。あっという間に外はカリカリ香ばしく、中は甘くてトロトロの焼き真珠麿(ホロホルン)が大量に出来上がった。


「ユーリの能力はこんなことにしか活かされていないのか……」


 出来立ての焼き真珠麿(ホロホルン)を受け取りながら、紺色の目を細め残念そうにアナトーリーは言う。失礼な、とユーリグゼナは軽く顔をしかめる。でも今は失敗してしまった従弟に早く渡してあげたい気持ちが強く、涙目のフィンドルフにそっと手渡す。少し拗ねた顔をしながら受け取った。


「……ありがとう」


 やっぱりフィンドルフも可愛いなとユーリグゼナが思っていると、彼は真剣な顔でユーリグゼナを見る。


「俺、来年から学校なんだ」

「……?!」

「忘れてたな。──それで教えて欲しいことがある。まず、側人は必要だろうか?」

「!」

「制服の型を持っている御用達を知らないか? 男性用の型が必要なんだけど、アナトーリーが学生の時の店はもう無くなってるし。ユーリは今年どうしたんだ?」

「……」


 ユーリグゼナはそれはとても答えにくい質問だな、と思った。彼女は側人を頼んでいない。だが、結局困っていてテラントリーに助けてもらっている。制服は……。


(やっぱり来年もお揃いかな……。しかも三人)


 思わず苦笑いするユーリグゼナに、フィンドルフは不安そうな顔になってくる。ヘレントールとアナトーリーも話に加わる。


「実は新しく側人を探すのは、今かなり難しくなってるの。まず人手不足で側人になれる白位(はくい)黒位(こくい)に空いてる人がいない。それにパートンハド家が特殊過ぎて、頼める人がいない。口が堅くて紫位(しい)らしくない家風を嫌がらない人なんてそうそういないわ」

「ユーリはアルフレッドと同じ生地の制服着てたな。彼に頼めないか?」

「……分かった。相談する」


 ユーリグゼナは、早速プルシェルでアルフレッドに連絡を取ることにした。


「えっ。ユーリ?!」


 かなり驚いたアルフレッドの声が聞こえる。しかしこちらから伝えることはよく聞こえないらしく、会話が成り立たない。アルフレッドがこっちからかけ直す、というようなことを言っている。ユーリグゼナが待っていると、かけた方が切るんだよ! という声が途切れ途切れに聞こえた。急いで切る。

 その経緯を見ていたアナトーリーとヘレントール、そしてフィンドルフまでが呆れ顔になっている。アルフレッドからかかってきたので、ユールグゼナは急いでとった。


「はい」

「ようやく聞こえた。ユーリさ。今時間あるならちょっと練習しよう。プルシェルはかける側の力が影響するんだ。話したい相手を自分のすぐ側にいるように想像して、声を引き寄せる感じだ。試しにやってみるか?」

「やる」

「じゃあ切るぞ。上手くいかなかったら、こっちから連絡する。用事あるんだろ?」


 アルフレッドがプルシェルを切ってから、ユーリグゼナはアルフレッドはすぐ側にいる想像をする。


(そして引き寄せる感じ)


 彼女は慎重にプルシェルを作動させた。──すると、今度はしっかり繋がった。


「アルフレッド。プルシェルって、こんな実際にいるみたいに見えるんだ……。でもちょっと近すぎて、恥ずかしいかな」


 音だけでなく、アルフレッドの姿まで見えてしかも触れそうに近い。アルフレッドは風呂上がりなのか、触り心地の良さそうな厚手の布を羽織っていて、胸元がはだけている。寝台か何かの上に座っているようだが、見えるのは彼だけで周りは見えない。アルフレッドはみるみる顔が赤くなってくる。彼のさらっとした見事な金髪をかき上げながらうつむいて話す。


「普通は姿なんか見えない。どうなってるんだユーリの能力は。極端から極端へ……」

「普通は声だけなの?」

「ああ。そうじゃないと、プルシェル取るたびに着替えなきゃならないだろう。頼むから俺からかけ直させて」


 ユーリグゼナは一旦切る。アルフレッドがかけ直してきた。


「何の用だ?」

「実は……」


 フィンドルフの側人と制服の相談をする。側人は独占的に務められる階級が決まっている。特権階級の下位である白位(はくい)黒位(こくい)はそれにあたり、優秀で魔法が使えるため人気があり競争率が高い。反面、孤児も側人の許可が下りているが、教育が足りず平民で魔法が使えないため人気がない。後者を教育して、学校に行くまでに間に合わせるのが一番現実的だった。問題はどの人を何処で教育するか。


「サタリー家で教育してもらえばいい。いっそ人選も頼んでしまえ」

「それ、アルフの家の人に全部任せるってことだよね。本当にいいの?」

「……いい」


 嫌そうに、でもアルフレッドは了承した。


「ありがとう。また助けられた」

「制服もうちの御用達に頼めばいい。まだ時間があるから生地から頼める。……違う生地で仕立てられる」

「そっか。でもフィンドルフとはお揃いにするよ」

「ふーん。……ユーリの従弟か。会ってみたいな」

「私からかけ直したら、さっきみたいに見えるかも?」

「面白そうだ。とりあえず着替えてくる。しばらくしたら連絡くれよ。じゃあ」


 アルフレッドが切る。ユーリグゼナはフィンドルフに話をすると、彼はホッとした笑顔を見せた。男子寮のことで聞きたいことがあったらしい。みんなで食事の後片付けをしたあと、ユーリグゼナはアルフレッドへとプルシェルを作動させる。今回はフィンドルフと手を繋いでみた。さっきは周りのものが見えなくなってしまったので、これで話せるか試しだ。


「おっ。上手くいった」

「フィンドルフは隣にいるよ。見える?」

「ああ。初めまして。フィンドルフ」

「……初めまして。アルフレッド。今回はご迷惑をおかけします」

「いいや。……まともな子だな。本当にユーリの従弟か?」


 ユーリグゼナがそれはどういう意味でしょう? と軽くにらむ。フィンドルフとアルフレッドで会話できるようだったので、男子寮の話は二人に任せる。ユーリグゼナは焚火の燃え残りで新しく作った焼き真珠麿(ホロホルン)をあむっと食べる。外のパリッとした感触の中から、トロリと溶けた甘味が(あふ)れ出て口の中を浸食していく。


「なあ、ユーリは一体何をしているんだ……」

「プルシェルを作動させながら、食事ができるか試している」

「………。で、今食べてるものは何? 甘いにおいまで伝わってくる」

「焼き真珠麿(ホロホルン)。食べてみる?」


 ユーリグゼナは真珠麿(ホロホルン)を挿している枝をアルフレッドに差し出す。アルフレッドは緊張した表情で手を近づける。その瞬間、ぱたりと彼の姿が見えなくなり、先ほどの森の中に戻る。


「消えちゃったね」

「……うん」


 ユーリグゼナの声にフィンドルフは頷きながら答えた。ユーリグゼナは物の受け渡しは無理か、とつぶやく。フィンドルフは彼女を呆れた顔で見ていた。






次回「パートンハド家は主を選ぶ」は12月31日18時掲載予定です。

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