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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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16.祭りに酔う5

「もとはといえば、お主の父親が提案してきたというのに。人間というのは、本当に自分勝手な生き物だ」


 少年の姿をした神は、憎々し気にアルクセウスを見下ろす。


「のう、アルクセウス。もう降りたらどうだ。ずっと人間の味方ばかりして、他の生き物の声に耳を傾けない、無能の調停者」


 少年姿の神は、すっとユーリグゼナに目を向け、薄っすら笑った。


「ルリアンナの子よ。お主は森の王にも魔獣にも魔樹にも慕われておる。本来そういう者がなるべきであろう? 次の次期調停者に就くがよい。母の罪はもう、問うまい」


 彼女は、凍り付いたように身動きができなくなる。アルクセウスは彼女の腕をぎゅっと掴んだ。均整のとれた(あご)をくっと上げる。


「これはまだ子どもです。学生は卒業するまでは、学校長である私の管轄のはず。まともな判断ができない者に、断れないよう誘導して要求を通すのは、騙しているのと同じです」


 少年の顔が、くわっと噛みつくように歪んだ。

 

「言うたな。アルクセウス。もう許さぬ!」


 ユーリグゼナは頭で考える前に、身体が動いていた。


 はしっ


 振り下ろされる神の手を、うっかり受け止めてしまう。


(ま、マズいよね。分かっているんだけど。でも声出してないし、答えてないし、名前を言ってない。ギリギリ大丈夫では?!)


 急いで少年の手を離し、風のような速さで元いた場所に戻る。地面に顔面がくっつくほど、ぺったりとひれ伏した。

 少年は口を開けたまま、自分の手とユーリグゼナを交互に見る。


「吾に、触ったのか? 汚い人間が?!」

「あら。すぐに浄化しないと駄目じゃない? デイル」


 不意に、妖艶な女性の神が現れる。デイルは陰気にボソボソと(つぶや)きながら、足早に別の空間へ消えて行った。


(汚いからって、逃げられた……)


 残念過ぎるが、結果として助かった。

 妖艶な女神は、彼女ににっこりと微笑んだ。


「さっきは素敵な剣の舞をありがとう。元の空間まで案内するわ」


 ユーリグゼナは、深く頭を下げて謝意を伝える。


「アルクセウスを、抱えられる?」


 うつぶせに倒れた彼の、美しく長すぎる銀髪が織物のように地面を装飾していた。目にしたユーリグゼナは、心臓の動きをおかしくさせた。どうしても祖父ノエラントールが処刑された情景が、蘇りそうになる。


(落ち着け。大丈夫。死んでないはず)


 意識のないアルクセウスの下に入り込み、よっこいしょと背に負う。腕力上の問題はないが、身体の大きさが違い過ぎて、前が見えない。

 彼女の耳に、どくっ、どくっ、と鼓動を打つ音が聞こえる。


(ほら、生きてるから大丈夫)


 気持ちを整え、深く抱え直す。女神が歩く気配に合わせ、背負ったままついて行く。


「この世界を作ったデイルに逆らえば、精気を抜かれる。最悪死ぬわ。アルクセウスは無茶しすぎよ」


 気遣わしげに言う妖艶な女神は、アルクセウスへの敵意がないように思える。

 抱えていたアルクセウスが身動きする。つり合いが悪くなり、よろけて倒れそうになったところで、抱えていたはずのアルクセウスに支えられた。


「もう、帰れそうね」


 立ち止まった女神に、アルクセウスは頭を下げた。


「深く感謝申し上げます」

「これくらい構わないわ。それより……後片づけをお願い」


 二人の会話の意味は分からない。それでも女神との関係は、少年神デイルとは違うようでホッとしていた。

 女神はユーリグゼナに笑顔で手を振り消えていく。ユーリグゼナは深く深くお辞儀をした。


其方(そなた)に背負われる日が来ようとはな」


 ため息混じりの声は、いつもと違いかすれていた。彼女は端正な横顔を見上げる。顔色は良くない。少し休んだ方が良さそうだ。


「助けていただいて、ありがとうございます。今回の件……私が原因ですか?」

「……いや」


 一瞬、間があった。アルクセウスはそのまま黙って、彼女の腕を見つめている。何度か掴まれた部分は、赤くあとになっていた。


「すまぬ。力の加減ができなかった……治してよいか?」


 治療は『医』の役目を持つ者か、家族に限られる。そう彼女は学んだばかりだ。


「ご心配なく。これくらい、すぐ消えます」


 微笑みながら視線を外す。腕をそっと身体の後ろに隠した。

 アルクセウスは小さく頷き、ゆっくりと歩き出す。彼女は彼のあとを、ひょこひょこ付いて行く。

 きっとお互い、気づいても口にしないことがある。アルクセウスはいつもと違い、彼女の心を読んでいないようだ。この空間は能力(ちから)が使いにくいのかもしれない。


 ユーリグゼナが気になっているのは、デイルの言った『次の次期調停者』という言葉。言い回しが間違っていなければ、すでに次期調停者は決まっているということ。もう関わるべきではない。


「念のため申し上げます。私に、調停者は無理です。なりたいとも思いません」


 彼の口元が緩んだ。


「ああ。其方(そなた)は、初めて会ったときにも『学校長になりたい理由が分かりません』と、言っておったな」

「そ、そうでしたか? ……すみません」


 言われてはじめて、自分の発言の失礼さを認識する。今も四年前と変わらず、大馬鹿者である。


「其方は正しい。実態を知って調停者になりたい者なぞ、おらぬ」


 彼の表情に、苦いものが混じる。


「もう、デイル様に関わらぬように。今日は謝神祭(トリエンナーレ)で客を入れるため、空間の縛めを解いていた。通常は強固な守りを敷いている。このようなことがないと断言しよう」


 歪ましたのは、デイルか。自分で創った世界を、どうして脅かすのだろう。

 彼に会いたくないなら、卒業後、学校を訪れなければいいだけ。


(だとすると、アルクセウス様ともお別れだ)


 卒業が近いと気づいたら、思いついたことがあった。


「初めてお会いしたとき、卒業までに一つ願いを叶えてくださると、おっしゃいましたね」

「……覚えておったか」


 覚えていないと思われていたらしい。実際、今の今まで忘れていた。


「言い出さなければ、そのまま反故にするおつもりでした?」


 彼は口元だけで小さく笑った。

 これだから有効期限付きの特典は恐ろしい。さっさと使う方がいいだろう。


「一つ、お願いしたいことがあります」









 アルクセウスの進む先に、薄い茶色の髪と焦げ茶色の髪の二人が見えた。ユーリグゼナは駆け寄りたくなる気持ちと、必死に戦う。

 叔父アナトーリーと従弟フィンドルフは、アルクセウスの下に(ひざまず)いた。


「アナトーリー。時空抜道(ワームホール)を繋いでくれたか。見事だ。これでずいぶん近道ができる」

我が姪(ユーリグゼナ)を救っていただいたことに比べれば、大したことではございません。それよりアルクセウス様。……一度休まれた方が」


 表情を曇らせるアナトーリーに、アルクセウスはいつも通りのたおやかな笑みを返す。


「そうはいかぬ。演武場から始まった空間の歪みは、時が過ぎるごとに学校を越え、聖城区の各所へと広がっていく。時間との勝負だ。アナトーリーも力を貸してくれぬか?」


 アルクセウスは会話を続けながら、時空抜道(ワームホール)を進んで行く。他の三人も後を追う。


 ユーリグゼナとフィンドルフが演武場から姿を消した頃、アルクセウスは時空の歪みを感知した。すぐに音声伝達相互システム(プルシェル)で学生全員に、各寮に待機するよう通達する。学生たちの家族は、ペルテノーラ王カミルシェーンが取りまとめた。学生の所属する寮に待機するよう、指示を出す。


「学生で音声伝達相互システム(プルシェル)が通じず、行方も分からなかったのは、ユーリグゼナとフィンドルフだけだった。すぐにヘレントールから報告が上がり、二人の迷子を探しに来たのだ」


 足早に進みながら、外の状況を語るアルクセウスは、いつも通りの穏やかさだ。デイルと対峙した苦しみも辛さも、すべて取り繕った表の顔。ユーリグゼナにはそう見えた。





◇◇




 

 時空抜道(ワームホール)を抜けると、もとの演武場だった。アルクセウスの周りを、特殊部隊の服をまとった人たちがわらわらと取り囲むように、膝をついた。


「良い。作業を続けよ」


 そのまま陣頭指揮を執る。

 アナトーリーはシキビルド寮までユーリグゼナとフィンドルフを送っていくと、その足で戻って行った。


 ユーリグゼナは、入り口に待っていたテラントリーに抱きつかれる。心配して、目を潤ませる彼女を、彼女以上の力で抱きしめ返した。

 アルフレッドはいつも通りの笑顔で迎える。


「おかえり」

「ただいま」

「無事で良かった。でもどうしてユーリは、いっつも俺を置いて危険に飛び込んでいくんだ?」


 さらっと揺れる見事な金髪を見ると、帰って来たなーという感じがする。


「心配かけてごめん。でも、アルフの無事が一番だから、基本置いて行くと思う!」

「そんな宣言しないでくれ。待つ身は本当に辛いんだ! でも……ユーリは必ず俺のところに無事戻ってくるんだって、信じられるようになったよ」


 寮の外に、弦楽器の華やかな音がもれ聴こえてくる。ユーリグゼナは晴れやかな顔で、アルフレッドを見上げた。


「演奏してるの?」

「ああ。全員で寮に缶詰だろう? 食事会と演奏会の許可が出たんだ。今、自由参加で演奏してる。……それで、ユーリ。あとフィンドルフも手伝って欲しいんだけど」


 アルフレッドは閉校式後の演奏会に弾く候補曲を、全て演奏したいという。


「客の反応を見て、選曲できるいい機会だ。それに、演奏会の宣伝にもなるだろう?」


 よく考えれば、閉校式に参加するのは今日とほぼ同じ、学生とその家族。相変わらずアルフレッドの戦略は真っ当だ。ユーリグゼナの頭の中は、一気に音楽でいっぱいになりかける。でもその前にアルフレッドに伝えたいことがあった。


「反省会、もう要らないね」


 彼はにっと笑う。


「ああ。ユーリもだろう? 成功して良かったな」

「うん。アルフ、優勝おめでとう」

「ありがとう。でもそれ、寮内で話すの、無し。奇跡のような幸運続きの、まぐれだから。俺のは……」


 アルフレッドは少し情けない表情で、黄昏の遠くの空を眺める。運だけじゃ勝てない。ユーリグゼナはそう思いながら、彼と一緒に夕方と夜のグラデーションに見入っていた。



次回「小さな賓客1」は8月1日までに掲載予定です。

シノ視点。謝神祭と同時間帯のシキビルドの様子。

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