14.祭りに酔う3
四国合同演奏会が開演し、会場が暗転する。
「目立ってくれて、助かる……」
立ち上がった瞬間、ナヤンが囁いた言葉に、ユーリグセナは首を傾げた。
人々の目が闇に慣れない合間を縫って、叔父アナトーリーと叔母ヘレントールに挟まれた席へ移動する。二人が揃って彼女の側にいてくれるのは、護衛のためだった。
「なんで馬鹿王は、来ないのかしら? ユーリの最後の謝神祭だっていうのに!」
養父なんだから、責任持て! とトゲのある言葉が続いても、その声は小さく、耳の良すぎるユーリグゼナにしか聞こえない。ユーリグゼナは、ヘレントールの手をそっと取った。
「私がセルディーナ様とアーリンレプト様の側にいて欲しい、って頼んだの」
二人は妃と王女であるにも関わらず、力も立場も弱い。だから、王として立場が強固になったライドフェーズが側にいてくれると、心強い。
今日のアナトーリーは、装飾の少ない護衛用の服を身に着けている。
「アナトーリー。一緒に聴けて……すごく嬉しい」
「俺もだ。ユーリ」
彼の温かい声に心が緩む。家族として会うのは、彼がシキビルドを出て以来だ。
アナトーリーは同じ音を聴いても、ユーリグセナを遥かに超える知識と分析力で読み解いていく。曲をその場で深く掘り下げられるのは、本当に貴重なこと。鑑賞する相手は、金を積んでも選ぶべきである。
いつかの演奏会のようにアルクセウスが横にいては、聴けるものも聴けず、まともに鑑賞できない……。
舞台では、四国合同演奏会が佳境を迎えていた。リナーサが指揮を取りながら鍵盤楽器を弾く。そんな器用なこと……そうだ、アナトーリーが五角堂でやっていた。一瞬そんなことが過ぎるも、すぐに演奏に夢中になる。前に追加の演奏で弾いた叙情的な曲は、二年前をはるかに超えた力強さで甦り、観客の心を捕らえる。
(みんな……格段に上手くなってる。曲の解釈も、もう敵わないや……)
楽譜の段階で関わっていても、別のものみたいだ。それでいて、そこかしこにユーリグセナが工夫した箇所が残っていて、再現された嬉しさと恥ずかしさで死にそうになる。
今は圧倒され、感動する観客の一人だ。でも来年からは競争相手。この完成度を無償で提供する謝神祭に、有償で客を集めるユーリグセナたちが勝てるだろうか。
「フィンの言うとおり、護衛はすぐに見直さないと駄目だわ」
「ああ。これほどとは……」
休憩の間、ヘレントールとアナトーリーの会話を裏付けるように観客席から、チラチラ視線が飛んでくる。
「ナヤンの隣にいたから、目立ったみたい」
開演前、今回の指揮者リナーサと大立回りを演じたナヤンは、注目の的だった。そのとばっちりだろう。ヘレントールの言葉に、呆れた声が混じる。
「確かに本人に無自覚なまま、放置したのは失敗ね。姉上は氷姫といわれるほど、周りを凍らせてきたのに、ユーリは……隙がありすぎる」
「母様が氷姫?」
なんの話だ。
アナトーリーが腕を組んだ。
「ユーリ。話しかけてくるやつは全員、王女対応で突っぱねろ。誰の誘いも受けるなよ。二人きりでなんて言い出すやつは、変態だと思え」
「……それじゃあ、友だちができない……。最近はね、学校がとても楽しいんだよ……」
ユーリグセナは、しゅんとして俯く。少し交友関係が広がってきたように思う。
アナトーリーが組んだ腕を解き、膝に置いた。次第に手がぷるぷると震えだす。
「……仕方ない。ユーリが可愛過ぎるのは、もう、どうしようもないっ。不可抗力!」
ユーリグセナの頭上を、拳が風を切って通り過ぎた。反対の隣からバコッと異音が響く。
「馬鹿なの?!」
ヘレントールが声を潜めても、もう無駄だ。充分注目を集めている。ユーリグセナは、早く次の曲が始まらないかと、身体を小さくして待った。
◇
しゅるしゅると、手早く衣装を着付けていくサギリとテラントリーの手に、無駄な動きはない。ユーリグゼナは徐々に緊張を高め、気分は落ち込んでいった。剣舞の衣装は、無駄に裾や袖が長く、実用性の欠片もなかった。
(こんなので戦ったら、即死ぬ)
まさに見せるためだけの剣技。ユーリグゼナの着替えを終え、テラントリーは片付けのため一時退出する。同じく手伝ったサギリは、護衛のための配置確認に呼ばれ、扉の外に出る。
一人きりになった瞬間、ユーリグセナは崩れ落ちた。二人を心配させないための虚勢を、今くらい張らなくてもいいだろう。そう思っていたのに。
ガチャ
合図もなく扉を開けた人間がいる。
「へえ、本当だ。緊張してる」
入室してきた従弟フィンドルフの紺色の目が、めいっぱい開かれる。彼女は顔を腕で隠した。そのすぐ横に彼は座る。
「そんなに嫌なのに、なんで主役を引き受けた?」
「断れなかった」
剣舞の練習に顔を出したが最後、もう逃げることはできなかった。彼女を主役に想定した練習は、すでに熱を帯びて進行していた。いまさら、やりません! などととても言えない。
「……しかも型に意見なんかするから、ますます大変になっただろう?」
「それは……ちょっとだけ、フィンのせい」
「まあな」
演じるとはいえ、剣を受け損なえば大怪我をする。あらかじめ剣筋の角度をずらしたり、寸止めをすることも含めて細かく決まっている。三百人の剣を受けることになったユーリグゼナは、全ての型を覚えるのが面倒になり、「そのまま普通に斬りにきてください」と言い出したのだ。
フィンドルフは「感触が分かっている相手同士でないと無理だ。怖くて打ち込めない」と答え、いいからとっとと覚えろと、彼女に暗示したが……。
剣舞の教授は頭のネジが飛んでいた。「なるほど、全員と分かり合えるまで打ち合えば、もっと踏み込んだ斬りこみが可能になると。うん、確かにその方が迫力が出る」という拡大解釈により、大幅に型は変えられる。当然覚えることは増え、練習時間が増大した。
きつきつで進行中のユーリグゼナの授業に影響が出た。学校長に授業時間の調整をしてもらったからね! と教授に満面の笑顔でいわれ、彼女の顔はひきつった。いったい何度目の調整だ……。
こんなことなら、演奏会に参加すれば良かった! ユーリグゼナは深く後悔している。
フィンドルフは彼女の沈んだ表情を見て、ふーっと息をついた。
「アルフレッドから、元気無さそうだったら伝えて、と言われた。聞くか」
「うん」
「お互い失敗したら、一緒に反省会しような、だそうだ」
なんと弱気な励ましの言葉だ。ユーリグゼナは顔を上げる。
「アルフ。もしかして……あんまり自信が無い?」
「多分。正直きついからな」
アルフレッドは個人競技より、団体競技の中で頭を使って、仲間と協力して勝ち抜いていく方が向いていると思う。
「なんで、千人斬りに参加したんだろう」
「聞いてないのか」
彼女は大きく頷く。フィンドルフは、深くため息をついた。
「……本当に千人斬りを達成した人って、誰か知ってるか?」
「アナトーリーだよね?」
「正解。他は?」
「ヘレン?」
「正解。あとは?」
「母様」
「不正解。何故か不参加だったらしい」
彼女は不参加の理由が何となく思い当たり、口をつぐむ。
「実は祖父ノエラントールも成功している。未だに語り継がれる名勝負の数々だったらしい」
「みんなパートンハド家だね」
「そう。アルフレッドは武術はいまいちだと、世間に思われている。パートンハド家に正式に入る前に、その噂を少しでも払拭したいのだと思う。──最多人数倒して、優勝すれば少しは認められる」
隠れて何かやっていたのは、武術の訓練だったのか。
「私に、何かできないかな」
フィンドルフは、にいっと笑う。
「できるさ。剣舞を盛り上げろ」
「なんで?!」
「千人斬りは今年、近年稀にみる参加者の少なさだ。腕のあるやつは、剣舞にかなり流れた。あとは飛び入り参加を減らせば、もしかしたら、もしかするかもしれない」
剣舞と千人斬りは会場違いで、ほぼ同じ時間帯に実施される。こちらが盛り上がれば、あっちは閑散とする。
姑息で、かなり情けない。
(でもこの際、優勝できたら何でもいいよね?)
ユーリグゼナの心は決まった。
「私……。やる。斬って斬って斬りまくる」
「俺も最後まで盛り上がるよう、努める。ユーリ、本気で来いよ。受けて立つ」
殺陣の最後の相手はフィンドルフ。最速の三日間練習で仕上げ、最高の出来で周りを納得させた。最後を飾る栄誉を手に入れている。
次回「祭りに酔う4」は7月25日までの掲載予定です。




