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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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8.等しくない重さ2

狩りの残酷なイメージが入ります。ご注意ください。

 アルクセウスの脅しに、アルフレッドは張りつめた表情になった。

 逆にユーリグゼナは、急速に心が冷めていく。

 

(何言ってるんだろう……この人は)


 自分たちの処遇など、どうでもいい。そんな話はしていない。

 調停者が保護すべき弱い者を切り捨てたら、誰が彼らを守る?


 鳳魔獣(トリアンクロス)が教えてくれた調停者の役目は、すべての生き物の声を聞き、繋ぎ、この世界を保つこと。今のアルクセウスに出来るわけがない、と思った。

 

 なんでこんな人が調停者なのかと、苛立って仕方がなかった。


「ボルカトリンを斬殺したのは、副学校長ですね? アルクセウス様は生き物が殺されるところを見たことがありますか?」


 アルクセウスは不可解そうに、眉をひそめた。暗にもう口を挟むなと言ったつもりだろうが、もともと読めない空気を、今だけ読めるようになるつもりはない。


「命を奪われる側のことを、想像したことはありますか?」


 ユーリグゼナは自分の声がひどく冷たく響くことを、どこか遠くに感じていた。


「私は一人で森に住んでいたとき、狩りで肉を得ていました。獣も生き物ですから生への執念が強くて、命懸けで抵抗します。狩る方も死ぬ思いで仕留めるのです。抵抗できなくなり命が消えていくまで見守ると、いつも酷い気持ちになります」


 殺したときの情景が心に残り、何度も何度もよみがえってきては、一人のたうち回って、過ぎ去るのを待つ。それでもお腹が空いたら食べて、命を貰って生き続けている。


「ボルカトリンは調停者であるアルクセウス様を頼って、仲間の助けを求めたのでしょう? それはあなたが自由にしていい命でしたか? あなたは彼女に、最後に何を見せたのですか?」


 伝わらないかもしれない、と思った。

 アルクセウスの世界には、まず人間がいて、世界すべてを司る神々がいる。それ以外には興味がなく、大義の前では「仕方がない」と容易に切り捨てる。


 アルクセウスは、ずっと目を伏せたまま聞いていた。深いため息とともに、顔をあげる。


其方(そなた)は魔獣に心を寄せすぎだ。感情に囚われた為政者は、判断を誤る」

「アルクセウス様は何にも囚われていないと、誤っていないと仰るのですね」


 黒曜石のような鋭い目を向けるユーリグゼナを、彼は綺麗な黒い目で見つめ返す。


「調停者として最善を尽くしたと、今も思っている。(うみ)を出すのに最高の贄であった。実際、誰がボルカトリンを利用していたか、誰が私を調停者として認めていないのか、シキビルドへの敵意。全てが透けて見えたのだ。────もう良い。この話は(しま)いにせよ」


 彼には伝わらなかった。何も。全ては無駄に終わった。

 彼女の落とした肩に、そっと温かい手がのせられた。アルフレッドが彼女のすぐ側に寄り添っていた。


「私も王女も沈黙を守ります。どうかお咎めなきよう」


 アルフレッドは深々と、丁寧に礼を執る。ユーリグゼナも潮時を悟り、彼にならう。


「承知した」


 アルクセウスは美しい人形のように、何の表情も浮かべない。彼女が退出のため、扉を開けようとしたとき、よく通る声が後方からかかる。


「ユーリグゼナ」


 彼女は虚ろな表情で、振り返った。


其方(そなた)とは、うまくやっていけると思っていた」

「今まで通り、お付き合い願います」


 王女としての模範解答が、スラスラ言えるくらいには気持ちが離れていた。それなのに納得していない彼女は、未熟にもチクリと刺してしまう。


「アルクセウス様の思う命の重さは、私と違うのでしょう。負担のない距離感を保っていきたいと思います」

「…………それでは、今まで通りとはいえまい」

「そうですね」


 音もなく開いた扉だったが、閉じたとき思った以上に大きく音が響いた。







 廊下を進む間、ユーリグゼナの手はアルフレッドに握られていた。ゆっくり進む背中に、彼女はかすれる声で呼びかける。


「アルフ……」


 すぐに振り返り、彼女の顔を心配そうに覗き込む。


「限界だな。しゃがむか? それか……嫌でなければ、俺が抱えていく」


 ユーリグゼナが微かに頷くと、彼は慎重に彼女を横抱きにする。ゆっくりと足を進めた。


「休養室がいい? それとも……音楽棟行くか?」


 相変わらず察しがいい。何一つ上手くいかなくて、音楽に癒やされたかった。


鍵盤楽器(ピエッタ)……聴きたい……」

「分かった。ユーリは横になっているって約束出来るな?」


 血の気のない顔を、ゆっくり動かす。




◇◇

 



 ユーリグゼナは、鍵盤楽器(ピエッタ)の傍に置かれた長椅子に身体を預けていた。アルフレッドの優しい音色は、彼女を落ち着かせる。

 本当にありがとう、と告げると、アルフレッドは指を止めた。


「アルフ。ごめん。私、大失敗だ」


 せっかくアルフレッドが段取りしてくれたのに、何も伝えられず、新しい事実も得られなかった。アルフレッドは鍵盤楽器(ピエッタ)の椅子を、彼女の近くに移動した。


「いや、思ったより上手くいったと思う」

「え?」


 彼は、決まり悪そうな表情で見た。


「俺、全く取り合わないだろうな、って予想してたんだ。魔獣の命が人の命と同じ重さだなんて、俺にも思えないし」

「え? 嘘」

「本当」

「だったら、なんで止めなかったの?」


 アルフレッドは曖昧に笑う。


「ユーリが望むようにしたかったから」

「そんな。失敗したら意味ないよ!」

「……思い出したんだ」


 彼の祖父ペンフィールドは語ったそうだ。彼女の祖父ノエラントールが命懸けで、前シキビルド王に進言し続けたと。


「疎まれても、伝えないといけなかったのだろう?」


 そう。伝えたかった。虐げられた命が、心があったのだということを。誰かが伝えなければ、無かったことにされてしまう。今の世界で最も責任を問われる人間は、アルクセウスだ。だから絶対に分かってもらわなければいけなかったのに……。


「でも、伝えようとした意味あった? アルクセウス様は何も理解してくれなかったよ!!」


あまりに無力だ。悔しくて、子どものような言い方になってしまう。


「……理解できない何かを、ユーリが伝えようとしたことは分かったと思う」


 アルフレッドの言うことがよく分からない。何度も首を振る彼女に、仕方なさそうに言う。


「調停者を、あれだけ当惑させたんだ。充分だろう」

「いたって普通に見えた」


 アルフレッドは一度開いた口を、ため息とともに閉じる。さらっとした見事な金髪を搔き上げた。


「………本来なら、長年隠匿していた事実に勘付いたと伝えた時点で、俺たちは始末されてもおかしくない」


 ユーリグゼナはギョッとして、身体を起こした。


「……そんな危ないことしてた?!」

「ああ。でもユーリはシキビルドの大切な王女だし、なにより……アルクセウス様にかなり気に入られている。俺が学校長に相談持ちかけていることは、他の教授も知ってる。無茶しないだろうと踏んで、約束を取り付けた」


 彼女が想像するよりずっと、アルフレッドは危機的な想定の下、動いていた。


「アルクセウス様は、ユーリの話を全部聞いて、最低限の事実は認めて、本音まで言ってた。あれ以上望めない」


 ユーリグゼナは両腕で、頭を抱えた。


「アルフ……私、全然分かっていなかった。巻き込んでごめん。……ボルカトリンを守りたい、セルディーナ様を傷つけたことが許せないって、そればっかり……」

「ユーリはそんな感じだったな。向こうが何を思ってるかなんて、考える余裕もなかったんだろう?」

「……うん。本当にそう」


 状況判断を誤り、問い詰めることに失敗。周りに迷惑をかけるばかりで、何もできない。未熟過ぎて、誰かを助けるなんて土台無理だ。


「良かったよ。俺にとっては」 

「え?」

「気づかなくていい。ずっと」

「何に?!」


 アルフレッドは、サッと立ち上がって鍵盤楽器(ピエッタ)を片付け始める。


「顔色が良くなった。動けそうなら、少し森に行くか?」


 ユーリグゼナは、ぱあっと表情が明るくなった。


「うん! 行きたい」

「魔獣は音楽が好きなんだろう?」

「うん。そうだけど?」

「ボルカトリンのところ、行こう。楽器持ってさ」

「…………ありがとう」


 ユーリグゼナは泣きそうになりながらも、嬉しくて嬉しくて、笑顔になった。


「そっか。アルクセウス様を森に連れて行くところから始めたら、少しは変わったかもしれないな」


 前向きになった彼女の発言を、アルフレッドは仏頂面で全否定する。


「そういうの、やめよう」

「……そうだね。親しみを持てば変わるかも、なんて、私甘いね」

「いや……魔獣じゃない方に親しみを持たれたら困る」

「魔獣じゃない方?」


 アルフレッドは急に目線が、彷徨い始める。


「………とにかく、もう二人で会うのは危ないからやめてくれ。アクロビスたちにも言われたろう? 何でも付き合うから、俺も一緒で頼む」


 いやに真剣に言う彼に、ユーリグゼナは戸惑いながらも頷く。


 

 

次回「聞こえない音は」は6月23日に掲載予定です。

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