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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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14.おかえり

視点がユーリグゼナ→ライドフェーズと変わります。

(アナトーリー達と会える……)


 閉校式を例年通り無断欠席したユーリグゼナは、誰もいない食堂で昼過ぎからのんびり朝ごはんを食べ、食後のお茶を飲む。暖かい太陽の日差しにまどろみながら、新しく図書館で借りてきた本のページをめくる。


「またここか」

 

 不意にアルフレッドの声がした。彼がカーンタリスと一緒に食堂に入ってくる。どこか既視感(デジャヴ)を思い起させる光景に、ユーリグゼナは少し緊張気味に挨拶する。


「おはよう」

「……」


 アルフレッドとカーンタリスは黙って同じテーブルの椅子に座る。ユーリグゼナは緊張が高まり、少し高い声で言う。


「また何かあったの?!」


 するとアルフレッドとカーンタリスがお互いをチラッと見て、二人一緒に笑いだした。


「無いよ。閉校式は無事に終わった。カンザルトルの学生が鍵盤楽器(ピエッタ)弾いてた。いい演奏だった」

「そうよかった……」


 騙されかけたが、違ったのでホッとした顔になる。たまにはユーリも驚いたらいいんだ、とアルフレッドがぼやく。すると、彼の隣に座っていたカーンタリスが思い切ったように話し始めた。


「ユーリグゼナ。素手格闘技(ケララドラ)戦に参加させて、悪かったと思っている」

「……?」


 アルフレッドは、唖然としているユーリグゼナにチラリと目を向け、カーンタリスに言う。


「ほら見ろ。ユーリは気にしてない」

「でも嫌がっていたのに参加させて、襲撃に巻き込んだ。──ユーリグゼナ。ああいう場はだな。他人は見捨てて逃げろ! シキビルドの護衛も、他国の要人も学校の担当者さえ、敵のなかにユーリグゼナを一人会場に残して、自分たちは逃げ出した。皆、自分たちが一番なんだ。利用されないよう、もっと気をつけろ!!」

 

 ユーリグゼナは、ぽかんと彼の顔を見た。アルフレッドは苦笑する。


「こんな言い方だけど、カーンは心配してるんだ。ユーリが無自覚なまま国に利用されそうで嫌なんだって」

「違う。俺はアルフが巻き込まれないようにしたいだけ」

「だそうだ」


 アルフレッドがユーリグゼナに目配せする。

 カーンタリスの不器用な物言いには、共感を覚える。ユーリグゼナは彼に向き直る。


「気をつけます。ありがとうございます」


 カーンタリスのユーリグゼナに対する態度が柔らかくなり、嬉しい。アルフレッドの交友関係に、少しだけ入れた気がする。学校を去るのが、ほんの少し寂しい。あくまでほんの少しだが。


「ユーリ。すぐ帰るのか?」


 アルフレッドの言葉にユーリグゼナは深く頷く。もうすぐシキビルドへの時空抜道(ワームホール)の調整が終わるはずだ。ユーリグゼナは、準備万端だった。


「前は、申請出してまで居残ろうとしてたのに……」


 不満そうなアルフレッドに、ユーリグゼナは机の上を片付けながら笑顔で言う。


「今年は家族が待ってるから」


 ユーリグゼナは椅子から立ち上がった。彼女の濡羽色(ぬればいろ)の黒い髪が揺れる。今日はテラントリーが髪を編み込んでくれて、下ろし髪にしている。アルフレッドはそれを面白くなさそうに、机に肘をついて見ていた。ユーリグゼナは、あっ忘れてたという顔をしてアルフレッドに向き直る。


「来年の制服は()()()やめとく」


 それを聞いてアルフレッドは肘を滑らせる。顔を赤くして立ち上がった。


「き、気づいてたのか?!」

「テラントリーが教えてくれた。目立ちますよって。心配してくれたみたい。でも──今年、アルフが制服を用意してくれたことは心から感謝してる。お陰で学校に来れた。来れて良かった。こんなに楽しかったのは初めてだったの。アルフ。本当にありがとう」


 ユーリグゼナは嬉しそうにふわりと笑う。黒曜石のような目に一瞬光が差した。彼女のきめの細かい綺麗な肌を、黒髪がふわりとかすめる。アルフレッドは目を細め眩しそうに見た。ユーリグゼナは二人に軽く手を振ると、食堂をあとにする。


 


 ユーリグゼナは、たくさんのシキビルドの学生と一緒に、真っ暗な時空抜道(ワームホール)を抜けていく。入るとすぐ、真綿のように見える黒く生ぬるい存在がユーリグゼナの首にグルグルと捕り付いてきた。今度は学校に向かう時のように締め付けるようなことはしなかった。

 

 彼女は「ただいま」と小声でその存在に告げる。彼女は懐かしいような切ないような不思議な気持ちになってくる。その存在は確かに伝えてきた。『おかえり』と。





◇◇◇◇◇






 セルディーナは襲撃の日から、目を覚ましてはすぐに眠るという毎日を過ごしていた。だがここに来て目覚めている時間が長くなってきている。ライドフェーズはじりじりした焦りは消えないまでも、少しの希望も感じ始めていた。

 セルディーナの指先が小さく動いた。ライドフェーズは期待を胸に寝台の横に腰掛け、様子を伺う。栗色のくせ毛が額をかすめる。セルディーナの瞼が震えるように動き開かれる。彼女の赤く澄んだ目を見た瞬間、ライドフェーズはホッと息をついた。セルディーナが手を伸ばす。彼はすぐさまその手を取った。


「ひどい顔をしてるわ。ライドフェーズ」


 セルディーナはふふっとからかうように笑う。さらに手を伸ばしてライドフェーズに頬に冷たい手をあてた。ライドフェーズはその冷たい手を温めるように手を重ねる。


「昔あなたが小さかった頃、そんな風にひどい顔してることがよくあったわ」

「辛いことがあると、いつもセルディーナに会いに行っていた」

「今そういう顔させているのは私のせい?」

「いや」


 そういうとライドフェーズは、そっとセルディーナの手を自分の頬から離し、毛布の中に差し入れる。じっと様子を見ていたセルディーナは言う。


「あなたはまだ運命を受け入れていないのね」

「セルディーナの死など受け入れるわけがなかろう。私はそのためにこの国に来た」

「あなたの命のために来たのよ。ペルテノーラにいては、どのみち殺されていた」


 ライドフェーズは言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。セルディーナの顔色を見て、もう言い合いになりそうな言葉を続けたくなかったからだ。そっと視線を外すと、静かに別のことを言う。


「結婚式は延期する」

「なぜ?」

「無理をさせたくない」

「無理にでも私はしたいわ。あなたの側にいても何も言われなくなる」

「……」


 それはライドフェーズの望みでもあった。

 元妖精であるという出生は丹念に隠している。そのため様々な憶測がされて、彼女のことを口汚く言う者は絶えない。ライドフェーズはそのことに耐え難い苛立ちを募らせている。出来るなら全員殺してしまいたいくらいに。

 セルディーナは、人間の戸籍上はライドフェーズの養女になっている。今回、ペルテノーラ王のカミルシェーンとの婚約を解消して、シキビルド王ライドフェーズの婚約者となった。人並み外れた美しさで王たちを翻弄している、と周囲には捉えられていた。そのため彼女の動向には厳しい者が多い。シキビルドでは特にひどい。

 セルディーナは体を起こそうとして身じろぎをする。すぐにライドフェーズは近寄り手を貸す。本来側人がする仕事だが、ライドフェーズの望みと、人手不足で彼がセルディーナに付き添っている。婚約中にはしたない、と陰口をたたかれていた。


「シノと、テルを呼びましょう。二人ならきっと場を清め整え、私を元気にしてくれる。ライドフェーズも完全に気を緩める場所が必要でしょう?」

「……そうだな」


 あまりにもシキビルドの治安が悪すぎて呼ぶに呼べなかった。でもそれを言っていられないほどセルディーナの状況は良くない。学校で倒れた直接の原因は『血』だ。しかし、それより以前から学校では結界の破損で彼女に必要な清浄さが失われつつあった。ユーリグゼナが神々に花を捧げて空間を強化していなければ、あのままセルディーナは目覚めなかったかもしれない。

 セルディーナはそっとライドフェーズに体を寄せ、話す。


「ライドフェーズもユーリグゼナのことは気に入っているでしょう? なぜひどい事をしようとするの? シキビルドであれだけのことが行われても、空間に異常が現れていないのは彼女のお陰ではないの? 森に関しては間違いなくユーリグゼナよ。魔獣たちは彼女に本当に懐いている」

「……。ユーリグゼナは命を繋ぎ止める鎖を持っている。君を生かすため、必要なものだ」

「私はそこまでして生きたいと願っていない」


 彼女の言葉にライドフェーズの顔がゆがむ。ライドフェーズはしがみつくようにセルディーナを抱き寄せる。彼女のさらりと長い金髪が彼の手にかかる。


「知ってる。全部私のためだ。私は君がいない世界で生きたいと思えない」

「……仕方のない人。でも大好きよ。どうしようもないほど。────お願いだからユーリグゼナを害さない方法を探して。本当はこの世界の(ことわり)を壊すくらいなら、滅びた方がいいのだけど……」


 セルディーナはライドフェーズの栗色のくせ毛を手で整えると、そっと彼に身を預けた。






次回「家族」は12月28日18時に掲載予定です。

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