7.等しくない重さ1
大変大変遅くなりました。。
開校式が終わったあと、アルフレッドはこっそりユーリグゼナに告げた。
「ユーリ。連絡がきた。これからすぐ、学校長室で話せるそうだ」
「ありがとう」
彼は気が進まないのだと、分かっている。それでも叶えてくれた。
音声相互伝達システムは、契約魔法の一つだ。互いに認知している者同士のみ繋がる。
学校長アルクセウスは二千人近くの新入生全員を、毎年覚える。そして、自身を学生に認知させるため、毎年開校式で壇上に立っていた。だから在籍するどの学生とも、音声相互伝達システムで繋がる。彼の強い能力を使えば、緊急時に全員へ伝達することも可能だ。
そうやって、どの国のどの学生も、全員守ろうとしているのだと、ユーリグゼナは尊敬していたのだが。
アルフレッドは、浮かない顔で言う。
「心配だな……」
「何か、言われた?」
「違う。ユーリが心配。肩に力が入りすぎ」
彼女は自分の肩の硬さを自覚し、両肩を回す。
「争うつもりがないなら、もう少し気楽にいこう。俺もいるからさ」
素っ気なく、彼女の頭をぽんぽんと叩く。ほんの少し気が抜ける。相変わらずアルフレッドは人の操縦がうまいな、と思う。
◇
ユーリグゼナとアルフレッドが学校長の部屋に入ると、アルクセウスは洗練された動きで立ち上がった。二人は、礼を執る。
「本日はお忙しいところ、お時間をいただき、ありがとうございます」
アルクセウスは僅かに緑が混じる黒い目を細め、小さく頷いた。
「本当の訪問理由を聞こう。どうして秘密裏なのだ?」
ユーリグゼナは硬い声で答える。
「ボルカトリンの件を伺いたく、参りました」
「先日、魔獣生態学の教授から報告を受けた。同席させるべきだったな」
「……はあ」
彼女は曖昧に答える。モフ教授は、ユーリグゼナを連れて行きたがったが、彼女は丁重に断ったのだ。
(モフ教授がいたら、当たり障りのないことしか答えてくれない)
悩んでいたら、沈黙が重く長くなっていたらしい。アルフレッドにコンと肘で突かれた。観念して口を動かす。
「……ミネランは学校の森で、ボルカトリンを実験に使っていたのですね?」
「……それで?」
それで……って。取り付く島もない。アルクセウスの顔が心なしか怖い。
ユーリグゼナは、すうっと息を吸い、続ける。アルクセウスを問い詰め、真実を訊きだすためにここに来たのだ。
「……知っていて、ずっと黙認していましたね? 私はアルクセウス様をと……とっちめに」
噛んだ。アルフレッドが、うっと顔を強ばらせる。アルクセウスの方から、くすりと笑う音がした。
「儂を、取っ締めに来たのか」
「いえっ。『問い詰めに』の間違いです」
「大して意味は変わらぬな」
腰の下まで伸びた長い銀髪を揺らし、二人に椅子をすすめ、自らも腰を下ろす。ユーリグゼナはぎくしゃくした動きで、指された椅子へ座る。
◇◇
学校の森を、無許可で使い続けるのは無理がある。ミネランは学校側の、おそらく亡き前調停者や、副学校長に許可を得ていた。それをアルクセウスが知らないわけがない。
「先日の尋問では、取り押さえの現場にいたボルカトリンのことは、一切話に上がらなかったそうですね」
「誰が言った」
「それは今、関係ないかと」
尋問の内容については、アクロビス。それ以上については、全てユーリグゼナの推測だ。
「実験の件は黙秘して良いと、ミネランに約束されましたか?」
アルクセウスは、ゆったりと頬杖を突いた。
「其方は、そう確信を持ってここに来たのだな」
「……はい。ボルカトリンに何があったか。調書を挙げて、動機と事実を詳らかにしていただきたいです」
アルクセウスの眉がわずかに動く。
「なぜ魔獣にこだわる?」
「……アルクセウス様こそ、あまりに軽く扱っておいでです。命が関わることは全て、重い。なぜ裁きもせず隠そうするのです? 四年前も────開校式の挨拶のとき、学校長アルクセウス様の前に、血まみれの魔獣ボルカトリンの死体が投げ込まれる事件がありましたね」
端正な顔立ちに、一瞬大きな歪みが走る。それを見て、ユーリグゼナは確信した。
「そのボルカトリンを森から連れ出したのは、調停者であるアルクセウス様ですね」
森は悪意のある殺生を許さない。それが侵されたなら、森全体の報復があるはずだ。その夜ユーリグゼナは森にいた。いつも通りの穏やかな森だった。それには、何か理由があったはずだ。
当時十三歳の彼女は、子どもだった。死体と同じ臭いをつけた副学校長が、全て仕組んだと思い込んだ。
アルクセウスもまた、同じく臭いをつけていたのに。死体を投げつけられた被害者だと思った。この美しく聡明で、どこか祖父に似た雰囲気の男を、彼女は見た目だけで信頼し疑いをかけなかった。
彼の顔立ちは美しいまま凍っているのかと思うほど、動かない。ユーリグゼナの身体に、ぐっと力がこもる。
「本当のことが知りたいのです」
彼女は黒曜石のように光る目を伏せた。アルクセウスは信じていい味方ではなかった。彼女の愚かな勘違いを利用し、重要なことを隠匿する、ずるい為政者だ。でもいくらか、事実を語ってくれないだろうか。たとえ都合の悪いことだとしても……。
答えてもらえないまま、質問を重ねる。
「セルディーナ様だけは、気づいたのではありませんか? 何か、指摘したはずです」
シキビルド王妃であるセルディーナは、妖精として生まれた。森で過ごした時間が長く、森に異常がなかったと、ユーリグゼナたちの報告を受けたとき、すぐに気づいたはずだ。それなのに……この話は王ライドフェーズに全く伝わっていない。
そのおかしさに、四年前のセルディーナの硬い表情に、こんな今さらになって彼女は気づく。
アルクセウスはずっと、何も漏らさない。もう言うつもりはないのだろう。彼女は目の前の為政者から、言葉を引き出すことを諦めようとしていた。
アルクセウスの整った顔に、すっと冷たいものが走る。
「森で騒ぎが起きていないのはおかしい。森の報復が無いのは、副学校長以外に誰か関わっているからではないか、と進言してきたな」
初めて、質問に対しての答えが返ってくる。
「なんと答えられたのでしょう?」
「……普通の人間は、森の報復などと狂気じみた発言はしない。人並みの言動をお勧めする、と答えた」
ユーリグゼナの脳裏に、セルディーナの悲し気な笑顔が浮かぶ。ライドフェーズの側にいるために、セルディーナは妖精としての自分を殺してでも周りに合わせようとしてきた。
アルクセウスは、そんな彼女の一番弱いところを突き、黙らせた。
「あの方を傷つけてまで、隠したいのですか?」
ユーリグゼナは、ゆらりと立ち上がり、強く拳を握りしめる。ぼわっと身体が熱を帯びていくのを感じた。
アルクセウスは素早く、防衛用の魔法陣をひく。ユーリグゼナの身体から凄まじい精気が溢れ出し、辺りの空気を凍らせていく。
その彼女の手を、アルフレッドがひょいっと掴み上げた。
「ユーリ。争うつもりは、ないんだろう?」
何事もなかったかのような、穏やかな深緑の目が彼女を見つめる。いつの間にか、彼女から溢れ出す精気は消え去っていた。
アルクセウスは深く息をつき、魔法陣を無効化する。
「……なるほど、王妃セルディーナは其方にとって、主にも等しい存在か」
影の差した顔は、途方に暮れているようにも見えた。彼女は拳を、腰の下まで下ろす。
「そうです。どんな事情があろうと、セルディーナ様を傷つける者は許せません」
「……其方は、もっと賢いと思ったがな」
アルクセウスは、彼女を顔を見ない。
「実験の話は、蒸し返せば混乱を生む。人工的に生き物を生み出す奇妙な技が、異世界から伝わっていたなどと、誰が知りたい? 幸運にも人では成功していない。このままミネランの頭の中にだけしまっておけば、消えてなくなる」
僅かに緑が混じる黒い目が閉じられる。
「実験で生み出された魔獣にはひっそり命を終えてもらい、王妃セルディーナにはこのまま黙っていてもらう。──其方らは、どうする」
次回「等しくない重さ2」は6月23日までに掲載予定です。記載することで、気合いを入れておりますが、最近は守れておらずすみません。




