2.正しさのかたち1
ミネランの証言に、人体実験を思わせる言葉があります。ご注意ください
「前見たときはノエルに似ていると思った。が……祖母似か? 表情が陰気で、私の一族を思わせる」
ウーメンハンの元代表ミネランは、勝手なことを呟く。以前のような、舐め回すような気色悪さは感じない。手の拘束を隠すため、黒いケープが全身を覆っている。赤い舌が見え隠れする顔は、捕縛前同様に布で半分隠されていた。
(私に、お祖父様の面影を求められても……)
ユーリグゼナはため息をつく。絶世の美男子と一緒にしないで欲しい。
連の話だと、祖父ノエラントールとウーメンハンの元代表ミネランは、確かに仲の良い時期があった。そして祖母とは従兄妹だったという。
「昔の私のようで、虫唾が走る」
そう言い捨てて、ミネランは黙り込んでしまった。自分が嫌いでたまらない性格は、確かに似ているのだろう。
白い服に身を包んだアルクセウスは、まっすぐな美しい銀髪を腰の下まで伸ばしている。僅かに緑がかった黒い目が、各国の代表者、代理人に向けられる。
学校長として接する時とは違う。犯しがたい清浄な空気を纏っていて、親しみを感じさせなかった。
議員ベゼルは、アルクセウスが調停者という特別な役目を持っていることを知らなかったらしい。彼がこの場に現れたとき、目を白黒させた。
「売買された子どもの人数が、養子院で把握している養子縁組の数と合いません。養子院以外からも子どもたちを連れてきたはずです。それはどこからですか?」
アナトーリーの問いに、ミネランは素知らぬ顔をしている。
じっと動かなかったアルクセウスが、よく通る声で言った。
「ユーリグゼナ。休憩してくるがよい」
はい? と声が出そうになって、ユーリグゼナは慌てて口を押さえる。ミネランは深い息を吐いて話し始めた。
「シキビルドの地下に、大規模な実験施設があった。有能な研究者が亡くなってからは機能しなくなり、人を飼い始めた。肌の色が薄い、造作の整ったものだけを交配し、販売用の人間を作った。それが人身売買の供給源だ」
以上だ。といわんばかりに黙る。
王子アクロビスと議員べセルは、唐突な話を全く信用できないようで、胡散臭そうにミネランを見ている。ユーリグゼナは、言いようのない気持ち悪さを感じていた。
ライドフェーズは紫色の目を鋭く尖らせる。アルクセウスに許可を得て、問いただす。
「ウーメンハンの諜報員たちは、人身売買の証拠を隠蔽するため、施設を片付けようとした。私の側人をさらい、周辺で栽培していた精神を壊す薬草に火をつけ、地上の建物を放火した。そうだな?」
「ああ。全く愚かなことだ。お前たちに施設の存在に気づかせることになった」
「……ユーリグゼナを施設に繫がる穴に突き落としたのはなぜだ?」
ライドフェーズの声が部屋に響き、周りに緊張が走る。
「姫を殺そうとした?!」
議員べセルが、燃えるような目で睨みつける。ミネランは不機嫌そうに答える。
「諜報員たちは、王女だと分からなかった。身体能力の高さから、シキビルド王の手の者だと思い、口封じのため殺そうとしたと報告を受けている。…………生きていて良かった」
どこか力が抜けた、かさかさした声だった。
「私はユーリグゼナが欲しかった。ノエルに似ている孫娘。シキビルドごと手に入れたかった。────むしろ問いたい。なんの縁もゆかりもないペルテノーラの王子が、なぜシキビルドの王になった? 兄と違い無気力で、なんの力もないはみだし王子。そんな者が治めるくらいなら、ノエルと義理の従兄弟関係にある私が得ても良かったはずだ」
ライドフェーズの紫色の目が、冷たい色に変わる。
「ミネラン。ウーメンハンは年々国力を落としている。まずは自国を正すべきだろう?」
「ウーメンハンが悪くなってきたのは、すべて神獣の加護を得られなかったことが原因だ」
ミネランは、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
「神獣と最も近い血縁者が加護を得る。シキビルドの神獣朱雀は、ユーリグゼナの母ルリアンナだ。ユーリグゼナを得た者がシキビルドを手にできる。────私はウーメンハンの神獣の加護を得られなかった。『ロヴィスタをなぜ殺したか?』何度も詰問されたがな、殺していないのだ。母方の唯一の生き残りの彼女を、ウーメンハンの神獣にした。すべてを我が手にするはずが……私以上に近い血筋の者がいようとは」
ペルテノーラ王子アクロビスが、嫌なものを見るようにミネランに視線を落とす。
「神獣は貴きもの。人間の都合で、代替わりを行おうなど……許されるはずがありません」
「実際できたのだ。貴いかどうかは関係ない。───ペルテノーラは、神獣の血族の者が代々治める世襲制。我が国も王政であれば、安定を得られただろうな」
ライドフェーズが口を挟む。
「それは違う。血族でなくとも加護は得られる。現に私がそうだ」
「見え透いたことを。ユーリグゼナを養女にして、縁者となっただけだろう?」
「いや。朱雀が私を王として認めてくれたのが先だ」
「はっ。信じられるか」
「……今までウーメンハンもカンザルトルも、世襲無しで、そうやって治めて来たはずだ」
「私の知る限り、長く加護は得られていない。二国とも衰え収縮し続けている。最近は音楽の力がどうとか言っているがな、そんなあやふやなものに国を託せるか! 今すぐ国を建て直さなければならない。食べさせなければならない。そのためには金だ。それ以上に即効性のあるものはない」
激しく交わされる言葉の一つ一つが、ユーリグゼナを息苦しくさせていた。この場で倒れるわけにはいかない。冷や汗を感じながら、どうにか冷静さを保とうとしていると、そっと頭に冷たい手が乗せられた。すっと苦しみが抜けていく。
アルクセウスの手が離れ、ユーリグゼナは周りを見回す。真向かいに座る叔父アナトーリーが心配そうに彼女を見ていた。しかし、話しかけられた言葉が音として響かない。
(聞こえなければ、苦しくもないだろう)
アルクセウスの肉声同様によく通る声が、彼女の頭に響く。確かにその通りだ。だがユーリグゼナにも話を聴く権利があるのに、勝手に奪わないで欲しかった。苦しくても知りたい。彼女の気持ちは誰にも届かないまま、尋問は進んで行く。
長くなったので、いったん区切ります。




