《番外編》君在りし日々6──おわりの日を越えたいと願う
鬱展開(シキビルド王関連)があります。ご注意ください。
ノエラントールが受け取った能力は、異質なものを感知予知するもの。世界は脆弱で、穢れや異世界の影響を受け、すぐに調和を崩す。そんな壊れやすい世界を守るための能力だという。
ノエラントールは誰からも害されることがなくなった。能力のせいというより、彼自身の朗らかさが敵対する者の毒牙を抜いているように、ペンフォールドには見えていた。
ミネランとの友情は、危ういバランスながらも続く。声で話せる耳装身具を共同で改良し、一度認識した人物とはどこにいても繋がるようになった。各国で採用され音声伝達相互システムという必須アイテムへと進化する。ペンフォールドとミネランは一躍有名になった。
「でもさー。ノエルの嫁がミネランの従兄妹なのは出来過ぎじゃねえ?」
「たまたまだそうだ。アンスーリンはシキビルド育ちで、母方のウーメンハンの親戚とは疎遠だったらしい」
ノエラントールの結婚式の準備で、卒業以来久しぶりにケトレストと再会した。式の当日も何となく二人で話し込んでいる。
「ペンフォールド!! ケトレスト!! 手伝ってくれてありがとう」
すっかり大人になったノエラントールだが、相変わらず二人に駆け寄ってくる。ケトレストはノエラントールに抱きつかれたまま、目を細めた。
「パートンハド家の惣領様……だよな? そんな気楽な感じでいいわけ?」
「パートンハド家の惣領は代々変わった人ばかりだから、今さら誰も驚かないよ。それよりケトレストはどう? ワイルーン家継ぐんだろう?」
「すっげえ嫌だけど、そーなる。でももう少し、あとになりそうだ。親父が頑張りたいんだと」
ノエラントールの側に控えていた、強ばった笑顔の女性が、かくかくした動作で礼をする。三人の目は集中した。
「この度、ノエラントール様と、結婚、す」
「共通語苦手な人?」
待ちきれないケトレストは口を挟む。女性は真っ赤な顔で俯いてしまう。ペンフォールドは彼女との距離を詰め、金髪を揺らしながら優しく微笑んだ。
「ペンフォールドと申します。この度はご結婚おめでとうございます」
「……ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。アンスーリンと申します。不束者ではございますが、末永くよろしくお願いいたします」
「アン。その言い方じゃ、ペンフォールドと結婚するみたいだよ……」
ノエラントールが半分焦れたような、もう半分は困ったような顔で、彼女に言う。
「私、なんて失礼を。大事なご友人に………本当に申し訳ございません」
何度も頭を下げ、青紫色の髪が慌ただしく揺れる。
「……惣領の嫁、無理じゃねえ?」
「ケトレスト!!」
ペンフォールドは強めに頭を叩く。いてっと後頭部を押えながらも、ケトレストは続けた。
「だってさ、……ノエルが抱えるものは大きい。足引っ張るくらいなら、今すぐ別れて欲しい」
「焼きもちだろう? 素直じゃないな」
「うっ。……でもそれだけじゃないぜ!」
アンスーリンの握りしめた手は、震えていた。それでも、くっと顔を上げると、緑が混じる灰色の目に光が差す。
「……痛みも苦しみも、ノエラントール様と一緒に受けとめ生きると決めました。何があっても、明るく力強くお支えすることを誓います」
ケトレストはいきなりの直球に面食らっていた。が、そのまま伝えられるほど素直ではない。
「そうかよ。家名目的じゃないか、俺は監視してるからな」
「はい。ケトレスト様に見切りをつけられないよう、必死で喰らいついて参ります」
「ケトレスト。アンは本気にしちゃうんだ。アンも落ち着いて」
ノエラントールの困ったような笑顔に、厳しい表情で答えた。
「いいや、本気だぜ」
「はい、本気で挑みます」
「……気が合うね。二人とも」
まんざらでもない笑いを浮かべるノエラントールに、ペンフォールドは後ろから小声で囁いた。
「知らせたのか?」
「もちろん」
卒業と同時に結婚する特権階級のなかにあって、ノエラントールは惣領にも関わらず、結婚が遅かった。この世界の異変を能力が感知したから。先にペルテノーラで森の荒廃が起こり、それを治めたペルテノーラ王は死去。
そして今ではパートンハド家の終焉が見えるという。
(よく、結婚する気になったな)
ペンフォールドならできない選択だ。どうか終わることなく幸せになって欲しいと、心から願う。
◇
異変だと、すぐには気づかなかった……。
ペンフォールドの年の離れた弟が突然、学校を退学する。「音楽に階級なんか要らない」と、特権階級の権利を蹴っ飛ばし、明るく家を出て行った。ペンフォールドはどこか割り切れない思いを抱きながら、彼が志す音楽活動を経済的に支え続ける。
弟が長年、凄惨なイジメにあっていたことも、それに一人で耐え続け退学に追い込まれたことも、後から知った。
その首謀者に事件当時六歳だったシキビルドの王子が浮かび上がっても、誰も信じなかった。明るく人に好まれる王子は、賢いと評判の少年だった。
ところが大きくなると、次第に異常な行動が見え隠れするようになる。ノエラントールの娘ルリアンナに執着し、狂気じみた関わりを求めるようになる。
「その美しい銀髪を一房もらえないか?」
ルリアンナが毅然とした態度で断るたびに、王一族への敬意が無いと陰口を叩かれた。
国外では、ペンフォールドたちが国の垣根を越えて築いた信頼の輪が、学校長でもある調停者によって壊されていく。反対する人々を、制裁という名のもとに次々となぶり殺しにした。人々は恐れ沈黙を守るようになった。
ウーメンハンはシキビルド王一族と結びつきが強くなる。ミネランは父の跡を継ぎ、ウーメンハンの新しい代表者になることが決まった。内輪の祝いの席に、ノエラントールの妻アンスーリンは、前代表者の姉である母とともに招待される。
「ウーメンハンとの繋がりは必要でしょう? ルリアンナの助けになってくれるかもしれません」
「アン。ミネランはもう昔の彼とは違う」
調停者の恐怖による支配が始まるころから、ミネランも理解しがたい行動をするようになった。ノエラントールは次第に距離を置くようになっていた。
「従兄妹は一生従兄妹ですから。会ってくれると思うのです。気持ちを確かめに行くだけ。ね?」
「私も同行するよ」
「……母と私だけという条件です。それに……ノエルが家を離れたら、ルリアンナは何をされるか分からないわ」
アンスーリンは生きて帰らなかった。彼女の母とともに何者かによって斬殺された。
ノエラントールは外見上、全く動揺を見せない。王子が王座に就くと、その悪政を必死に諫め続ける。
しかしペンフォールドにもケトレストにも、あの朗らかな笑顔を見せることは無くなった。音楽もやめた。いつも明るい雰囲気に包まれていたパートンハド家の邸宅は、火が消えたようになる。
王が異世界に由来する魂を持つと、ノエラントールが感知できるようになったのはこの頃だ。しかしすでに遅く、この国は緩やかに確実にシキビルド王の手に落ちていった。
長くなりましたので、いったん区切ります。




