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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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《番外編》君在りし日々4──青い目はすんでいる

 ペンフォールドは寮の部屋に戻り、風呂に入り髭を剃る。その間、ずっと考え続けていた。


(なぜこのタイミングで解放された?)


 学校長は森の隠された建物のことも、薬物のことも知っていた。知っていて無かったことにするため、ペンフォールドに全ての罪を着せたはずだ。年配の側人を呼び止め、不在中にどんな説明がされたかを聞く。


「……何も知らされてはおりません。ただペンフォールド様が重い罪を犯されたと」

「心配をかけた」

「いいえ。誤解が解けて本当に良かった」


 こうなれば話を聞けるのは、当事者だけ。


「少し出てくる」

「お待ちください。夜間は外出禁止です」

「そうだったな……」


 仕方がないので、側人たちが部屋に戻ってから抜け出すしかない。

 年配の側人の目がギラリと光った。


「見張っておりますので、出られませんよ。それにケトレスト様との接触は禁止されております。あちらの側人にも同じ通達が出ています」

「……ノエルはいいのか?」

「ノエラントール様は……帰国されたと伺っています」

「え……」


 学校にいないはずがない。ペンフォールドを部屋から出してくれたのは彼だ。


「ペンフォールド様をはめた方でしょう? 今後もお会いになりませんよう」


 少年が泣きそうな顔だった理由を、知った。遅すぎた。







 「災難だったな」「俺たちは信じてたよ」。友人たちから温かい言葉かけられる。その度に歯向かいたくなる子供のような自分がいて、ペンフォールドは押さえ込むのに苦労する。


(信じて欲しいのは、違うこと)


 ノエラントールはケトレストを救った。彼がいなければどうなっていたか分からない。その彼がケトレストに薬物を使うはずもなく、ペンフォールドに罪をかぶせるはずもない。それを口にしても、大半の友人たちから「そんなだから騙されるんだ。次は俺たちが守るから」と宥められる。


 強靭な精神を誇るペンフォールドも、今回ばかりは打ちひしがれていた。明るい青色の目がずっと心に棲んでいる。会って話したかった。でも彼を探しに行こうにも、監視の目が厳しく、部屋を出れば必ず人が貼り付いた。

 いつも通りの日々が過ぎても、気持ちは沈んでいく。もともと痩せてヒョロリと背ばかり高いペンフォールドだったが、今では頬やあばらの骨が浮き出るようになっていた。


 きっとそれを見かねたのだろう、側人からムスッとした顔で黙って手紙を渡される。二つに折っただけ。中身も同様にぶっきらぼうだった。


『金返せ。バーカ』


 そんなもの、とっくに返している。手早くその紙に返事を書いた。


『早く返したいと思ってる』


 側人に渡すと、黙って受け取る。

 最も側にいて長年仕えてくれる彼は、ペンフォールドの気晴らしになるだろうと、やり取りを請負ってくれた。


「ありがとう」


 側人を巻き込みたくない。だから監視に手紙を取り上げられたとしても、問題視されない内容にした。ケトレストからの返事はすぐに来た。


(シルクアン)だっけ? あれ売れるんじゃねえ?』

『そうだな。生育状況を見ておく』


 ペンフォールドは音楽の実技授業で早々に課題を終え、魔法陣で姿を消して森へ向かった。ノエラントールの隠された(シルクアン)畑へ向かう。深く分け入った深部にその小さな畑はある。


 ケトレストの授業予定くらい頭に入っている。あっちもそうだろう。それを証明するように、うずくまる大柄の人影が見えた。ペンフォールドは素早く周りを確認すると、ケトレストの傍に行き、魔法陣に引き込んだ。


「なあ……(シルクアン)焼いて食うか?」

「煙が出て目立つだろうが」

「真面目に答えるなよ。痩せすぎだって言ってるんだ」

「大丈夫だ。死なない程度の栄養価は計算して摂取してる」

「その計算、間違ってるんじゃねーの」


 会ってしまえば、いつもの通りだ。ケトレストに薬の影響が無さそうでホッとする。年下の友人は不満げに腕を組んだ。


「せっかく見ない振りしてくれたのに、駄目になったわ。賭け」

「珍しいな。不成立を受け入れたのか?」

「ああ。ペンフォールドとグルになって、ノエラントールに口づけさせたんじゃないのか? って言われてさ。完全に言いがかりだし、負けて悔しいだけだって分かっていたけど…………確かに友だちで賭けして儲けるの、気が引けてきたところだったから」


 しょぼんと膝を抱え丸まる。何を今さら、と思ってはいても、胸の辺りがほんわか温かくなる。


「一人一人説明しながら謝って、賭け金を戻した。言いがかりつけてきた奴は、待ち合わせ場所に来なかった。代わりに、辛気臭い顔のちっこい子がいて、『僕のノエルに酷いことさせたね?』って囁いた。そしたら急に身体に力が入らなくなって、心地いいくらいに意識が飛んだ」

「そのまま地下に連れていかれたのか」


 ケトレストは悔しそうに「多分な」と言う。ペンフォールドは相変わらずがたいの良い背中を、ぽんぽん叩いた。


「ケトレストが無事で良かった」

「良くない!! あれからノエラントールは授業を休んで、寮にもいない。だから調べた……辛気臭い奴の正体は、ミネランだ」

「ああ、そうだな」

「何だよ! 分かっていたのかよ!」


 入学当初から話題になったのはノエラントール。でも有力者の子弟たちが注視していたのは、ウーメンハンの権力者の息子ミネランだ。人を避け、授業にも出ない。それを学校側が許しているという。


「……ケトレストに借りた金で、私物を買い直しただろう? また盗られても取り戻せるように、盗聴できる魔法陣仕込んどいた」

「えー!!」


 相変わらず元気な反応だ。

 盗んだのはミネランではなかった。ミネランに協力するシキビルドの学生……ペンフォールドがずっと守ってきたつもりの同国の人間。犯人が分かったら虚しくなった。どうでも良くなって放置していた。でもノエラントールが行方不明になってからは、貴重な情報源になった。


「ほんのさっきまで盗聴してたが、もう繋がらない。多分魔法陣を壊された」


 もう姿を隠しても意味がなかった。


「聴いていたと知られた。だから、これからノエルを取り戻しに行く。ケトレストはどうする」

「行かないわけないだろう? どうせお前のことだから、打てる手は打ってるな」

「どうかな。私自身は傷治すくらいしかできないから、周りに援助を求めただけだ。ノエルだけは助けられると思う。問題は……私たちだ。良くて退学だな」

「良くて?! じゃあ最悪どうなっちゃうんだよ。死ぬのは嫌だぞ。それは大丈夫だよな?」

「……多分」


 げー。やだやだ、とケトレストが騒ぐ。その(うるさ)さに、思わずニヤけてしまう。どんな非常事態でも彼は変わらない。


「特権階級辞めたら……私は平民の町で人を治療して生計を立てたいと思っている。ケトレスト、一緒に住まないか? 家って借りるのに結構お金がかかるらしい。二人で半分ずつ負担するのはどうだ?」


 ケトレストは頭を抱えた。


「……ペンフォールド。お前。ぜってえ騙されて、身ぐるみ剥がされる。俺以外のやつに鴨にされるのを黙って見てられるか! 仕方ないから一緒に住んでやる。平民かあ。悪くない。そっちのほうが俺、稼げる気がする」


 どこか明るい表情で二人は森の奥へと向かう。



◇◇



 昼間の森は、さほど怖くない。ただ井戸の底に飛び込むのは、結構勇気がいる。


「いや。無理だって。どうしてここから入ろうとしてる?!」

「前回そうしたからだ」

「気づけ。普通は死ぬ」


 ケトレストに引っ張られ、昼でも暗く閉ざされた建物の前に着く。窓が一つも無く、侵入に悩む。ケトレストは無言で手招きすると、壁に取り付けられていた梯子で上に登っていく。彼の重さできしむ音が、ミシミシと|響く。


「気づかれないか?」

「しょーがねーだろ。これでも抑えてるんだよ」


 小声でかわしながら、建物の天井部分に行くと全面が窓になっていた。そこだけ日の光が当たり、室内が照らされて、そこに銀髪のノエラントールの姿が見えた。黒髪の少年と言葉を交わしている。

 ペンフォールドはケトレストとともに、入り口を開け音を立てないように室内へ入る。ノエラントールたちの会話が聞こえてきた。


「ノエル。僕は君に……耳装身具(ピアス)用の穴をあけて欲しい」


 そう言って黒髪の少年は、ノエラントールの耳に触れる。とろけるような笑顔から、赤い舌が見え隠れする。


耳装身具(ピアス)を贈りたいんだ。特別な魔法陣が仕込まれていて、二人はいつでも互いの声を聴くことができる。素敵だろう? 親友らしい贈り物だと思わない?」


 ノエラントールは黙ったまま、強ばった表情をしていた。


「嫌がってるぞ」


 ケトレストがキシキシと床を鳴らしながら近づく。

 ペンフォールドとしてはもう少し情報をとりたかった。だが、血の気の多い友人が我慢がならなかったのも理解できる。ケトレストを見上げたノエラントールの顔がほろりと、ほどけた。澄んだ青い目を見たら、細かいことはどうでも良くなる。


「ケトレスト……お元気そうで、良かったです」

「おう。ノエルのおかげでな。待たせた。帰ろう」


 黒髪の少年の顔が、凶悪なものへと変貌する。


「……どうしてこうも僕を苛立たせる? 死にたいの? ノエルに免じて大目に見てたのに」


 ケトレストは噛みつくように、言い放った。


「はあ?! お前に俺が何とかできるわけ? 苛立ってるのはこっちだ! 人の気持ちも命も無視して好き勝手やってるお前に、生きている価値なんかない!」

「見当違いの恥ずかしいデブ。ノエルは僕といることを望んでいるんだ。そうだよね?」


 黒髪の少年が笑いかけると、ノエラントールの顔から感情らしきものがすべて消えた。うなだれるように頷いた。





次回「君在りし日々5」は5月5日までに掲載予定です。

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