《番外編》君在りし日々4──青い目はすんでいる
ペンフォールドは寮の部屋に戻り、風呂に入り髭を剃る。その間、ずっと考え続けていた。
(なぜこのタイミングで解放された?)
学校長は森の隠された建物のことも、薬物のことも知っていた。知っていて無かったことにするため、ペンフォールドに全ての罪を着せたはずだ。年配の側人を呼び止め、不在中にどんな説明がされたかを聞く。
「……何も知らされてはおりません。ただペンフォールド様が重い罪を犯されたと」
「心配をかけた」
「いいえ。誤解が解けて本当に良かった」
こうなれば話を聞けるのは、当事者だけ。
「少し出てくる」
「お待ちください。夜間は外出禁止です」
「そうだったな……」
仕方がないので、側人たちが部屋に戻ってから抜け出すしかない。
年配の側人の目がギラリと光った。
「見張っておりますので、出られませんよ。それにケトレスト様との接触は禁止されております。あちらの側人にも同じ通達が出ています」
「……ノエルはいいのか?」
「ノエラントール様は……帰国されたと伺っています」
「え……」
学校にいないはずがない。ペンフォールドを部屋から出してくれたのは彼だ。
「ペンフォールド様をはめた方でしょう? 今後もお会いになりませんよう」
少年が泣きそうな顔だった理由を、知った。遅すぎた。
◇
「災難だったな」「俺たちは信じてたよ」。友人たちから温かい言葉かけられる。その度に歯向かいたくなる子供のような自分がいて、ペンフォールドは押さえ込むのに苦労する。
(信じて欲しいのは、違うこと)
ノエラントールはケトレストを救った。彼がいなければどうなっていたか分からない。その彼がケトレストに薬物を使うはずもなく、ペンフォールドに罪をかぶせるはずもない。それを口にしても、大半の友人たちから「そんなだから騙されるんだ。次は俺たちが守るから」と宥められる。
強靭な精神を誇るペンフォールドも、今回ばかりは打ちひしがれていた。明るい青色の目がずっと心に棲んでいる。会って話したかった。でも彼を探しに行こうにも、監視の目が厳しく、部屋を出れば必ず人が貼り付いた。
いつも通りの日々が過ぎても、気持ちは沈んでいく。もともと痩せてヒョロリと背ばかり高いペンフォールドだったが、今では頬やあばらの骨が浮き出るようになっていた。
きっとそれを見かねたのだろう、側人からムスッとした顔で黙って手紙を渡される。二つに折っただけ。中身も同様にぶっきらぼうだった。
『金返せ。バーカ』
そんなもの、とっくに返している。手早くその紙に返事を書いた。
『早く返したいと思ってる』
側人に渡すと、黙って受け取る。
最も側にいて長年仕えてくれる彼は、ペンフォールドの気晴らしになるだろうと、やり取りを請負ってくれた。
「ありがとう」
側人を巻き込みたくない。だから監視に手紙を取り上げられたとしても、問題視されない内容にした。ケトレストからの返事はすぐに来た。
『芋だっけ? あれ売れるんじゃねえ?』
『そうだな。生育状況を見ておく』
ペンフォールドは音楽の実技授業で早々に課題を終え、魔法陣で姿を消して森へ向かった。ノエラントールの隠された芋畑へ向かう。深く分け入った深部にその小さな畑はある。
ケトレストの授業予定くらい頭に入っている。あっちもそうだろう。それを証明するように、うずくまる大柄の人影が見えた。ペンフォールドは素早く周りを確認すると、ケトレストの傍に行き、魔法陣に引き込んだ。
「なあ……芋焼いて食うか?」
「煙が出て目立つだろうが」
「真面目に答えるなよ。痩せすぎだって言ってるんだ」
「大丈夫だ。死なない程度の栄養価は計算して摂取してる」
「その計算、間違ってるんじゃねーの」
会ってしまえば、いつもの通りだ。ケトレストに薬の影響が無さそうでホッとする。年下の友人は不満げに腕を組んだ。
「せっかく見ない振りしてくれたのに、駄目になったわ。賭け」
「珍しいな。不成立を受け入れたのか?」
「ああ。ペンフォールドとグルになって、ノエラントールに口づけさせたんじゃないのか? って言われてさ。完全に言いがかりだし、負けて悔しいだけだって分かっていたけど…………確かに友だちで賭けして儲けるの、気が引けてきたところだったから」
しょぼんと膝を抱え丸まる。何を今さら、と思ってはいても、胸の辺りがほんわか温かくなる。
「一人一人説明しながら謝って、賭け金を戻した。言いがかりつけてきた奴は、待ち合わせ場所に来なかった。代わりに、辛気臭い顔のちっこい子がいて、『僕のノエルに酷いことさせたね?』って囁いた。そしたら急に身体に力が入らなくなって、心地いいくらいに意識が飛んだ」
「そのまま地下に連れていかれたのか」
ケトレストは悔しそうに「多分な」と言う。ペンフォールドは相変わらずがたいの良い背中を、ぽんぽん叩いた。
「ケトレストが無事で良かった」
「良くない!! あれからノエラントールは授業を休んで、寮にもいない。だから調べた……辛気臭い奴の正体は、ミネランだ」
「ああ、そうだな」
「何だよ! 分かっていたのかよ!」
入学当初から話題になったのはノエラントール。でも有力者の子弟たちが注視していたのは、ウーメンハンの権力者の息子ミネランだ。人を避け、授業にも出ない。それを学校側が許しているという。
「……ケトレストに借りた金で、私物を買い直しただろう? また盗られても取り戻せるように、盗聴できる魔法陣仕込んどいた」
「えー!!」
相変わらず元気な反応だ。
盗んだのはミネランではなかった。ミネランに協力するシキビルドの学生……ペンフォールドがずっと守ってきたつもりの同国の人間。犯人が分かったら虚しくなった。どうでも良くなって放置していた。でもノエラントールが行方不明になってからは、貴重な情報源になった。
「ほんのさっきまで盗聴してたが、もう繋がらない。多分魔法陣を壊された」
もう姿を隠しても意味がなかった。
「聴いていたと知られた。だから、これからノエルを取り戻しに行く。ケトレストはどうする」
「行かないわけないだろう? どうせお前のことだから、打てる手は打ってるな」
「どうかな。私自身は傷治すくらいしかできないから、周りに援助を求めただけだ。ノエルだけは助けられると思う。問題は……私たちだ。良くて退学だな」
「良くて?! じゃあ最悪どうなっちゃうんだよ。死ぬのは嫌だぞ。それは大丈夫だよな?」
「……多分」
げー。やだやだ、とケトレストが騒ぐ。その煩さに、思わずニヤけてしまう。どんな非常事態でも彼は変わらない。
「特権階級辞めたら……私は平民の町で人を治療して生計を立てたいと思っている。ケトレスト、一緒に住まないか? 家って借りるのに結構お金がかかるらしい。二人で半分ずつ負担するのはどうだ?」
ケトレストは頭を抱えた。
「……ペンフォールド。お前。ぜってえ騙されて、身ぐるみ剥がされる。俺以外のやつに鴨にされるのを黙って見てられるか! 仕方ないから一緒に住んでやる。平民かあ。悪くない。そっちのほうが俺、稼げる気がする」
どこか明るい表情で二人は森の奥へと向かう。
◇◇
昼間の森は、さほど怖くない。ただ井戸の底に飛び込むのは、結構勇気がいる。
「いや。無理だって。どうしてここから入ろうとしてる?!」
「前回そうしたからだ」
「気づけ。普通は死ぬ」
ケトレストに引っ張られ、昼でも暗く閉ざされた建物の前に着く。窓が一つも無く、侵入に悩む。ケトレストは無言で手招きすると、壁に取り付けられていた梯子で上に登っていく。彼の重さで軋む音が、ミシミシと|響く。
「気づかれないか?」
「しょーがねーだろ。これでも抑えてるんだよ」
小声でかわしながら、建物の天井部分に行くと全面が窓になっていた。そこだけ日の光が当たり、室内が照らされて、そこに銀髪のノエラントールの姿が見えた。黒髪の少年と言葉を交わしている。
ペンフォールドはケトレストとともに、入り口を開け音を立てないように室内へ入る。ノエラントールたちの会話が聞こえてきた。
「ノエル。僕は君に……耳装身具用の穴をあけて欲しい」
そう言って黒髪の少年は、ノエラントールの耳に触れる。とろけるような笑顔から、赤い舌が見え隠れする。
「耳装身具を贈りたいんだ。特別な魔法陣が仕込まれていて、二人はいつでも互いの声を聴くことができる。素敵だろう? 親友らしい贈り物だと思わない?」
ノエラントールは黙ったまま、強ばった表情をしていた。
「嫌がってるぞ」
ケトレストがキシキシと床を鳴らしながら近づく。
ペンフォールドとしてはもう少し情報をとりたかった。だが、血の気の多い友人が我慢がならなかったのも理解できる。ケトレストを見上げたノエラントールの顔がほろりと、ほどけた。澄んだ青い目を見たら、細かいことはどうでも良くなる。
「ケトレスト……お元気そうで、良かったです」
「おう。ノエルのおかげでな。待たせた。帰ろう」
黒髪の少年の顔が、凶悪なものへと変貌する。
「……どうしてこうも僕を苛立たせる? 死にたいの? ノエルに免じて大目に見てたのに」
ケトレストは噛みつくように、言い放った。
「はあ?! お前に俺が何とかできるわけ? 苛立ってるのはこっちだ! 人の気持ちも命も無視して好き勝手やってるお前に、生きている価値なんかない!」
「見当違いの恥ずかしいデブ。ノエルは僕といることを望んでいるんだ。そうだよね?」
黒髪の少年が笑いかけると、ノエラントールの顔から感情らしきものがすべて消えた。うなだれるように頷いた。
次回「君在りし日々5」は5月5日までに掲載予定です。




