表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/198

《番外編》君在りし日々3──救うには代償がいる

(ノエルは夜の外出が禁止されていると、知っているのだろうか)


 きっと知らないのだろうな、とペンフォールドは眉を掻く。


 ノエラントールの身体能力は、人並み外れていた。先日は彼の三十倍ほどある魔獣を背負い、今夜は走っているのに気配がない。

 ペンフォールドは自分が足手まといになっていることに気づいたが、今さらどうしようもなかった。


「少し情報収集してきます!」


 ノエラントールは明るく言うと、すぐそばの真っ直ぐ伸びた高い木に、森の魔獣のような滑らかさで登っていく。てっぺんにつくと背中に背負った小さな弦楽器を手にして、ポロンと鳴らした。さっきまで走っていたとは思えない、のんびりした音でポロロン、ポロンと掻き鳴らす。

 透き通るような声が、夜の闇に響いた。



いまだ おぼゆる いとしごは

たらちね ははを おもひける

いくばくぞ ほしめぐりて 

あふひぞ かへる



 それは特権階級が話す言葉ではなかった。平民が使う言葉のなかでもさらに古いもの。

 ノエラントールの声は清らかでどこかもの悲しかった。ペンフォールドの胸の奥が、何やら熱を帯びてくる。

 スルスルと音もなく下りてきた少年は、穏やかな表情をした。


「ペンフォールド。森の中で一部緊迫した空気があります。そこで何かあったと思います」


 真っ直ぐに目的地へ進む彼のあとを、ペンフォールドは追っていく。


「……ノエル。さっきの歌はなんだ?」

「歌を響かせると、森や生き物の話が聞こえやすくなります。かなり遠くまで拾えます」

「そうか。…………あの、だな。空の上から母が子を思う歌のように思えた」


 ノエラントールは息をのんだ。


「分かるのですか?」

「何となく」


 ペンフォールドは、シキビルドの古文書を読む際には必要で学んでいた。そして読み解く。地上から空へと願うとすれば。頭文字を反対から並べると……。


「あいたい、か」


 ノエラントールは足を止める。

 ペンフォールドは慎重に言葉を選ぶ。あまりに一人で溜め込んでいるように見えて心配だった。


「……命はめぐる。いなくなった人ともいつかは会える。生まれ変わりのことだな」

「私のせいでいなくなったとしても、会えるでしょうか?」


 そんなこと、ペンフォールドに分かるわけがない。そもそも生まれ変わりなど信じていなかった。少年の心を気遣い口にしただけ。


(死んだ先のことより、今をきちんと生きるほうが大切だ)


 なんて、言えるわけない。黙ってノエラントールの手を取り、歩き始めた。一回り小さな手が握り返す。 


「……身体の弱かった母は、私を産んで体調を崩し幼いときに亡くなりました。父を失ったのは、私が原因です。────森で見回り中、鳥魔獣の巣が川に落ちそうになっているのを見つけました。どうにか受け止め、巣のなかの雛は助かりました。しかし」


 森の王が現れ、四匹の雛のうち一匹だけ、シキビルドに影響を与えすぎる存在になるという。『お前は命の歯車を乱した。あちらとこちらの世界のつり合いをとるため、身代わりに死ね』とノエラントールに死を宣告する。


「四匹の命の代わりが私一人ですむなら、お得かなあって思ったのですけどね……」


 ノエラントールは寂しげに笑う。ペンフォールドは、これ以上彼の口から言わせたくなかった。


「代わりにお父上が、あちらの世界へ逝かれたんだな」

「……はい。お祖父(じい)様から聞かれたのですか?」


 パートンハド家の惣領は、孫にバレないよう入念に根回ししていた。ノエラントールが巻き起こす出来事を予想し、責任が取れる人間としてペンフォールドを選び巻き込んだような気がする。迷惑な御仁だが、今さら言っても仕方がない。


「聞いていた。知らない振りをしていてすまない。でも、惣領がノエルを心配する理由も分かるぞ」

「心配、かけていますか?」

「私は……ノエルを見ていると、いつもひやひやする。良いやつも悪いやつも、同じように接してしまうだろう?」


 ノエラントールは魅力的な少年だ。見た目も雰囲気も中身も、その全てでたくさんの人の心を奪う。そして全てを素直に受け入れる。厄介事が起こるのは必然だった。


「もう少し人を見極めた方がいい。危ういものからは距離をとれ」


 せっかく持って生まれた最強のパートンハド家の力も、敵を見極められない彼には宝の持ち腐れだ。

 ノエラントールは不思議そうに首を傾げた。


「ペンフォールドも同じようなものではありませんか? ケトレストは『あいつの脳みそは、人を疑うことには使えないのか?!』とよく怒っていますよ」







 たどり着いた場所に古い井戸の縦穴がある。


「ここか? 何があるというんだ」


 ペンフォールドには何も感じられなかったが、ノエラントールはひどく苦しそうな顔をした。


「井戸は空で、空気の流れがあります。底に横穴があって、どこか建物に繋がっていますね。…………森が、胸が詰まりそうなほど緊迫しています。夜なのに魔樹も魔獣も静かすぎです。何かおかしい。……ここからは、私一人で行きます」


 ペンフォールドはのんびりと言った。


「私もついて行く。こんなところに一人置いて行かれるより、ノエルといた方が安全だ」

「えっ」

「どうすれば井戸の底に下りられるかな」


 井戸を覗き込むペンフォールドを見たノエラントールは、ほんの少しだけ笑った。



 まずノエラントールが飛び降り、あとから落ちてくるペンフォールドを受けとめる。

 それほど深くはなく、魔法の灯りを頼りに横穴を辿っていくと建物の地下に着いた。


「森の中に、建物なんてなかったはずだ……」

「そうですね。意図的に隠されていたようです」


 地下は無音。しかしノエラントールには何か分かっているようで、迷いなく足を進める。そして急に駆け出した。


「ケトレスト!」


 灯りで照らされた、がたいの良い男は確かにケトレストだった。鉄格子の向こうで仰向けに倒れている。ノエラントールは金属の分厚い錠前を、まるで脆い玻璃(ガラス)のように砕いた。ペンフォールドはすぐに檻の中に入り、ケトレストの状態を確かめた。胸部を上下に動かし息をしている。意識がもうろうとしているようだった。


「ケトレスト。私が分かるか」

「……っ」


 反応はあるが、舌の動きが悪い。知っている知識を総動員して出た答えは……。


(薬物……)



ガシャン



 ころころと転がっていく魔法の灯りは、地下の天井や壁や床を順々に照らしていく。ノエラントールは鉄格子に寄りかかるように倒れ込んでいた。


(早くここから出なければ!)


 ペンフォールドは治癒の能力(ちから)を持っている。ケトレストの胸部に手をあて、体内の薬物を消し去った。続いてノエラントールの体内の薬物を取り除こうとする。しかし……。


(はじ)かれる?!)


 ペンフォールドの能力(ちから)を異物として拒絶し、治療を阻む。ペンフォールドが力を強めても、ノエラントールの能力(ちから)が強いせいか、全く歯が立たない。


「……ペンフォールド。悪い。どうなってる?」


 だるそうに身体を起こすケトレストを振り返り、鋭く言った。


「すぐここを出よう。ノエルが間に合わなくなる」


 


◇◇




 シキビルドの寮に戻り、ノエラントールの治療を求めた。夜中に叩き起こされた寮の担当は、急ぎ学校の休養室担当を叩き起こす。急きょ病人の受け入れ体制が整い、無事ノエラントールは治療を受けることができた。

 しかしその一連の行動は、教授たち、そして学校長をも叩き起こすことになる。


「夜中に一体何をやっている!! ペンフォールド。いくら優等生の君でも、許されないことがあると分かっているのか?」


 凄まじい怒りに、ペンフォールドの隣にいたケトレストは、身を縮めた。


「学校長。ケトレストも薬物を吸い、一度倒れています。休養室で検査を受けさせてください」


 落ち着いたペンフォールドの言葉に、教授がケトレストの背を軽く叩き、ともに退出していく。その間も学校長の怒りは解けなかった。


「なぜ夜中に抜け出した?」

「ケトレストが行方不明と聞き、捜索のため森に入りました。規則を破ったこと、釈明の余地もございません」


 ペンフォールドは深く(こうべ)を垂れる。学校長は、不機嫌そうに顔をしかめた。


「それでなぜ、ノエラントールとケトレストが薬物中毒を起こすような事態になる?」

「……真相は分かりませんが、森にある建物の地下にケトレストが閉じ込められていて、室内は薬物が充満していました。誰かが意図的に行ったことは確かです」

「森に建物など無い」


 学校長の言葉にひやりとするものが混じる。ペンフォールドは無表情のまま顔を上げた。


「学校一の天才なら、薬物くらい作れるのではないか」


 ああ、そういうことか、と理解し沈黙した。


「なにより、君だけが無事なのはおかしいだろう? 吸わない工夫をしたか、解毒剤を持っていたか、どちらかだと思うのが普通だ」




◇◇◇




 そのままペンフォールドは、学校内の懺悔室と呼ばれる部屋に閉じ込められた。真っ暗な部屋のなか、運び込まれる三食の食事だけが時間の感覚を思い出させる。


(本当の意味で、何もしないのは初めてだ)


 心配事さえなければ意外と楽しめたかもしれない。

 でも最後に見たノエラントールは、青ざめ意識を失っていた。ケトレストは長い時間、薬物を吸っていた。完全に元に戻ったのか、影響が残っていないのか心配で堪らない。

 意外と気にならないのは自分のことだ。生きて出られたら何ができるか、と楽観的なことばかり頭に浮かぶ。


(卒業できないとなると、特権階級剥奪。魔法が使えなくなる……。でも能力(ちから)は奪えないだろう? 人の治療は出来そうだな。平民だったら給金がもらえる。平民の町で病人を治して生計を立てよう)


 サタリー家の役目を担うより、よっぽど気楽でやりがいがある。そんな明るい未来が見え始めたときだった。 



ガシャン ガシャガシャ



 金属の擦れ、鍵が外れる音がする。そしてキィィという軋む音がして、眩しい光が部屋の中に入ってきた。その光を背負い、銀髪の少年が飛び込んで来る。


「ペンフォールド!!」


 ノエラントールの整った顔立ちが、少し細くなったように見えた。よく見ようとする前に、しがみつかれた勢いで床に倒れた。


「治療は? ちゃんと治してもらいましたか?」


 ペタペタとペンフォールドの顔や身体を触る。ずっと風呂にも入らず、髭も剃らずにいたことを思い出し恥ずかしくなった。


「私は薬物に耐性がある。少々の毒なら問題ない」

「……つまり、治療も検査も受けてないと」


 ノエラントールの身体から冷たい精気が放たれ始める。突然の戦闘態勢にぎょっとして、彼の両腕を掴んだ。


「本当に大丈夫だ。心配いらない」


 ペンフォールドの顔を探るように見つめる。


「本当だ。それよりノエルは平気か? その後目眩(めまい)がしたり、吐き気がしたりしないか?」

「……実は昨日まで眠っていました。ペンフォールドが濡れ衣を着せられて閉じ込められていると、知ったのは先程です。助けに来るのが遅くなってすみません」

「私のことはいい。しかし昏睡状態がそんなに続いていたとはな……。しばらくは診てもらったほうがいい。多分ノエルは薬に弱い。後遺症が残らないか心配だな」


 切々と語るペンフォールドの顔を、泣きそうな顔でノエラントールは見ていた。


「ペンフォールド……。私はあなたが大好きです。父の代わりに私が生きているのは、あなたを生かすためだったような気がします」

「何を、言ってる?」


 ノエラントールはペンフォールドから素早く離れると、外に飛び出した。ペンフォールドはよろけながらも立ち上がり、懺悔室の外を見渡したが、彼の姿はなかった。

 ────そして何の説明もないまま、無罪放免となる。



次回「君在りし日々4」は5月2日までに掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ