《番外編》君在りし日々2──それでも肉を食べたい
食材の鮮度を考えるとすぐにでも調理した方が良い。ということで二日後の、授業が休みの日、調理兼食事会が行われることになった。
ペンフォールドたち三人は朝早くから、森に入っていた。
ケトレストは面倒くさそうな顔で言う。
「屋外の料理も食事もぜんっぜん想像がつかない。始まる前から……気分的に疲れたぜ」
ノエラントールは、屋外の調理の準備をあらかた終えている。不安そうに顔を強ばらせた。
「普通の方は外で料理も食事もしないのですね?! ……皆さん、慣れないことは嫌でしょうか。喜んでいただけないのでしょうか」
「食べられたら、なんでも喜ぶさ。そんなに気負わなくていい。見ろ。天気に恵まれた」
ノエラントールとケトレストは、空を見上げ眩しそうに目を細めた。
◇
食べ物がある。と聞いて、シキビルドの学生の三割がやって来た。今回の残りは寮の厨房に渡し、明日以降の食事に使われることになっている。
ペンフォールドは、みんなに葉の球の収穫を頼んだ。半分ほどは厨房に運んでもらい、残りは総出で洗い一口サイズに切っていく。膨大な作業に半数ほどの学生が積極的に取り込む。
残りの周りで見ているだけの学生に、ペンフォールドは言う。
「よく魔獣が襲って来るんだ。護りを頼む」
顔色を変える学生がいる一方、意気揚々と魔法陣を描き出す者も多い。
そんな中、ノエラントールは彼の三十倍くらいありそうな巨大な魔獣を背負い、学生たちの前に現れた。あちこちで悲鳴が上がる。
ペンフォールドは頭を抱えた。
「ノエラントール……。血は駄目だ。特権階級にとって忌むものなんだ」
「血抜きしてきました。それでも良くないのですか」
「ああ」
「では、皆さんどうやって肉を食べるのですか?」
ペンフォールドは黙ったまま、返り血で真っ赤に染まるノエラントールを誘導していく。獲物をひらけた場所へ横たえさせると、気落ちした少年の頬に優しく触れた。
「私も変だと思うよ。命を頂くのに、血を忌むなんて矛盾している……でもそれに人は耐えられないんだ。だから覚悟のある私達で解体しよう」
ペンフォールドは用意してきた刃物で皮を剥ぎ始める。手捌きに迷いはない。
「自信はないが、何とかなるだろう。手に負えなかったら助けてくれよ」
ペンフォールドは振り返り、にいっと笑ってみせた。ノエラントールの顔がじわりと歪む。
「私は……本当は怖いです。必死で生きようとする生き物の命を断つのは怖い。なのに、お腹が空いたらどうしようもなく肉を食べたい。どうして私たちは、命を食べなければ生きていけないのでしょう」
澄んだ青い目をしていた。そして手は微かに震えていた。十一歳の少年が話す内容ではないように思う。
(ノエラントールの父は、ごく最近亡くなられた)
次代惣領として呼び出されたというのは、本当だが全てではない。最愛の父を亡くし、すでに母もなかった少年を、祖父であるパートンハド家惣領は心配して呼び寄せた。
惣領はペンフォールドに直接頼みに来て、深く頭を下げた。助けてやってほしい。心の弱いところがある、と。
(助けてやるなんて、できない。私にできるのは側にいてやることくらいだ)
ペンフォールドは思ったままを言い、断った。
惣領は「充分だ。よろしく頼む」と顔の皺を増やして、にかっと笑う。君はサタリー家最強の後継ぎになるなあ、と呟いた。
解体が終わると、二人は着換えをして学生たちのところへ戻る。
ケトレストは暇そうな学生を捕まえて、もう一つの畑で収穫して戻ってきていた。大量に積み重ねられた根っこは、栄養を蓄えまるまると肥えていた。
「この根っこ。本当に美味いの? 土まみれだぜ?」
ホクホク顔で帰ってきた学生たちの後ろで、ケトレストが不安そうにしている。ノエラントールは嬉しそうに笑った。
「はい。とても美味しいです。うまく焼けると、甘くてほっぺたが落ちそうになります」
「ほっぺたが落ちる? 怖すぎだろう!」
ペンフォールドは笑って突っ込んだ。
「ケトレスト。美味しいことを表現しただけだ。ちゃんと勉強しないと、ノエラントールを笑えないぞ」
ケトレストは口をすぼませた。ノエラントールは戸惑いがちに声を出す。
「……良ければ私のことを『ノエル』と呼んでくれませんか? 本名は長いし……親しい者は私をノエルと呼ぶので」
彼の白い肌が、さっと赤く色づく。ケトレストは、ふふんと鼻を鳴らした。
「いいぜ。ノエル」
「ありがとうございます。ケトレスト」
ペンフォールドは二人を促す。
「ノエル。ケトレスト。調理を手伝おう。そろそろ腹減ったって、みんなが騒ぎ出す」
厨房から借りてきた巨大な鍋は、グツグツと葉を煮込んでいた。ノエラントールが用意した森で取れる香りのいい草や、食べごたえのある実、出汁となる食材、厨房から提供された調味料は、すでに鍋のなかだ。味見をした学生たちは「美味しいよ」とすでに満足した様子だ。
「俺たちは肉が食いたいんだ!!」
そう主張する学生たちに、ペンフォールドは解体した肉の塊の調理を任せた。
ノエラントールは太った根っこ、芋を焼くための段取りを説明する。
「すでに集めてもらった落ち葉と一緒に焼くと、芯まで甘く仕上がります」
そのまま焼いては焼け焦げてしまうため、ぐっしょり濡らした落ち葉で芋を覆い、あらかじめ用意した大きな魔樹の葉っぱで包み蒸し焼きにする。
料理の出来上がりまでの時間は、調理班と片付け班と護衛班に分かれ分担する。鍋の湯気と、肉の焼けるあまりに美味しそうな匂いに誘われ、学生たちが集まってきた。厨房から借りてきた器や匙をそれぞれ手に持ち、次々に食事の前に並ぶ。
本日の献立は、葉っぱの鍋と、肉愛好家による串焼きだ。芋は少し時間がかかり、遅れてみんなに提供された。
学校のある聖城区は、年中雪は降らないが上着無しでは凍える。温かい鍋と肉汁の滴る串焼き。ホクホクに焼き上がった甘い芋は、学生たちのお腹と身体を温めた。
「本当に金取らないんだな……」
肉汁が落ちないよう器用に串焼きを食べるケトレストは、残念そうだ。
「はい。これで一度きりでしょうし、喜んでもらえて良かったです」
「なんだってー! こんな楽しいことなんでやめるんだ!!」
「落ち着け、ケトレスト」
ペンフォールドはため息混じりに、元気な年下の友人を止める。
「森で畑を作るのも、狩りをするのも無許可だった。この騒ぎで、どうせ誰かが学校に告げ口をする。今、やめるのが得策だ」
「ケトレスト。実は……」
ノエラントールはにっこり笑って、二人の耳に口元を寄せる。
「芋はもう一つ畑があります。そこは誰にも分からないよう魔方陣を仕掛けてあります」
小さな声に、ケトレストの青い目が光る。
「ノエル。これからも仲良くしよう。俺たちは親友だ!!」
「はい!」
ペンフォールドの目には、「鴨だ!」っと喜んでいる姿にしか見えなかった。
◇◇
予想通りというべきか、シキビルドの森の調理兼食事会は話題になった。これをきっかけに、ノエラントールに声をかける人間は格段に増えた。もともと美しい容姿と、上品な所作で人目を惹く存在だ。気さくで穏やかな性格を知れば、友人が増えるのも当然と言えた。好きになってしまえば、ときどき言動がおかしいことさえ、愛しく思える。
ペンフォールドとケトレストは、周囲の変化を少し寂しく思っていた。だが年の離れた友人より、同級生と仲良くできた方が学校生活は楽しいに違いない。
ペンフォールドはそう自分に言い聞かし、静かで気ままな学校生活へ戻っていく。
そんなある日、ケトレストの側人が神妙な顔で訪ねてきた。
「身分をわきまえず参りましたこと、何卒ご容赦ください」
「何があった」
「若が見当たりません。……食事の時間にも戻らないのです。なにかご存じではありませんか」
必死の側人に、ペンフォールドは何も答えることができなかった。
「すまない。私もしばらく会っていないんだ」
失意の側人を廊下で見送っていると、ひょっこりノエラントールが現れた。
「ノエル? なんでここに?」
「ケトレストが約束の時間になっても来ないので、探しにきました。それに……ペンフォールドのところにいるなら、私も会っていきたい、と。……すみません」
気まずそうに立ち去ろうとするノエラントールの背中に、声をかけた。
「元気そうだな」
ノエラントールのぽけっと見返す顔が可愛い。彼の頬が赤く染まる。こくんと首を下に振る。
「多分、私なら見つけられます。一緒に行きませんか?」
見上げるノエラントールの青い目に、ペンフォールドは捕えられた。
次回「君在りし日々3」は4月28日までに掲載予定です。




