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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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136/198

《番外編》君在りし日々1──森の少年は馴染めない

番外編です。男同士の接触が少々あります。

ペンフォールド(アルフレッド祖父・優等生)視点で、ノエラントール(ユーリグゼナ祖父・新入生)とケトレスト(スリンケット父・金好き)との学生生活。本編の四十年前の話。

六話くらいで終了予定です。

 サタリー家は、シキビルドで『医』の役目を代々務める家柄だ。

 ペンフォールドは、その家に百年ぶりに誕生した男子だった。その知らせに老衰寸前だった百歳の先々々々代の惣領は飛び起き、自分の葬儀用の資金をすべて餅に換えさせ、シキビルド国民全員に祝い餅を配った。 

 そういう逸話を持つほど歓迎され、健やかな成長を望まれたペンフォールドは、大切に大切に……しごかれた。


「大丈夫よ。このくらいならまだ死なないから!」


 美しい金髪をなびかせながら三人の姉たちは、笑顔でペンフォールドを鍛えた。身体的にも精神的にも強靭であれ、と様々な訓練を課した。命がけの訓練で、苦痛や薬に対する耐性が人並み外れた子供に育つ。学校に行く年齢になり、ペンフォールドは寄宿学校へ入学し驚いた。


(なんて楽なんだ!!)


 四六時中彼に貼りつく人間がいない。勉強は少し我慢してやれば理解でき、人々は優しく穏やかだ。誰も彼に苦痛を課さなかった。シキビルド学生の代表を務めることになった彼は、この素晴らしい学校の平和のために力を注ぐ。







「ペンフォールド。私はあなたが大好きです」


 そう言って突然重ねられた唇の柔らかさは、ペンフォールドの明晰な頭脳の血の巡りを悪くした。銀髪に青い目の新入生は、見たものを虜にする美しい少年だった。その容姿と奇天烈な言動から、彼の周りには面倒事が多い。代表者であるペンフォールドは、何度となく場を収めてきた。「相談がある」と手紙で森に呼び出され、また面倒事だろうと来たのだが……。


(ノエラントールは、私が好きだったのか……)


 嬉しいより戸惑いが勝つ。女性の方が好みであるペンフォールドは、どう断っていいのか悩んだ。新入生のノエラントールは、パートンハド家という特殊だが最強の家柄。何をしでかすか分からない上、彼を止められる人間はいない。ペンフォールドが唯一まともに関わる人間なのに、好意を無下にして大丈夫だろうか。


「何やってる」


 そう言って二人を引き離したのは、恰幅の良い男だった。


「ペンフォールド。何ぼんやりしてるんだ?! お前の初めてを男に奪われたんだぞ? 少しは怒れ!!」


 年下の友人ケトレストの言葉に、ペンフォールドはようやく口を開く。


「ケトレスト。どうして私が初めてだと知っている?」

「え? そりゃあー、付き合い長いし? というか、切り換え早いな」

「騒いでも結果は変わらない」

「まあ、そうだけど────えーとノエラントールだっけ? なんでこんなことをした」


 きょとんとした顔で様子を窺っていたノエラントールは、不思議そうに答えた。


「人間は、好きな相手には口をつけて、好意を示すものなのでしょう?」

「……なるほど。噂通りの不思議ちゃんだわ。お前さー。好きな人、全員に口をつけるつもりか? 相手の気持ち無視でやっていいことかよ」

「……いいえ」

「誰から教わったんだ、そんな嘘を」


 ノエラントールは静かに目を逸らし、まつ毛が揺れる。そんな仕草すら、人目を惹きつける美しさがある。


「言えよ。お前もそいつにされたから、信じたんだろ?」


 ケトレストの言葉に、さらさらの銀髪が動きを止める。彼は地面を見据えたまま答える。


「……ミネラン」

「ウーメンハンの権力者の息子で、同じく新入生だな。目立たない奴だから、それ以上分からねえ」


 情報通を自認するケトレストは、少し悔しそうに拳を口元にあてた。

 ノエラントールは、顔色を失ったまま視線を落としている。




◇◇





「それで、相談って?」


 ペンフォールドがノエラントールに問うと、小さな頭が上向く。


「……お腹、空いていませんか?」

「あのな。けんか売ってるのか? 腹を空かせていないシキビルド学生なんて、いるわけがないだろう?!」


 なぜかケトレストが熱く答える。


「できれば、お手伝いいただきたいのです」

「何を?」

「食用植物の収穫と、捕食を!」

「捕食? 俺たちは肉食の魔獣かなんかか? 言葉の使い方が変だ」

「すみません……。たまに伝わらないのは、間違っていたからでしたか。人間の言葉は難しい。あなたの言葉遣いを真似します……えーと『お前の言葉遣いを真似てやる』?? 」


 ケトレストがぶぶっと吹き出す。ペンフォールドが深いため息をついた。


「ケトレストの真似だけは、やめておいたほうがいい」


 どういう意味だ! と騒ぐケトレストを無視して話し続ける。


「ノエラントール。君の言葉遣いも所作も完璧だ。森から出て短期間で学んだとは思えないほどに。惣領のご祖父様の教えか」

「いえ。言葉と人間らしい所作を身につけておけ、と父から幼少より学んでおりました。最低限は身につけたつもりでしたが……」


 ケトレストが「なあなあ」と、またも話に入ってくる。


「さっきから人間、人間ってなんなんだ? 森? ずっと森に住んでたのか?」

「ノエラントールはお父上と二人で、森を守る仕事をしていた。今回、パートンハド家の次期惣領の指名を受け、人界に下りてきた」


 目をギラギラさせながらケトレストは聞いている。新しい鴨発見! そう心の声が聞こえてくるようだ。現在鴨にされているペンフォールドは、複雑な思いで二人を見た。




◇◇◇




 ノエラントールに案内され、学校の森の奥に足を踏み入れる。深部になぜかぽっかりと日差しの差し込む場所があり、植物が一定間隔で整列して生えている。青々とした葉が高い密度で重なり、結ばれ球のようになっていた。


「これは……。百個以上はあるか。全部一人で?」

「はい。でも、思った以上に成長が早く、大きさもシキビルドで育てるよりだいぶ大きくなってしまいました。とても食べきれません」


 ペンフォールドは足元の葉の球を見下ろす。今が食べごろで、これ以上育てば朽ちていくように思った。


「全部貰っていいのか?」

「はい。皆さんのお腹に入ることで、生き物は循環しますから」

「言っていることが、いちいち分からねえ。でも、食べることには賛成だ」


 当然のようについてきたケトレストは、年下の美少年ににやりと笑いかけた。


「みんなには、金貰おうぜ。これ収穫するの大変だし、このまま渡しても生で食べるしかない。調理して安く売ってやるのが、人助けってもんだろう?」


 ペンフォールドとノエラントールは、無表情に見返した。ケトレストはたじろぐ。


「なんだよ。駄目かよ。俺は無料(ただ)働きはしない主義だ」

「確かに調理は必要だ」

「収穫と調理を手伝ったら、無償で食べられるというのはどうでしょう」


 にこにこと言うノエラントールの顔を、ケトレストは胡散臭そうに見る。


「無償? それ、本当に本音?」

「ケトレスト。金を貰おうにも、学生たちはほとんど持ってない。シキビルド全体が貧乏すぎて、親にもねだれない。労働力の方が現実的だろう? ケトレストだって、これ以上金を貸しても返してもらえないと思って、貸し渋ってるじゃないか」


 ペンフォールドの言葉に、ケトレストはしょぼんと肩を落とす。ペンフォールドは森の日差しが陰り始めたのを見て、目を細めた。


「どちらにしろ、今日は無理だ。ノエラントール。十個だけ取っていいか? そのくらいなら寮の食堂に持ち込めば、今晩のおかずにしてくれるかもしれない。どちらにしても有難く受け取ってくれるはずだ」


 ノエラントールはふわっと天使のような微笑みを返すと、静かに高く綺麗な声で唱えた。




神の腰元におわします 森の賢者 精霊たちよ

願わくは 小さき者に森の恵み (たま)




 言い終わると小さな刃物で、サクッサクッと手早く刈り取る。一個が大人の頭よりもう二回りくらいある。ペンフォールドは二個持つのが限界だった。ケトレストが嫌そうに、持ち運び用の魔法陣を用意する。葉の球をしっかりと受け取り、一つずつ丁寧に並べていった。




◇◇◇◇




 寮の食事は無料で、全学生に平等に配られる。ただ予算の無いシキビルドの食事は常に少ない。だから学生たちの仕送りは、空腹を満たすための食べ物代に消えていた。仕送りのない家の学生たちは、常に空腹を抱え、食べられそうなものは何でも食べる。そのため、腹痛を訴え休養室に駆け込む者が後をたたなかった。


「私は寮の食事では足りませんでした。なんとか自分で食料を手に入れようと、森で畑を整備し狩りをするようになったのです」


 ノエラントールは結ばれた球から、手慣れた様子で葉をはいでいく。ペンフォールドは、その葉を一枚一枚洗っては裏表を確認し、格子状に細い木を組み合わせた水切りの上に並べていく。ケトレストは虚ろな顔で、こんもり葉が積み重なった水切りを抱え、勢いよく振り水を切る。厨房の奥に運び、代わりに空の水切りを抱えて戻ると、ペンフォールドが葉を重ねた水切りと交換する。


「本当に、美味いのが食べられるんだろうな? 葉っぱばっかり煮込んだ料理なんて、俺は食べないぞ。腹にたまらなくて、かえって腹が減る! 第一なんで俺が、寮の食事を手伝わないといけない?!」

「ケトレストが今夜食べたいって言い張るからだろう? 急なお願いなのに、なんとかしてくれるんだ。手伝いくらいしてもいいだろう? ほら、これで最後」


 ペンフォールドから、ケトレストはむすっとしながら受け取る。力強く水を振り切り、厨房へ運んでいった。





 いつもより食事の提供時間が遅くなったシキビルド寮だったが、学生達の顔は、ほくほくしていた。「たっぷり食べられて嬉しかった」「この厚みのある葉っぱはなんだろう。肉汁が沁みて美味しい」「身体が温まった。暑いくらいだ」と、嬉しそうな声がペンフォールドの耳に入ってくる。


「何だか、初めてこの寮に仲間入りできたような気がします」


 傍らにいるノエラントールの銀髪が細かく震える。ペンフォールドは優しく肩をポンと叩き、不機嫌そうなケトレストに声をかける。


「美味しくなかったか?」

「美味しかったよ!」

「残りの食材も悪くなる前に、シキビルド全体で食べたいと思っている。ケトレストも一緒に手伝ってくれないか? ……いつも私に足りない部分を拾ってくれるだろう? 頼っては駄目か?」


 ケトレストは、ガガガッと椅子の足を引きずり立ち上がった。そのまま食堂から出て行く。ペンフォールドは急いで追いかけた。


「ケトレスト!」


 ガッチリした彼の肩を掴む。ケトレストは立ち止まり振り向いた。顔が真っ赤になっていた。


「お前、恥ずかしいんだよ! よくもあんな人がいっぱいいるところで、言えるな」

「嫌だったか。悪い」

「嫌じゃねーよ。悪くもない。……俺の心がちっちゃいの! この際だから言うけど、ペンフォールドに頼まれたらすっげー嬉しいから。いろいろ文句は言っちまうけど、手伝うし協力する。俺はお前のことが大好きだ! 覚えとけ!!」


 その台詞(セリフ)の方がよっぽど恥ずかしい気がする、と思いながら、ペンフォールドはふうと息をつく。


「それでは、一つ甘えることにする」

「おう! なんでも言え」

「金貸してくれ」

「……いいけど、なんでだ?」

「私物がごっそり盗まれた」


 ケトレストの顔が強ばる。心配をかけたいわけではない。誰にも知られず、何もなかったことにしたいだけだ。ペンフォールドは彼の心を逸らそうと、黙っていたことを言う。


「私でいくら儲けた? 賭けしてるんだろう?」

「あちゃー。バレないようにしてたのに……どうやって気づいた」

「私をずっと監視していたから。ノエラントールに呼び出されたときも、近くに潜んで様子見てたし。何かの賭けに勝てそうだったからだ。違うか?」

「……当たり」


 悔しそうに肩を落とす。


「気づかなかった振りしてやるよ。代わりに黙って金を貸してくれ。もちろん、返す」

「もちろんいいさ。賭けはしてもいいんだな? そーいうとこ、ホント好き」


 軽すぎるうえに、悪びれないケトレストを、どうにも怒る気になれない。


「で、私の何を賭けてたんだ?」

「初めての口づけの相手。全員外れたら掛け金全部、俺がもらえることになってる。おかげで俺の一人勝ちだ。ありがとう。ペンフォールド!!」


次回「君在りし日々2」は4月25日までに掲載予定です。

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