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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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82.眠っているだけ

話しているだけ。そして噛み合いません……

 ユーリグゼナは夜中に見知らぬ部屋で目を覚ました。ぼんやりした頭で考えるが、どう考えても見覚えがない。様子を探るために部屋を出る。すると、見覚えのある廊下に出た。


(……養子院だ)


 シノにお守りを渡したら、ふらふらして、ナンストリウスに説教されながら眠ってしまったことが、ようやく思い出された。


(お腹空いたし、御館に戻ろうかなー)


 部屋に書き置きすると、鞄を背負い屋外へと抜け出す。





 月の明かりが照らす方へ足を進めた。近頃、日に日に温かさが増している。温かい空気は今夜の月を朧月に変えていた。

 ぼんやりした月は、小さな池の水面に映りこんでいる。彼女が近づくと風が起こり、さざ波が月を消してしまう。


 近寄ってくる気配に気づき、彼女は振り返った。彼の長い影に遮られ、月は見えなくなる。


「こんな夜中に、どちらへ?」

「シノ……」

「ナンストリウス様から、お泊りになると伺っています」


 お腹が空いたから帰ろうとした、とは言いにくい。

 シノは懐から紙袋を出した。


「夕食を食べてないでしょう? 良ければ」


 香ばしい匂いに誘われ、本能のままユーリグゼナは受け取っていた。中には手のひらに乗るほどのパンが三つ。かじるとサクッとしていて、牛酪(バター)の風味が口の中で広がる。真ん中はふわっとした食感で、噛むほどに甘味が増す。


(また新作?! シノのお菓子がどんどん増えてる…………ううっ、美味しいよお)


 目の前の幸せにかじりつく。シノは「こちらもどうぞ」とお茶の入った携帯用の器まで出してくる。彼女がお腹を空かせて起き出してくるのを、読んでいたのだろうか。


「夜起きて、お腹も空いたし帰ろう、と言い出すのではないかと思いました」

「心まで読んでいるのですか?」

「……当たりですか」


 池の側でむさぼり食う彼女の横に、シノはそっと座り込んだ。池は子どもでも飛び越えられそうな大きさしかない。


「気をつけてくださいね。この池は、底なしかと思うくらい深いんです。子どもたちが落ちないか、いつも心配しています」

「柵は作らないのですか」

「作ったら、子どもたちが柵にぶら下がって遊んでしまって。結局、撤去しました……」


 養子院には遊び道具がない。庭はあるが、ただの平地。柵にぶら下がりたくなるのも、少し分かる。


「大きな木でもあれば、楽しいのでしょうね」

「それ、楽しいですか?」

「私だったら……登ったり、飛び降りたり、実をおやつにしたり」

「なるほど」


 シノが手を顎に寄せ、目を細める。


「実が生る木なら、実用的ですね。試算してみましょう」

「えっ。採用ですか」

「予算が取れれば。景観を乱さないよう、種類や配置は考えなければいけませんが、おそらく」


 それならば、いろいろお勧めがある。ユーリグゼナは身を乗り出す。


「花が咲いて、実も食べられたらお得ですよ」

「良いですね。どんな木がありますか?」


 シノが真剣に聞いてくるので、彼女は木の種類を伝える。そのうちに思いついた。


「あの……柵の代わりに、踏み越えるのを躊躇(ためら)うような美しい花を植えたらどうでしょう」

「いい考えです。人が癒されるような、花畑にしましょうか。シキビルドに自生する花を調べて、何種類か植えてみましょう」


 ユーリグゼナはシノと話しているうちに、お腹もいっぱいになり満たされた。

 








 池を見ていると、ユーリグゼナはシノを助けるために入った、暗く深い穴の底のことが思い出される。


「穴の底で、なぜ月の光が差す部分だけ盛り上がっていたのでしょう……。足元の白い枝も不思議でした」

「あの時もそう言っていましたね。…………私なりの答え、言いましょうか?」


 穴の底でもシノは、何とも言えない表情だった。すでに見当がついていたのだろうか。


「あの時、あなたが言ったように、落ちて生き残った生き物は、あの場所で月を見たと思います。そのまま死体になったでしょうが……。底を満たす水は何かおかしい。時間をかけて、死体を溶かし骨も白い枝のようにボロボロにしたのではないでしょうか。それが積み重なり盛り上がったと推測します」


 ひいいい、と身震いする。白い枝が骨だと、あの時聞かなくて本当に良かった。

 確かに穴に下りるとき、凄まじい生き物の腐る臭いがした。なぜあんな場所があるのだろう。


「個人的な恨みや証拠隠滅だけに作られたにしては、大規模すぎる。迷いましたが、ライドフェーズ様に話しました。勝手をしてすみません」

「いえ。私が報告すべきでした」


 疑問に思い行動すべきは王女。それなのに、またも抜けていた。ユーリグゼナは静かに落ち込む。


(そうだ。シノに返すものがある)


 彼女は鞄の中から、球状の玻璃(ガラス)の球を取り出す。


「せっかくいただいたのに、死なせてしまいました」


 光らなくなったのは、ユーリグゼナには身に過ぎた贈り物だったから。一時的でも、この美しく神秘的な生き物を手に出来た幸運に感謝する。


「この玻璃(ガラス)の球は貴重なものですね? お返ししなければと、ずっと思って……」


 悩んでいたけど、会いに行くきっかけにしようとしている自分が嫌になった。返してしまえば、何も手元に残らないのも辛かった。偶然会ったら返そう。それで今、ここにある。

 シノは視線を球に向けたものの、受け取らない。


「贈ったものを返そうだなんて、ひどいですね」


 そんなことを言われたら、どうすればいい。身動きができなくなった彼女の手にある球に、シノはすっと顔を寄せた。


「多分、死んでません。少し借りても? すぐに返します」


 返却しようとしたことを、根に持っている。彼女が頷くと、シノは球を取り、右手で蓋をつまむと、キュッと音を立てて開けた。開け口に鼻を近づける。


「水は腐っていません。おそらく大丈夫。増えすぎたりして生育環境が悪くなると、休眠してしまうのです。海の水をいれた広い容器に移してやると、いくらかはまた光りはじめます」

「そうなのですか?」

「はい。生きやすい条件が整うまで、眠っているだけです」


 ユーリグゼナは球に顔を近づけ、臭いを確かめようとした。シノが顔を向けたために、二人は触れそうなほど近づく。


「うわっ」


 ユーリグゼナが身体を引く。シノは表情を変えなかったが、手を滑らせ球が落下した。彼女は素早く手を伸ばし、球を掴んだ。しかし……



じゃぼじゃぼ



 開け口は下を向いていたため、池のなかに中身は全て溢れてしまった。二人の間に居心地の悪い沈黙が流れる。

 ショックから立ち直れないユーリグゼナは、力なく(つぶや)く。


「せっかく生きていたかもしれないのに……。池の水では、死んでしまいますね」


 泣きそうになる。シノとの縁が完全に切れるのを、象徴しているように思えた。


「……川や池の水と、海の水の違いは、水の重さです。試しに同じかさの池の水に、同じ重さになるまで塩を入れて使用すると、同じように光りだしました。池の水すべてを量ることはできませんが、おそらく同じ塩辛さになるまで塩を投入すれば」


 突然、ぺらぺら話し始めたシノを止める。


「待ってください。池に塩を入れようとしてます?」

「それも手かと」

「どれだけ塩が必要ですか。それに生き物がいる場所を、勝手に変えてはいけません。池の生き物が死んでしまいます。土が塩を含めば、植物が育ちにくくなります」

「あなたが悲しむくらいなら、やむを得ない犠牲です」

「か、悲しみません。()めてください」


 シノが突拍子もないことをいうので、狼狽(うろた)えた。とにかく、くれぐれも、と念押す。彼女が真剣になるほど、なんとなく、からかわれているような、そうではないような。

 何だか身体がふわふわしてきた。シノの温かい声が聞こえる。


「眠そうですね。部屋に戻られますか?」

「はい……パンとお茶、ごちそうさまでした!」


 眠気を覚まそうと、力強く彼女は立ち上がる。その後を追うように、シノはゆっくり腰を上げた。


「……あの」


 シノが言いよどむのは珍しい。彼女は首を傾けたまま、言葉を待つ。


「卒業式、見に行きたいと思っています」

「え? 興味ありますか?」

「ええ、とても。ユーリグゼナ様……為政者の科目が増え取得科目は多かったのに、何とか卒業できそうだとか。頑張りましたね」


 元教育係としての言葉には、優しい響きがあって、彼女はぽっと頬が赤らむ。


「実は、まだ危ういです」

「そうなのですか?」

「はい。なので何とか、最後の一年でみんなに追いつきたいと思っています」


 シノは真面目な顔で言う。


「あなたが一生懸命学んでいる学校に、行ってみたいと、ずっと思っていました」


 ユーリグゼナには、学校と勉強に、時間と精力を傾ける価値があるのか、本当のところ分からない。四年前までは、本気でどうでも良かったし、辞めようとすら思っていた。でも大切な友人と過ごせたことで意味を持ち始める。同じでいたいから、同じく七年で卒業したいと必死になっている。


 だが外部の人が見て、面白いだろうか?


「……学校はいたって普通の建物ですよ? ただ卒業式は華やかだと聞いています。各国の衣装が一度に見れる機会ですので、その辺りが見どころかもしれません」


 シノは目をつむっているのかと思われるくらい、目を薄めた。


「あなたを、見に行くんです」

「私は……多分参加しますが、制服ですよ?」


 本当は参加しないつもりだったが、アルフレッドが望むので出ることにした。


「制服……なぜ?!」

「王女用の制服は十分高級品です。ほんの一日のため新調するお金があるなら、楽器を買いましょう。演奏の幅が広がります!」


 シノが落ち込んで見えるのは、なぜだろう。自国より、他国の衣装の方が見る価値があるように思う。


「他の方は卒業式に合わせて、準備をされるそうです。様々な装いが見られると思います」


 シノは目線を下げ「そうですね」と答える。

 駄目だ。多分、また失敗したのだ、とユーリグゼナは思った。失意のまま鞄を背負う。

 シノは顔を上げ、優しい声で言った。


「……おやすみなさい。また明日」


 明日も会える。そういう約束だ、と気づく。一気に顔の温度が上昇した。


「お、おやすみなさい! また明日」


 浮足立ったまま部屋まで走り抜けた。寝台に横たわると、幸せな気持ちで眠りにつく。


次回「王女の給金」は4月18日頃掲載予定です。

ナンストリウスの教育的指導? が入ります。

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