表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

132/198

80.可愛い子

(セイ)の歌は、僕の慰めだ」


 ユーリグゼナの姿で(セイ)の名を聞く違和感が尋常ではなく、身震いした。ナンストリウスの薄茶色の目は、静かに彼女に向けられている。


「テラントリーたちが家を出てすぐ、父が亡くなった。戦争が終わったら家名は消され、親戚縁者も処刑。残された僕とばあちゃんは何年も自宅謹慎。……意味が分からなかったよ。これまで紫位(しい)を継ぐ者として、厳しい稽古の毎日だったのに、馬鹿みたいだ」


 ナンストリウスは乾いた笑いを浮かべる。

 彼の美しい所作は、厳しい稽古の賜物。ユーリグゼナは、舞の師匠が彼を「ひい孫」と紹介したことを思い出す。


「……舞ですか?」


 彼はぐっと息を詰めた。予想外の問いらしい。


「……そうだよ」

「見てみたいです。とても」


 テラントリーの舞は、とても可憐で清らかだ。家を継ぐ予定だった彼は、どれだけ美しく舞うだろう。

 ナンストリウスは奇妙な表情のまま、彼女を見た。


「……それだけ?」

「え?」

(セイ)のことは聞かないの?」

「あっ。はい。……ええと」


 彼はふうと、気の抜けた顔になった。


「僕は謹慎中も、こっそり『楽屋』に通った」


 不思議だった。全く彼に見覚えがない。


「僕だと分からないよう姿を変えてね。君も、とは思わなかった……。(セイ)が実は女の子だっていう噂も、特権階級だって話も嘘だと思った。疑うことができないほど、傾倒していたから。なのに……君はっ!」


 声に込められた怒りに、彼女の体温が急速に冷えていく。


「ひどいね。こんな裏切りはない。……僕の知る(セイ)は必死で生きもがいても、いつも負けてばかりいる。不器用にしか生きられない(セイ)が大好きだった。歌を聞けば、僕は理不尽さにも屈辱にも耐えられた。なのに────すべてに恵まれた王女だったなんて、我慢ならない。僕たちを切り捨てた王の一族になったユーリグゼナ。いっそ君を殺したいと思った!」


 彼は自分の胸倉を、強く掴んだ。


「…………でも今なら分かる。嘘の存在だけど、歌う心に嘘はない。君はこころの闇を歌いたかっただけだ」

「そうです。……勝手な自己満足。誰がどう思うかなんて、考えませんでした」


 シノの誘拐でようやく気がついた。青の歌を聴く人にとって、王女のユーリグゼナは敵だ。好き勝手歌った挙句、何が起こった? ユーリグゼナは余計なことばかりしてしまう自分に、嫌気が差した。

 ナンストリウスは「そうか……」と大きく息を吐き出した。


「考えたから『楽屋』で歌わなくなったんだね? 辛いよ。それじゃ辛くて辛くて耐え難いよ。他の人の歌じゃ満たされない。君が良いんだ」


 彼は焦れたように顔を歪ませる。


「僕は青が可愛い。ずるさも弱さも汚さも全部愛おしい。全然王女に相応しくない君のまま、歌ってよ。君は本人だけど、青を殺せる存在でもある。だから僕は、君を見張ることにした。歌うのをやめたら、全力でユーリグゼナを潰すから。覚えておいて」









 ユーリグゼナは頭の整理がつかない。

 ナンストリウスは気負いなく「せっかくだから、ブルーナに会っていけば?」と誘い、彼女を子どもたちの部屋へと連れて行く。


「ナンストリウス。あの」

「子どもたちの前では『代表』って呼んで」

「はい。代表……あの」

「こんなところで何言うつもり? 僕は今のところ、誰にも言わないからご心配なく」


 いつかは青の正体をバラすつもりなのかと、冷や汗が出る。そんな様子を気にすることもなく、彼は迷いなく扉を開けた。そこにはたくさんの子どもたちが遊んでいて、一気に視線が集まる。ナンストリウスは、丁寧な言葉で呼びかけた。


「ブルーナは何処に行きましたか?」

東司処(トイレ)です」

「まだ帰ってこないー」

「遅いの」


 ナンストリウスは子どもたちに礼を言うと、なぜか屋外へと向かう。訝しげな顔でついていく彼女の目に、木の下で何かを掘り起こす子どもの姿が入った。


(嘘言って、外に出たんだ)


 ナンストリウスは、黙って視線を向けている。

 ユーリグゼナは気配を消して、子どもに近づいていく。チャリンチャリンと音がする。金属の筒の中にしまい、再び土の中に戻そうとしていた。


(お金、隠してる?)


 そっとしておこう。遠ざかろうとしたとき、振り返った子どもと目が合う。


「なんだ、お前?! どうぼう!」


 目が釘付けになった。男の子は青い目をしていて、赤茶色のくせ毛はふわふわ風に揺れた。


(姿だけで出生がバレると思う……)


 色合いはそのままスリンケット。彼女をにらんでいる顔はロヴィスタ、いや叔父にあたるナヤンによく似ている。

 見つめるばかりで、何も言わない彼女にブルーナは掴みかかってきた。


「ばばあ。見たことは墓に入るまで黙ってろ! しゃべったら地獄の底まで追いかけてやるからな!」


 彼女の黒曜石のような目が、細くなる。


(これが五歳の子どもの言い草?)


 ナンストリウスは、彼女の後ろから笑いを押し殺しながら(ささや)く。


「どう?! 可愛い?」


 彼女の周りの子どもは全員可愛い。この子は別で。


「ばばあー。話聞け」

「聞かない」


 ユーリグゼナが顔を逸らす。ブルーナは、にたあと笑った。


「聞いてるから答えたんだろう? ふうん。お前、何て名前? あっ、いいや。お前は『(クロ)』。はい決定! 黒、なんか()(もん)出せ」


 ブルーナの差し出した土まみれの手を無視して、ナンストリウスを振り返る。


「理解できました。もう十分です。……可能なら、テラントリーが言っていた特権階級の子に会わせてください」

「この子だけど?」

「え?]

「二人ともブルーナを指名してる」

「そうなんですか?! テラントリーは自分に懐いてるって言っていましたけど……信じられない」


 ナンストリウスが、ぶぶっと吹き出す。ブルーナは片足を地面にバンバン打ち付けて、砂埃を舞わせていた。自信満々な顔で言う。


「なんだ、テラントリーの知り合いか。だったら一緒に俺の女にしてやるよ。俺は女は大事にするぞ。ここを出たあとの金づるだからな」


 ユーリグゼナのなかで何かが切れた。テラントリーを侮辱する人間は、子どもだろうと何だろうと許さない。片手でブルーナの胸倉を掴むと、ぶらんと高く吊り上げる。ブルーナは暴れて彼女を蹴ろうとするが、彼女にはかすりもしなかった。


「放せ! あほ! ばーか」

「もう、やめなよ」


 さらさらの金髪を揺らし、従弟のユキタリスが走り寄る。


「そうだ! そうだ! (クロ)、今すぐ手を放せ」

「やめるのはブルーナだよ。ユーリは強い。勝てっこない」


 ブルーナはぽかん顔になった。ユーリグゼナが彼の望み通り手を放すと、地面にドテッと尻もちをつく。

 彼女はユキタリスに駆け寄った。


「ユキー! なんでこんなのがいるの? 金属筒楽器の子たちなんて、みんな可愛い子ばっかりなのに」


 ユキタリスの綺麗な青い目は、残念な子を見るように細くなる。


「子どもだって、いろいろいるよ。金属筒楽器を弾く子は代表(ナンストリウス)が選んだ。王たちの前に出るからね」


 ナンストリウスは口を挟まず、面白そうに眺めていた。

 周りに子どもたちが集まってきた。彼は優しい笑顔で見渡すと、養子院の代表らしい柔らかな表情で言う。


「ユーリ。鍵盤楽器(ピエッタ)の演奏してくれませんか? 楽しみにしていた子たちが多いのです」


 『ユーリ』はここでの通称。子どもたちに王女であることは伝えていないので、ただのユーリと呼ぶ。

 ユーリグゼナのときは粗雑に扱うのに、子どもたちの前では丁寧で落ち着いた態度になる。ナンストリウスという人は、結局どういう人なのか分からない。





 

次回「安らかな眠り」は4月7日頃掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ