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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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78.待ち人

シノ視点。御館で待ってるだけです。

「まあ、とっても綺麗になったわね」


 テルの素直な称賛の声に、シノは暗い表情のまま振り返る。セルディーナの寝所もアーリンレプトの部屋も、涼やかな風が通り心なしか色彩も明るくなったようだった。整えた本人だけが、陰気な空気を吐き出している。


「あら、まだ帰ってこないの」


 そう、待ち人は来ず。

 久しぶりに御館に来たシノに、セシルダンテほか側近たちが様々な頼みごとをしてきた。ユーリグゼナが帰ってくる間合いを逃したくないため、最速で完了する。しかし帰ってこない。落胆している彼に、テルがさらりと真実を突き付ける。


「これだけ仕事を片付けてしまうと、もうやることないわね」


 力が抜けたシノは、床に手をつく。用もないのにいつまでも御館にはいられない。これでも王に給料をもらって働いている身である。彼女はふふっと楽し気に笑いながら、小さな刃物をカシャカシャさせた。


「髪切ってあげようか」


 シノの表情が一気に明るくなる。


「助かる」


 彼の髪はこれまでになく伸びていた。誘拐され穴に落とされてからずっと、一年近く切っていない。仕事ではないが、もう少し御館にいられる理由になりそうだった。







「シノが大人しく待ってるだけなんて、嘘みたいだわ」


 テルは艶のある青紫色の髪を、ゆっくりと解いていく。

 ペルテノーラにいるとき、ライドフェーズが常に命の危険に迫られていた。シノは手段を選ばず次々と敵の先手を打ち、主を守り切った。それを知るテルには悠長に見えるのだろう。


「避けられてる……偶然を装って会うのが精いっぱいだ」


 ユーリグゼナは鍵盤楽器(ピエッタ)の練習に夢中になると、時間を忘れる。日が沈み遅くなってから声をかけ、当然の顔をして送っていった。要らぬ相手が寄って来ないよう、牽制として手を繋いだ。彼女が押しに弱いことを利用した。強引すぎた、と今では深く反省している。


「避けられてるってまさか、何かしたの? いえ、そもそも……無理だったわよね?!」


 テルとライドフェーズは、彼が性的に身体が反応しないことを知っている。シノは眉間に深くしわを寄せ、苦悩に満ちた顔になる。蚊の鳴くような声で答えた。


「何もしてない。……けど、彼女には無理じゃなくなった」

「ちょっと! (うつむ)かないで。ごめん。なに?」


 髪を切る手元がくるったテルは、眉をひそめた。シノは、ううっと苦しそうな顔になる。


「だから………治った。彼女限定で」

「は? え? そんなことってあるの? ……そう。とても複雑だけど、おめでとう」

「ああ。……悪いな」

「全然悪いと思ってないでしょう? ほんと敬語を使わない相手には、一気に取り繕わなくなるわね」


 テルは苦笑いしながら、櫛で慎重に揃え、シノの髪を切っていく。

 小さな頃から妹のセディが大好きだったテルは、セディが好きなものも好きになった。そこにはシノも入っていて、先日丁重にお断りしている。


(本気で好きだったのは、子供の頃。なんで今さら告白して来たのか)


 ユーリグゼナのことがきっかけ、とは思う。でも長い付き合いで分かっている。テルは前好きだった相手に、甘えたくなっただけだ。


(今の恋が苦しいから)


 助けてやれるなら何とかしてやりたい。でもどうにもならない相手。セディやシノと同様、テルも自らの身を滅ぼすような、最も難しい恋をしている。




◇◇


 


 さらさらとシノの青紫色の髪が切り揃えられていく。頭が軽くなった。


「さっぱりしたわね。……さすがに、帰る?」

「ああ」


 結局ユーリグゼナは戻って来なかった。ナンストリウスと業務を交代しなければならない時間が迫る。


「御館の客人から『養子院で話題の菓子はないのか?』ってよく聞かれて、厨房の担当者が頭を痛めているらしいの」

「次来るときに、作り方を伝えよう」

「ええ。お願い…………なにその顔」


 シノは目を細めきつい顔をしている。古い付き合いのテルは、驚きすぎたり、考え込んだりして外面を整える余裕が無い時の顔だと知っていた。


「……本当は喜ぶ顔が見たくて試作を繰り返し、ようやく完成させたのに、いまだに食べて貰えてないんだ。教えたら、他の人間が作ったものを最初に食べることになってしまう。私が考えたのにっ」


 シノは悔しさのあまり、握りしめた拳が震える。


「はいはい。ユーリグゼナ様の話ね。へえ。だから最近、菓子ばっかり作っていたの。側人退職したら、菓子職人になるつもりかと思っていたわ」


 テルは流れるような動きで、落ちた髪を集めていく。シノも椅子から立ち上がり、手伝う。


「そんな先のことを、考える余裕はない。ユーリグゼナ様が私の何を気に入っているのか、全く分からないんだ。とりあえず間違いないところから攻めようとしている」

「攻めてる? 菓子で? 食べても貰えないのに?」


 テルの真実の斧の切れ味は、抜群だ。シノはまたしても討ち取られる。項垂(うなだ)れる彼の肩を、テルがぽんぽんと叩き勇気づける。


「まあ、シノの顔が好みなのは間違いないわ」


 シノも薄々そうではないかと思っている。髪が伸び、前髪を上げたシノの顔を、ユーリグゼナは確かに見惚れた。それはそれは恥ずかしかったが、少し嬉しかったのも事実。その後は前髪で顔を隠すのを止めている。


「やはりそうか」 

「ユーリグゼナ様は、男より女の方が好きなのよ」

「……」


 それはシノがとても女性らしい、ということ。ショックだが受け入れよう。


(おそらく、ユーリグゼナ様は相当趣味が悪い)


 それでもいい。気を引けるならどんなことでもする。だから、努力すべき正しい方向を教えて欲しい。


「もう時間でしょう? いい加減帰れば」


 テルは次の仕事のことを考え、邪魔になったシノを追い立てる。


「……テル。いろいろありがとう」


 テルのおかげで、また御館に来る理由ができた。


「どういたしまして」

 



◇◇◇




 シノが御館を出ると、手の平にのるくらいの小さな魔獣が現れ、彼の肩にぽてっと留まる。養子院への道を同行してくれる。


(もう、石がなくてもいいんだな)


 養子院に到着すると、手持ちの菓子を渡す。小さな魔獣は嬉しそうに羽ばたき、一回転する。かわいい仕草に思わず頬が緩んだ。

 

「シノさん。おかえりなさい」


 門番をしていた年長の男の子が出迎えた。礼儀と側人の仕事をすっかり覚え、開校期間中だけフィンドルフの側人を務めている。


「ただいま戻りました。変わりはありませんか」

「はい。でもあの……。お客様がいらっしゃっています」


 珍しく歯切れが悪い。シノは何かあるのかと、足を止める。


「どなたですか? 今日約束はなかったはずです」


 男の子は声を潜める。


「……王女がいらしています」


 

次回「子どもだから」は4月4日まで掲載予定です。

ユーリグゼナ視点に戻ります。

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