67.大切な人
ユーリグゼナは金属の鎖を使用することがない。肌に触れた部分がかぶれるため、木綿の糸を編んで代わりにしている。簡単な編みならできた。ただシノの守り石は半分覆うように編んで、身体に引っ掛けないようにしたいと思った。
(誰に聞いたら、いいのやら)
糸を組んで編む方法など、特権階級にある技術ではない。平民の女性が家庭でする手仕事の一つ。ひっそりと母子に伝えられていく伝承のようなものだ。
(青がユーリグゼナだって知ってる平民の女性がいれば、頼みやすいのだけど…………あっ、いる!)
◇
ユーリグゼナは美味しいと評判の食事処の裏口で、彼女を待った。
「待たせて悪かったわ。どうぞ入って」
そう明るく声をかけた金髪の妖艶な女性。楽屋の店主連の娘、紗楽である。何度か青として呼ばれ、食事処で歌っていた。
「アルフレッドにあげるのでしょう?」
紗楽の言葉に、彼女は動きを止めた。
「糸の色合いは変えたほうがいいと思うわ。大切な人の髪や目の色を基調にするのが普通ね」
話を聞き、ユーリグゼナは真っ青になる。自ら色を組み合わせ、見た目良く仕上げた飾り紐は、大切な人に贈るものらしい。求婚相手に了承の意味で渡すのが一般的だそうだ。
(連の娘なら、アルフレッドとも親戚だ。ああ……なんで知り合いだって思いつかなかったのだろう。婚約者に贈るものだと思うよね?! どうしよう……)
彼女は動揺を隠しながら、話を合わせる。
「……そう。金と深緑を組み合わせるの? は、派手すぎない?」
机に出した青紫色と灰色と緑色の糸を、さささっと自分の懐にしまう。紗楽は形の良い顎に手を寄せ、両眉を寄せる。
「そうね。緑をニ種に差し色を別に選んで、金は一束だけなら上品かしら。一緒に選んであげるわ。それに…………石を覆うように編む必要性が見えないんだけど。石が身体を傷つけるなんて心配し過ぎじゃない? 小さい石よね? アルフレッドは気にしないと思うけど」
ユーリグゼナの頬はピクピクと引きつる。どう言えば波風立てず、編み方だけ教えてもらえるのか……。
「実は側人やってる友人に作ろうと思って。女の子だから気にするかと」
テラントリーに作る想定で教えてもらおう。いい考えだ、と彼女は思った。
「まあまあ! 女の子に作るの? だったらその子の色も選ばないとね。髪は何色かしら? 女の子は初めてよ。楽しいわね」
紗楽は人の良い笑顔で、金髪を揺らしながらくすくすと笑う。
話はややこしくなっていく。「やっぱり、編むのやめよっかなあ……はは」なんて言い出せる雰囲気でもなく、話が終わる頃にはなぜか、アルフレッドとテラントリー、そしてスリンケットの三人分を編むことになった。
(まあいいか。三人とも大切な人だから、作りたくなってきた)
糸の色を選ぶのは確かに楽しい。
ただ、糸の束を何段も立体的に編んでいくのはおそろしく時間がかかる。一つ仕上げるのに幾晩も夜更かしを覚悟しなければならない。シノの分に取り掛かるのはいつになるやら。
◇◇
「なんで、そんなにお守りをつくる? お前、演奏会の練習はどうするのだ」
シキビルド王で養父ライドフェーズの眉間のしわが、一気に増えた。
「申し訳ございません。影響ないよう心がけます。それで……」
「魔法陣か? 特権階級用なら制約が無い。三人分くらいすぐに描いてやる」
「ありがとうございます。ところでなぜ…………そんなに意欲的になられたのでしょうか?」
ユーリグゼナの言葉に、彼は不機嫌そうに弦楽器を準備する手を止めた。
「私は練習を惜しんだことはないぞ」
彼女の頬がひくりと歪む。仕事にかこつけて、練習から逃げ出そうとするのを何度も目撃している。彼は急に神妙な表情になって下を向いた。
「セルディーナが、演奏会を聴きに行きたいそうだ」
「えっ」
「絶対に起きて行くのだと……………私は嬉しくてな」
かすれる声。潤む紫色の目。つられて彼女も泣きそうになる。
「王妃セルディーナ様のお守り、作っていいですか?」
「いいぞ。でも練習はしろ。体調管理もしろ。演奏会は絶対に成功させなければならない」
「はい。六重奏、合うまで練習しましょう」
「ああ。カミルも完璧に仕上げたいと『レンベル』ばかり練習しているらしい。やる気があればあいつは凄いから」
彼女はぽかんと見上げた。
「レンベル?」
「六重奏の曲名だ。カミルが名付けた」
ペルテノーラ王カミルシェーンは、相変わらず自由で勝手な人だ。本当に合わせられるのだろうか。
◇◇◇
寒さが少しずつ和らいできた初春。
演奏会当日、養子院の人の出入りは厳しく制限された。緊迫感に包まれる五角堂の入り口で、制服を身につけたユーリグゼナは厳しい表情で立っていた。
「また緊張してるのか?」
ポンと彼女の頭に手が乗せられた。アルフレッドのさらっとした見事な金髪が風に吹かれる。
「ううん。もう大丈夫」
張りつめた顔を緩ませ、彼女は笑った。アルフレッドの制服には、彼女が贈った飾り紐がつけられている。それを軽く押さえて言う。
「ありがとう。嬉しいよ。で…………守り石がついてる理由って、この演奏会で何かあるから?」
「いや、そういうわけでは……」
裏を読もうとする彼に、彼女は困ったように微笑んだ。
流れで作ることになった飾り紐だが、一目一目アルフレッドの幸せを祈って編んだ。単純作業を繰り返すと、自然に渡す相手のことが頭に浮かんでくる。大切な人に贈る風習があるのも頷けた。贈り物をしたがるアルフレッドの気持ちも、少し分かったような気がする。
「アルフにたくさん貰ったから、お礼のつもり。これからもよろしく」
「ああ、俺こそよろしく。…………まずは今日だな」
「うん」
「音楽漬けの日々が終わるのが、寂しいよ」
彼はしょげた様子で呟いた。彼女はふうっと息をつく。
「相変わらずアルフはすごいね。そんなふうに思う余裕はない。演奏が心配でたまらない」
「あれだけ練習したんだ。上手く行くに決まってる」
「……うん」
「俺がいるんだ。本当にユーリが無理だったら助けてやる」
演奏前のアルフレッドの笑顔は最高だ。自信のない彼女を、必ず力づけてくれる。
◇◇◇◇
二人そろって五角堂に入っていく。中にはすでに他の演者が揃っていた。
「アナトーリー!!」
笑顔で飛びつこうとした彼女は、寸前のところでたたらを踏む。叔父アナトーリーは薄い茶色のやわらかな髪を揺らしながら「なんだ。大人になったな」と笑った。
「今回は演奏会を開いてくれて、ありがとう。俺のために準備してたって、選曲で分かった」
彼が穏やかに濃い紺色の目を細める。話したいことがたくさんあったのに、会ってしまえば言えない。
「ペルテノーラで俺は自分らしく幸せに生きている。縁を作ってくれたユーリのおかげだ。困ったらすぐ連絡しろよ。パートンハド家を出た俺だから、出来ることもあるんだからな!」
シノはしばらく彼の家に避難していた。状況を全部知っている。その上で全力で味方でいてくれるから、つい甘えたくなる。
「ありがとう。心配かけてごめん。…………困ってなくても連絡していい? それにレナトリアに会いたい…………もちろん落ち着いてからでいい。ヘレンにも新婚の家をうろうろするのは良くないって言われてる」
アナトーリーは距離を詰め、彼女をふんわり腕のなかに包む。
「いいに決まってるだろう? レナトリアも会いたがって大変なんだ。卒業したら来い」
「卒業したら?」
「相当危ういらしいな」
一気に顔色が悪くなった彼女に、アナトーリーはからかうように笑う。
「卒業したら大人だ。ペルテノーラだけでなく、直接時空抜道が繋がっていないウーメンハンやカンザルトルへ渡る許可がとれる。世界で演奏できるようになるぞ」
黒曜石の目が煌めいた。
「頑張る!」
「おう。俺は先に行って待ってる」
そう言って一度手を振ると、準備に戻っていった。
敬愛する叔父のいるところまで、早く追いつかなければならない。彼女に今見えているものは、世界のほんの一部だ。
次回「音合わせ」は1月27日頃掲載予定です。
下記、演奏の順番予告入れておきます。
セットリスト
1 金属筒打楽器による、『異国人に恋する少女の歌』
(養子院の子供たち、指揮ユーリグゼナ)
2 弦楽器と鍵盤楽器による、六重奏『レンベル』
(王二人・ユーリグゼナ・ナータトミカ・アルフレッド、演奏兼指揮アナトーリー)
3 鍵盤楽器による、『負けた者の歌』
(アナトーリー)
4 弦楽器と鍵盤楽器による、三重奏『魔樹の花びら』
(アルフレッド・ユーリグゼナ・ナータトミカ)
5 金属筒打楽器による、『ペルテノーラ鎮魂歌』
(養子院の子供たち、指揮アルフレッド)




