58.おわって、はじまる2
学校の森は広い。それでも魔樹が生い茂らないところというと、そうたくさんあるわけではないので、程なくアルフレッドを見つけることができた。が、ユーリグゼナは少し、ぼう然とする。
(アルフレッドが花畑に座っている……)
貴公子らしいさらっとした金髪を揺らしながら、何かを作っている。それが白い小さな花々の花冠だったため、ますます動揺は強まった。
「ユーリ」
にっと笑うアルフレッドはいつも通りだ。最近は見なくなった自然な笑顔。彼女は小さく息をつくと、彼の隣に座る。心の形をした三つ葉が、地面を覆うようにみっちりと生えていて柔らかかった。
「聞こえない以外、具合悪いところはないのか?」
ふるふると彼女は頭を振る。彼は自分の口元を指差す。
「俺の口、よめる?」
「うん。とてもよみやすい。ありがとう」
彼女の言葉を聞きながら、彼は花冠を仕上げていく。最初と最後を繋いでいくのは、難しいらしい。三つ葉の上に突き出た小さな花を詰んでは、どんどん接続部分を固めていく。
「器用だね。よく作るの?」
「いや。初めて作った…………。できた。やるよ」
そう差し出されるままに、両手で花冠を受け取った。
(重っっ)
歪みのない綺麗な円だ。捧げ持ち日の光にかざす。光を通さないほどの密度で編み込まれている。彼女は小さく笑った。
「見事にまん丸。最初は大雑把に作って、あとから足して整えたんだね。なんかアルフの指揮みたい。個性の強い学生たちを最初は緩やかにまとめて、最後はいつも完璧に合わせる」
彼は頬を染めながら顔を背ける。横顔が少し不貞腐れているように見えた。
(頭にかぶって欲しいのかな……。重そうだし、なにより恥ずかしい)
ちらりと周りを見るとナータトミカは少し離れたところから、じっと睨みつけ、いや見ていた。
彼女は思い切って、花冠をひょいっと頭にのせる。予想通りとっても重いが、良かったと思った。アルフレッドがとても嬉しそうに笑ったのだ。
「俺、ずっとユーリに受け取って欲しかった」
ずっと? きっと花冠のことじゃない。今まで贈り物したかったってこと? 彼女は頭をひねる。そうだ。彼は家のお小遣いを使って買おうとするから、片っ端から断っていた。
「ありがとう。嬉しい……」
花冠がというより、アルフレッドの笑顔が。すると彼は用心深い顔になり、人指し指で彼女の頬をピトッと押す。
「へ?」
「あっ。ごめん。温かいんだなって思ってさ」
彼が救われたように笑うので、何だかそれ以上きけなくなる。
それから話をした。婚約者になる前のようだった。演奏会は諦める。授業で聞こえないところはアルフレッドに後できく。無理しない。そう二人は約束した。
◇
「ユーリグゼナ様。正直に申し上げますと、迷惑です」
いつも冷静なサギリのこめかみが、ぴくりと動いた。ユーリグゼナも少々この事態には困っている。
アルフレッドの贈り物は花冠だけに留まらなかった。お金を使わないなら受け取る、と彼女から聞いてから毎日のように色々なものをくれる。
森で咲いていた花に始まり、きれいな石、ついには手作りのものまで贈ってくる。使うにも捨てるにも微妙だ。
(一つ一つは決して悪いものではないのだけれど………まとめて見ると何ていうか)
「ガラクタ……」
サギリのつぶやきが、代弁する。
どうしたものかと悩んでいるうちに、アルフレッドの贈り物が変わった。
「手紙?」
「うん」
そう言うとさっと姿を消す。渡すのは照れくさいらしい。
(物よりいいかも。置き場に困らない)
そう思ったのは最初だけだった。返事を書けば、すぐにまた持ってくる。毎日顔を合わせているのに、そんなに書くことなどない。もともと彼女は、とても手紙が苦手だ。
それに最近、疲れ切っている。聞こえないことを誤魔化すために、一日中、気も才能も使い続けていた。眠っても眠っても、まだまだ眠い。
アルフレッドに手紙を返すと、むっとした顔になった。
「貰ってくれないのか?」
「読んだよ。それで返事はアルフの文章のあとに書いた。少しだけど」
不満げだった彼は手紙を確認すると、少し口元が緩んだ。
「ありがとう。俺はユーリの下に書いたらいいのか?」
「うん」
「書くところが無くなったら?」
「また新しいのに書いていこう。一緒に同封してくれたら、前の分は貰う」
彼は照れくさそうに頷いて、立ち去った。最近の彼とのやり取りに、何か既視感がおこる。何だろうと考えるうちに思いついた。
(ユキだ!)
従弟のユキタリスは小さい頃から、折った紙や絵をくれる。五歳になり文字が書けるようになった現在は、手紙攻撃にうつっている。全く同じだ。
(男の子と仲良くするのって、このやり方が普通なのだろうか)
サギリやテラントリーに確認したいが、ユーリグゼナの身体を心配してできるだけ休ませようとしてくれる。アルフレッドの手紙に苦労していると知ったら、多分彼が怒られる。
(とにかく寝よう)
悩むより睡眠だ。
そうしてユーリグゼナは、やってはいけないことをしてしまう。
(ユーリグゼナ)
心に響いてきた声に、思わず飛び上がった。
目の前にはアルクセウスの整いすぎた顔。多分、何度も肉声で呼んだのだろう。アクロビスとナンシュリーが振り向いて、こちらを窺っている。すぐ横のアルフレッドは蒼白になっていた。
(帰って休め)
アルクセウスはそう、恐らく肉声でも同じ言葉を言って授業に戻ろうとする。
「もう覚めました。このまま受けさせてください」
彼女は必死だ。為政者の授業も遅れていた。休んだ分だけ卒業が危うい。振り返った彼の少しだけ緑の混じった黒い目が、彼女をとらえた。
(儂は休めと言っている)
ひどく冷たい声が心に浴びせかけられる。続けて「アルフレッド。連れて帰れ」と、指示したのを口をよんで知る。
動けずにいる彼女の代わりに、アルフレッドが荷物を揃えて彼女の手を引っ張って教室から連れ出した。
彼に手を引かれて歩いていく間に、ユーリグゼナはどうしようもなく悲しくなった。
「……私、みんなと一緒に卒業したかったよ」
振り返ったアルフレッドが慌てて、手布を差し出す。
「あと一年あるだろう。何とかなるよ」
「ずっと聞こえないままだったら?」
「ユーリ!?」
彼は顔色を変えて、周りを見廻す。
秘密にしていても、もうこれ以上隠しているのは無理だと、彼女は思っていた。
昔は学校も卒業もどうでもよかった。でも友人が出来て、みんなで演奏して学校がとても楽しくなった。何となく、一緒に卒業することでみんなと同じ普通が手に入るように思っていた。
彼女は身体の変化がなぜ起こったか、本当は見当がついている。
(鳳魔獣が、今回は干渉し過ぎたと言った。私はおそらく人の理を外れようとしている)
能力の強弱の振れ幅が大きくなっていた。このままいくと、普通に生活できなくなるかもしれない。もう人間としてみんなと生活ができなくなるのかもしれない。
その日を境に、ユーリグゼナは起きられなくなった。昼も夜もずっと眠りっぱなし。時々起きても真夜中で、少しするとまた眠くなる。
何度もアルフレッドとテラントリーは会いに来てくれた。でも起きられない。起こされても目が覚めない。
今夜も、真夜中に目を覚ます。サギリは珍しく起きてこない。彼女はユーリグゼナの不規則な眠りに対応できず、疲れ切っている。
(少し、外に出よう)
ユーリグゼナはずっと部屋から出ていなかった。
一人で支度して、寮を抜け出す。森に入ると少し身体が楽になった。挨拶をして、さらに森の奥へと進んでいく。
暗い森のなか、白い影が目に止まる。さらさらの長い銀髪に白い肌。印象的な青い目。彼女の最愛の母を思わせる整った顔立ち。どうしようもなく、彼女はその影を追う。
母であるはずはない。少女のようなその姿はむしろ、彼女のもう一つの姿、青に似ていた。
次回「人と人外の狭間」は12月30日までに掲載予定です。




