表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/198

54.君との幻

アルフレッド視点。ユーリグゼナが学校を去ってからの出来事。R15含みます。


 時は少し遡る。

 ユーリグゼナが学校を出た直後のカンザルトル寮の廊下にて。



 ユーリグゼナとの音声伝達相互システム(プルシェル)での会話を終えたアルフレッドは、大きなため息をついた。

 一人で事に対処しようだなんて、王女としてありえないが、ユーリグゼナの場合ありえてしまう。彼女に添うには、まだまだ心も体も修練が足りない。彼は自分を情けなく思うが、どうにか気持ちを切り換え顔を引き締めた。


 カンザルトル寮の廊下に敷かれた美しい織物を踏みしめながら、スリンケットとリナーサとベセルの待つ部屋に戻った。


「ユーリは時間がかかりそうです」

「課題を受け取るだけではないの?」


 心配そうな表情のリナーサに、彼は曖昧に微笑み、スリンケットの隣に座る。机の下で手を軽く触れられ、びくっと見動きした。素知らぬ顔のスリンケットから声が聞こえる。


(何かあった?)


 能力(ちから)を使っていると、分かる。アルフレッドは、これまで一度もスリンケットに能力のことを尋ねなかった。人に触れられるのを嫌がった理由と、嘘をつかれて苛立った理由をようやく察する。


(シキビルドで異変が起こると、学校長が言っているそうです)

(……異変ってどんな?)

(分からないそうです。それで────ユーリグゼナは事態の確認のため、一人帰国しました)


 そこで初めてスリンケットは顔色を変える。アルフレッドは違和感を持った。

 ベセルは眉をひそめて、こちらを見ている。


「なんだ? こそこそせずに言え。姫に何かあったのではないか?」


 スリンケットは黙ったまま、余所(よそ)行きの笑顔で応えた。赤茶色のふわふわした髪が揺れる。漏らすつもりが無いということだ。ベゼルもまた鋭い眼光になったが、すぐに改めた。


「姫は無事か? それだけでいい。頼む」


 アルフレッドには、スリンケットがそれすら拒絶するように思えた。あとで怒るだろうな、と思いながら口を開く。


「今のところ無事です。ですが私たちが学校で会うことは、事前に外部に漏れていました。ご用心を」

「情報、感謝する」


 ベゼルは深く頭を下げると、すぐにこの場をお開きにした。片付けと帰国の準備を急ぐ。リナーサはアルフレッドに視線を向け「では、開校式で」と残し、出ていった。


 アルフレッドは、スリンケットと顔を見合わせた。二人は同時に大きなため息をついた。スリンケットは疲れたように笑い、すっと再びアルフレッドの手を取る。


(ユーリグゼナにも君にも、本当に参るよ。全然こっちの思う通りに動いてくれない)

(……知っていたんですね?)

(うん。いっさい手出ししていないけど。なんて、信じないか)


 スリンケットは手を離す。アルフレッドは、その手をぐっと掴みなおした。


(信じます。スリンケットを。何があっても。ユーリも同じ気持ちです)

(全く君たちは…………。そうやって簡単に僕の心を転がしてしまうんだ。……だからもう、会うのはやめにするよ)


 何を言い出したのか、理解できなかった。スリンケットの澄んだ青い目に、アルフレッドが映る。


(彼女は王女、君は次期パートンハド家惣領。二人に汚点を付けたくない)


 彼が問い返そうとした時、スリンケットの頬にびくっと緊張が走った。アルフレッドから手を引き抜き、のろのろとした動きで音声相互伝達システム(プルシェル)を受けた。次第にスリンケットの顔が強ばっていく。


「はい。おそらく」


 彼が話した言葉はそれだけ。スリンケットは青ざめたまま会話を終えた。大きく息を吐きながら、両手で顔を覆う。


「……なんでユーリグゼナは、(なつ)けるんだ」






 アルクセウスからの連絡は、シキビルドの現状を伝えるものだった。ユーリグゼナがライドフェーズとともに事態を確認している間に、爆発と火災が起こったという。帰国が許され、アルフレッドとスリンケットは時空抜道(ワームホール)へ足を踏み入れた。


「何を言われたのですか?」


 スリンケットの動揺は、アルクセウスからの苦言以外考えられなかった。スリンケットは嫌そうな顔になった。


「ユーリグゼナは僕を信用しているのか、と訊かれた」

「それだけですか?」

「それだけだよ。でも十分伝わったよ。学校長は僕を疑ってる。それは当たらずとも遠からずだ。裏切ったら僕を消す。そういう脅しに聞こえたね」


 アルフレッドは浮かない顔になる。彼は日頃のアルクセウスを知っている。人を脅すような人間には見えない。スリンケットは歯切れ悪く言う。


「多分、学校長は学校内の会話も、さっきの君と僕のような能力(ちから)でのやり取りまで把握してる。……そこまでやるのは学校と生徒を守るためだろうけど、乱すものには容赦しないように見えるよ。実際、先日ウーメンハンがユーリグゼナをさらおうとしたとき、死者が出てもおかしくない危険な魔法陣を使用してた」

「この会話は……」

「いや、時空抜道(ワームホール)は時空が歪んでいるから、能力(ちから)は及ばないと思う。…………アルフレッド。ここを出たら別行動だ。僕はもう、親王派とは思われないだろうから」


 アルフレッドがどれほど尋ねても、スリンケットはそれ以上話してくれなかった。






 学校を出発した時間は、ユーリグゼナとさほど変わらなかったが、シキビルドに到着したときには半日もずれていた。

 夜明け前の幻想的な時間、アルフレッドは一人、爆発と火災の現場に急ぐ。


(雨が光ってる?!)


 驚く彼は空を見上げた。

 頭上の遥か上空に虹色に光る魔獣がいる。町や森を見下ろし、ゆっくりと旋回しながら飛んでいる。

 その背中にはユーリグゼナの姿があった。遠目にも清らかで美しい。誰もがシキビルドの守り神だと信じそうなほどに。

 


 アルフレッドに、痛みにも似た熱い思いが宿る。

 目を、心を。奪われないでいるのは無理だ。どれほど愛おしく思えば、この想いは終わるのだろう。


 彼女はシノに惹かれている。何度思い知っても、彼は何度でも同じ沼に落ちていく。アルフレッドはどす黒い自分の感情に侵され、見事な金髪を激しく掻きむしった。


 それでも冷静で欲に忠実な彼も確かにいて、彼女の想いを無視してでも機会(チャンス)をものにしようと考えていた。


(これだけ支持されては、王女はやめられない。どうするつもりだ。ユーリ)


 シノと結ばれるために、彼女は王女をやめて平民になると読んでいた。でも王女の役目から逃れられないなら……。





◇◇





 王ライドフェーズから音声相互伝達システム(プルシェル)の連絡が来る。緊張で身を固くする。

 アルフレッドは、すぐには話の内容を飲み込めなかった。結婚も口づけも、彼自身が心から望んでいること。でも本当に叶うとは、思っていなかった。


「そんなこと。ユーリ……グゼナ様は了承されたんですか?」

「ああ。アルフレッドにまかせるそうだ」


 諦めかけていた。それが思わぬ形で彼の手の平にのせられている。

 彼は掌をぎゅっと握りしめた。騒ぎの中心へと、人をかき分け向かっていく。


(ユーリ。今は駄目でも────いつかは、俺を想って)





 爆発と火災の現場は、火が消え辺りは煙の臭いが残るものの、朝の光で眩しく輝いて見えた。ようやく解かれた門から、ライドフェーズとサギリ、そしてユーリグゼナが出てくる。


 ユーリグゼナはアルフレッドに駆け寄ってきた。彼は彼女を抱きとめ、そのまま優しく腕の中に包み込んだ。努めて静かな声で語りかける。


「王から聞いた」

「うん。アルフ、お願い。助けて」


 彼女のかすれた声が、彼の心を揺さぶる。助けて欲しいのは誰のことなのか。


 ユーリグゼナの目は黒曜石のように光り、彼を映す。

 純粋なその光に引き寄せられ、アルフレッドは彼女に唇を重ねた。柔らかい感触と心地良さに、思考は溶ける。一度では足りない。すぐに続きを求めて、彼女の頬に手を寄せる。


 触れた途端、彼女の氷のように冷たい頬に、指先の熱を奪われる。熱くなっているのは自分だけと気づき、アルフレッドは呆然としたまま手を離した。


 ユーリグゼナの感情の消え去った表情を見て、彼は焦りを覚える。救出されるまで、彼女はシノと二人きりで一晩過ごしたという。何もなかったわけがない。


(……俺とは嫌だったよな)


 彼はズキリと痛む胸を押さえる。


「初めて、した」


 言い訳のように口にした。彼女は黒い目にアルフレッドを映し、ポツリと(つぶや)く。


「私も」


 血の気の失せた顔で、(はかな)く笑った。くしゃり。何か潰れたような音が、彼の耳に響いた。




次回「君との幻2」は12月13日頃掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ