表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マッシヴでありながらさっぱりとしたお洒落ロイヤル短編集

ちくわ鹿獲り名人

作者: せぶこ向坂



「いいか? ()()は誰にも教えるんじゃあねぇぞ」


「はい。絶対誰にも言いません」



 私が猟師を目指した理由、それは幼い子供が抱くようなただの憧れだった。都会に生まれ育ち、敷かれたレールをなぞるだけの人生に辟易していたから。コンクリートの箱の中で腐っていくよりも野生に身を委ねてみたいという、ありきたりで漠然としたものが眩しかったから。



「一度しかやらねぇから、よぉく見ておけよ」


「はいっ……」



 だから、というには少々飛躍しすぎなのかもしれないが、たまたま父方の伝手に鹿捕りの名人が居たこともあり、私はこうして山奥で教えを乞うている。



「いくぞ……」





「ちくわをこうして、こうだ!」





 教えを、乞うて……



「えっ――――」









「いやあ〜大したもんだ! 初めての猟でこんな大物を仕留めてくるなんてなぁ!」


「あ……ありがとう、ございます」


「まさかあの人が他人に()()()を教えるだなんてねぇ。ねぇあんた、一体どんな仕掛けを使ったんだい?」


「それはその、なんというか……」



 言えない。



「おいおい、そりゃあ教えちゃくれねぇよ。なんたってあの人のしごとは口外厳禁、門外不出の神業ってもんだからな!」


「まあ、そうですね、はい……」



 たしかに強く口止めをされている。だから言えない……だけではない。それだけではないのだ。



 鹿を獲る。そう聞けば誰もが銃や()()()()での猟を思い浮かべるだろう。かくいう私も本気で猟師を目指すにあたり、長い歳月を経て免許を取得したし、様々な罠や野生動物の習性、野山についての知識を頭と身体に叩き込んだ。



『ちくわをこうして、こうだ!』


『……えっ? ちくわ、ちくわですか?』



 しかし、ちくわだった。


 あのとき師匠が仕掛けたのは――いや、仕掛けたと言うのもおかしな話だが、あれはまごうことなきちくわだったのだ。しかもそれは単なる誘き餌などではない。師匠の持ち物はちくわのみ、つまりはこの()()()()()()()()()()



『……あの師匠、これはどういう』



 地べたにただ置かれただけのちくわから距離をとり、茂みに腰を据えながら頭いっぱいの疑問をこぼしかけた、そのときだった。



『静かに……さぁ、おいでなすったぞ』


『えっ……あっ』



 鹿。あえて言っておくが、それはどこからどう見ても鹿なのだ。間違いなく100%鹿なのだ。



『目を離すんじゃあねぇぞ……()()()()は一瞬だからな』


『はい……』



 それ以上はとても口を挟むことなどできなかった。言葉こそ荒々しいものの普段は温厚で、おさなごからも慕われている。そんな男が今、その身にその瞳に漂わせているのはまるっきり殺し屋のそれだ。


 だから私は、私の視線はその殺気にあてられてしまった。





 ピョエエエエエエッ!



『獲った!』



 倒れていた。目を離したのはほんの僅かな時間だった。ちくわを置いたあの場所に、立派な角をたくわえた牡鹿が倒れていたのだ。



『え、え? 一体なにが……』



 ちくわが無くなり、そして鹿が倒れている。つまるところ、あのちくわには毒が盛られていたとみるのが道理だろう。


 だが……そうではなかった。



『ちくわが角に!』



 ()()()()()()()()()()()()


 何を言っているのかわからないだろうが、私にもわからない。角がちくわの穴にすっぽりとはまっていた。それでいて鹿は横たわり、微塵も動く気配がない。


 それ以上でも以下でもない。あの場に在ったのは、ただそれだけのことだった――――。









「――それが、当社を選んだ理由ですか?」


「はいっ!」


「わかりました」



 世の中には到底理解の及ばぬことがある。いくら学ぼうと、どれほど追い求めようとも、決して届かぬこともある。


 これは師匠が遺してくれた言葉だが、しかし、彼はこうも言っていた。



()()()()()()()()……正直、俺にもわからん。だがな、このちくわを置けば鹿が獲れる。それは紛れもない事実だ』


()()()、俺は鹿を獲る。獲って獲って獲り続けた先に、いつか何かがみえてくるかもしれねぇ。望むこと挑み続けることは、決して無意味じゃあない。そう、信じてる』


『たとえこの先お前が他の道を選んだとしても、俺は何も言うつもりはねぇ。だがな……俺たちは同じ釜の飯を食い、同じちくわを置いた者同士だ』


()()()、次は諦めんじゃあ、ねぇ、ぞ………げふっ!』


『師匠おおぉぉぉぉ!! ――――』





 師匠が自ら設置したちくわに掛かり、命を落として早数年。



「――では、結果は追って通知いたします。本日は海妖堂ちくわ本舗に御足労いただきまして、ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました!」



 猟師の道こそ諦めはしたが、私は師匠の遺言通りこうして新たな()()を選んだのだ。


 必ず、この手で解き明かしてみせる。



 師匠の命を奪った、()()()()()の謎を――――。












 不採用。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 砂臥さんのおすすめで読んでみました! なんとも言えませんが面白かったです! ちくわ恐るべし!
[良い点] すごい……なんかすごい。語彙力を奪うだけの何かがそこにあった。
[気になる点] いったい師匠はどんな死に方を…… [一言] 鹿の角にちくわが刺さってる理由もわからなければ、なんで死に至るのかが全くわからなくて最高でした。ちくわ大明神ってありますけど、ちくわって、字…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ