壱”植田早苗と高校生”
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私は、消えた。いや、違う。消えたんじゃない。消えたように視えるだけなのかもしれない。見得ないのに。
植田早苗は5歳の時、盲目となった。私一人の小さな暗闇の中の世界に突如として放り投げられた。神様の目が届かない隅の世界。何も見えない。見えるのは穴の開いたようにポッと浮かんでいる太陽だけだ。私はその小さな丸を描いた小さな太陽の光をずっと見ていた。見ていればいつかまた、あの頃のように見えるようになるのではないかと思った。しかし、こんな暗闇の世界で誰も声をかけてくれない。起きているのか、寝ているのか、死んでいるのか、生きているのか、私一人では正解を導き出すことはできない。助けてくれる人もいない。一人、私の存在意義を低迷し続ける。何時なんだろうか、今どこにいるのだろうか、あの人はどこにいるのだろうか。暗闇の中、答えのない正解を探して、一人で旅を続ける。たった一人で。
「おはようございます。早苗ちゃん。」
おばさんの声だ。このおばさんは確か、田中友江という人だった。社団法人緑の目という職員の方で、私のヘルパーだ。私には目の見えていた時の友達しかいない。その友達とはしばらく音信不通だった。だから、今話せる人は友江おばちゃんしかいなかった。
「朝ごはん。出来てますよ?」
友江おばちゃんは、そういって私をベットから降ろしてくれた。ベットなのかどうかは知らない。私のベットという確信はないのだから。色だって、部屋のどこにあるのかさえ、理解できない。
部屋を出たすぐ横には階段があり、茶の間のある一階に降りる。階段は本当に恐怖だった。次の段がどこにあるのか、見当がつかない。しかし、僅かに感じる友江おばちゃんが降りる音と。左腕の下がっていく感覚、階段の恐怖で友江おばちゃんの腕を強く握り、一段ずつ降りていく。もう高校一年生になるはずの私。かれこれ見えなくなってから10年経とうとするが、慣れるのことは一切ない。なんとか一階まで降りると、美味しそうな朝食の匂いだった。これは・・・トーストでしょうか。香ばしい匂いと、溶けていくバターの香り。部屋中に拡散して私の嗅覚にまで浸食してきた。私はこのとき、食卓までこの匂いにつられて辿り着けるのではかと思った。しかし一人でこの暗闇の中、歩くのは無理がある。私の嗅覚を確実に信用することはできない。花粉症持ちだからだ。結局、友江おばちゃんに案内してもらって、やっとの思いで席に着いた。
「一時の方向に牛乳。三時の方向にオレンジ。六時の方向にトースト。熱いですからお気を付けてくださいね?」
目の見えない私は食卓に並べられている食べ物の位置関係がわからない。時計のように場所を教えてもらわないと、食べることすらままならない。
「いただきます」
友江おばちゃんは、目の前の席に着席したようだ。フローリングから伝わってくる振動と、友江おばちゃんのヨッコラショの掛け声で場所がわかった。目が使えなくなってから、耳の性能が良くなった。ロバのように耳の感度が強くなった。小さな音まで細かくわかるようになってきた。
トーストは熱くはなくなっていた。階段を下りるスピードが遅すぎて、冷めてしまったのかもしれない。しかしほんのり温かいトーストを口に運ぶと、サクッといい音とともに、バターの風味が口いっぱいに広がった。この食べるときのみ、今日も生きていると確信する。オレンジのフレッシュな果実も、牛乳の濃厚な甘さも、全てが美しかった。決して見えるわけではない。しかし体の全ての神経が私の目となる。
「そうだ。早苗ちゃん。高校の登校日。明日であるの。忘れていませんか?」
あっ。私。明日高校生になるんだ。私としては悲願の高校生だった。私が目の見えるときに見た最後のドラマがある。それは高校の学園ドラマだった。その時から高校の制服や、青春というものに憧れた。しかし目が見えなくなったから、私の将来すら見えなくなってしまっていた。しかし市役所の全面バックで普通高校であるが、入学が出来るようになった。私の街には養護学校が無い。しかたなく、普通高だ。しかし手すりには点字が付けるなど、私が使いやすくするために色んなことをしてくれていると聞いた。不安は大きいが、ワクワクな感覚も大いにある。
「友江おばちゃん。制服ってあるの?」
「ええ。ありますよ。朝食が済んだら、着てみましょう」
あるんだ。心が弾んだ。夢にまでみた高校生活。私は高鳴る鼓動を必死に抑え、朝食を済ませた。
食べ終わると、隣の和室の部屋に案内された。友江おばちゃんが、ガサガサとポリ袋を触る音が聞こえた。心臓の鼓動音が私の耳まで伝わった。
「では、着ている部屋着を脱いでくださいね。」
速攻で脱いだ。早く着たかった。友江おばちゃんは袖を通すために腕を上げてなど、色んな指示を言ってきた。その指示通りにすると、腕に制服の感触が伝わる。ドキドキする。足を上げると腰までスカートの感覚が伝わる。顎を上げると、友江おばちゃんがリボンをつけてくれた。そうして私は高校生になった。
「リボンは赤色。スカートは紺色にチェック柄に似た模様が入っています。ワイシャツが水縹色で美しいです。可愛いですよ。早苗ちゃん」
そうして、右手でリボンを触るとふわっとした感触。一回転すると伝わる、スカートがヒラッとする感覚。私は動いている私が制服を着ていることを想像した。
「早苗ちゃん。どうしたんですか?!ハンカチ持ってきますね。」
泣けてきたんです。何故か。夢にまで見た制服。高校。すべてが新鮮で楽しいけど、一つ。やっぱり、見たい。私の制服姿が見たい。どうしても見たい。このムシャクシャな気持ちが私の涙腺のスイッチを押した。ハンカチ受け取って涙を拭いた。気持ちは落ち着いても、悔しさが心残りだった。
時刻は昼下がり。そう音声時計は私に伝えた。新品の教科書が私の部屋の机に置かれていることを友江おばちゃんが伝えてくれた。また、恐怖の階段をあがって、部屋に戻り、机に向かって座った。目の前の教科書。触ると点字仕様に加工された教科書だった。一回り小さな教科書を触ると「数学Ⅰ+A」と書かれていた。そうやってワクワクしながら教科書を触って手を切ってしまったのは内緒話だ。
早く明日になってくれ。そんな期待もあるが、一番心配したのは友達だ。私は目が見えない。友だち出来たってその子の顔はわからない。それが残念だった。目が見えなくなると、本当に悔しいこと不便なこと、たくさんある。一般人は見えている。私は見えていない。見えている人が大勢いるため、こんな見えない少数派の意見はあまり届かない。届いてもいちゃもんをつけられ、それで終わる。世間は私たちのことなんか気にしちゃいない。外を歩いても、物珍しそうに見る視線を全身で感じる。そんなこの世の中だ。見える人が便利になる世の中。スマートフォンとかもあるが、ガラケーのような物理ボタンが少ない機器なんて、私からすればただの高級な板でしかない。そんな世間的に置いてきぼりにされている私が、友達なんて作れるのだろうか。このことについては不安しかなかった。
うたた寝をしていたようだ。寝ても覚めても変わらず真っ暗な空間がそこにはある。音声時計のボタンを押すと午後7時を知らせてくれた。何も見れない私は友江おばちゃんとの会話か、ラジオしか娯楽がない。もっと出来ることがあるのかもしれないが、私には到底無理だった。小説も漫画もテレビもゲームも不可能だった。つまらない日々が続いていた。
窓を開けると、冷たい風が顔に当たった。耳では木々の葉っぱに水が当たる音。それがまるで共鳴しているかのように響き、大きな音となり伝わってきた。手を伸ばすと、大きな雫が一つ、二つと当たってくる。雨だ。すると、一瞬、この暗闇の世界が明るくなった。その直後、轟音が肌に伝わり、私の鼓膜を揺らした。雷だ。全身で自然を感じる。なにか神経にアクションされるとそれだけで、好奇心に変わる。何が起きているんだろうと、疑問が生まれる。そしてそれがわかると楽しい気分になるのだ。見えなくても自己解決できる。これに可能性を感じるのだ。窓を閉めると雨音が全く聞こえなくなる。たまに雷の轟音が聞こえる。普通の人はこの轟音はウザいだけなのかも知れない。しかし私にとっては、外の状況が一瞬にしてわかる、ツールなのだ。
朝らしい。窓を開けると雨あがりの独特な空気が立ち込めていた。音声時計は午前6時半と知らせてくれた。今日は、初めての高校だ。見えない高校生活。これからの生活も、クラスメイトの顔も、校舎も、担任も、何も見えない。でもワクワクする。こんな気持ちは久々だった。
「おはようございます。早苗ちゃん。今日は待ちに待った高校の入学式ですね。頑張ってください。」
友江おばちゃんが、部屋まで来てくれた。そして部屋で制服に着替えた。最後のリボンをつけると、本当に今日が入学式なんだと、改めて肌で感じた。
朝食も済ませ、車に乗り込もうと玄関にいた。これは新しい靴なのかもしれない。革製だった。硬い靴のため靴ベラなしでは踵が入っていかなかった。外に出るとさっきの独特な臭いは消えていた。上空を見上げると、暗闇の中に小さな一つの光が見えた。太陽が私を照らしてくれている。暗い中に一つの光。スポットライトを当たられている、一人の主人公の気分だった。大きな翼で高校という大舞台に立とうとしている。そうこうしていると、車の後部座席の乗せられ、エンジン音と共に車が発進した。目で見ることのできない車窓からの景色。きっとスピードは出ているのに暗闇は永遠に続く、窓の方向に顔を向けても、何も見えない。急に何かを感じた。今までと違う感覚。車は急に左折した。その後、車は大きく揺れながら先に進み、停車した。
「最後、砂利道でビックリしたでしょう。ごめんなさいね。さあ、学校に到着しましたよ。」
そうか。この感覚は高校が近いって感覚なんだ。車から降りるといろんなところから聞こえる新入生の喋り声。私は大きく深呼吸をしながら肩を上下させ、緊張を抑えるように、友江おばちゃんにひかれて玄関に向かった。校舎の中はさらに人がたくさんいるようだ。さっきとは比べられないほどたくさんの声で包まれている。その声はエコーのかかったように私の頭の中を駆け巡った。これからの不安を更に煽るように聞こえた。どうやら、教室は二階の一番端っこらしい。ゆっくり階段を上がる。どんどん邪魔なように生徒が抜かしていく感覚が私の足元から伝わった。それと同時に不思議そうに見つめる複数人の視線も同時に感じた。やっとの思いで階段を登り切った。ゆっくり、一歩ずつ、着実に足を進めた。なぜか緊張なのか、私の足音しか聞こえない。いろんな視線をこの暗闇から感じるのに私一人のようにポツンと取り残されたようにj感じた。気づけば教室の目の前に到着しているようだった。友江おばちゃんから白杖を貰い、教室に踏み入れた。そこは、誰も話さない。空気すら無いように感じるほど重く、緊張が伝わる教室だった。しかし私が入ると、数人がヒソヒソ話を始めたようだ。そんなものは日常茶飯事だった。気にも留めない。私の机は教室前入口から二列目の一番前だった。一番入口からアクセスしやすい席で、席には点字で私の名前シールが貼られていた。周りの生徒は居るのだろうか。私を見ているのだろうか。性別は何なんだろうか。全てがわからなくなるのは、昨日想像済みだったが、あまりにも緊張で私一人では制御不能だった。そんなドキドキな時に担任の先生が入室してきた。
「皆さん。おはようございます。今年このクラスの担任の鈴木章介です。まあ、細かい話は後にして、入学式の説明をしますね」
先生は、多分若い先生だ。声が幼く聞こえる。これから始まる学校生活。きっとこの学校に気の休まる場所は存在しない。全くわからない場所でサバイバル生活をする気分だった。
入学式はもうすぐらしい。私はクラスの列最後に市役所職員の引率で動く。ガラガラと扉の開く音。吹奏楽部の演奏と共に列が動いたようだ。職員の腕につかまり、ゆっくり前進した。ある場所を境に、急に開けた感覚がわかった。きっと体育館なはずだ。音が遠くの場所まで行って跳ね返ってくる音がする。私の足音も全く聞こえなくなった。
席に座ると、冷ややかな視線を背中に感じた。
正解なんてない、未来。私は見えない世界と、見えない未来と戦っていく。一生。
続く。。。
こんにちは。鈴木湊です。
前回、中学校卒業記念として「僕と僕」を投稿しました。見ていただけましたでしょうか?
もしまだの方がいらっしゃれば、ぜひお時間の許す限りお読みいただけると幸いです。
「僕と僕」は小説イベントスタッフの方からコメントを頂きました。それは大いに嬉しく、これからの作品作りの参考になりました。この場所を借りて、感謝申し上げます。
そして今回、「black world」の連載がスタートしました。投稿頻度はとても遅くなると思われますが、ご了承下さい。
盲目の方を地元の駅でよく見かけます。その時にもし同世代で盲目の少女がいたならどんな心境なんだろう。と思い執筆に至りました。もちろん私自身は見えてるため心の中はわかりません。私のわかる範囲や、地元の盲目の方を支える団体に少しお話を聞かせてもらう機会もあり、しっかりとした取材の末、今回の作品を投稿できました。私のモットーは『本物の小説家になりきる』ですので、取材もこのあとがきも少し偉そうに書き込みます(笑)
長い期間で少しづつ作品を完成させれるといいなと思います。
これからも鈴木湊の作品をよろしくお願いします。