水の試練?
今回は、いつもより多めの3000字近くあります。
「コン。おいで!」
「こゃーん!」
ポテトたちと遊んでいたコンは、俺の言葉に反応して振り向くと、俺の方目掛けて走ってくる。俺のすぐ近くまで来ると、コンは俺の身体を駆け上がり、いつもの定位置である頭の上に落ち着いたのだ。
俺は、頭の上にいるコンをやさしく撫でながらも先ほどリーゼとディーちゃんから聞いたことをコンに伝えていく。
「コン、一つ目の素材を譲ってもらう為にもお前の力を貸してくれないか?」
「こゃ!」
コンは、勿論だとばかりに鳴くと、俺の頭をペチペチと叩き始めたのだ。その様子は、早くディーちゃんの所に行こうよ、と言わんばかりである。
「コ、コン。そんな急がなくても大丈夫だから。ちょっと落ち着いて」
「こゃぁ……」
コンは、俺の言葉に納得したようで、ペチペチと叩いていた動きが止まったのだ。
俺は、コンが落ち着いたようであることに一安心すると、リーゼの方へと振り返る。
「リーゼ。一つ確認したいんだけど、このままディーちゃんの元へと行ったらいいのかな?」
「はい、そうですね。最初にディーネと出会ったときと同じように湖の方にいますから、そちらに行っていただければ大丈夫ですよ」
「わかったよ。ありがとうリーゼ」
「ユーゴさん。すみませんがよろしくお願いします」
リーゼが俺たちに向かって頭を下げるのを見送った後、俺たちは、ディーちゃんがいるであろう湖の方へと向かっていったのだ。
俺たちが湖までたどり着くと、その湖の上には、目を閉じて何か祈るようなポーズをとったディーちゃんがいた。そんな彼女の姿は、先ほどまで俺たちと話していたようなどこか親しみやすい雰囲気はなく、むしろ声をかけることさえ憚られるような神聖さが感じられるのである。
「ユーゴくん? そんなぼーっとしてどうしたの?」
「えっ?」
俺は、ディーちゃんに声をかけられて初めて気が付いたのだが、どうやら神聖なディーちゃんの姿に見惚れていたようなのだ。そんな彼女の神聖さは、今はなりを潜めていて、それまでの親しみやすい雰囲気に戻っている。
「こゃ……!」
コンは、ようやく正気に戻ったか、と言わんばかりに鳴くと俺の顔をペロペロと舐め始めた。どうやらコンも俺がぼーっとしている間、どうにかして戻そうとしてくれていたようなのだ。
「コン、ありがとうな!」
「こゃ!」
俺は、肩の上にいるコンの頭を何度か撫でると、改めてディーちゃんの方へと振り向いた。
「ディーちゃん。コンも連れてきて、準備ができたから、さっき言ってた条件の方始めてもらってもいいかな?」
「ふふっ。いいわよ。それじゃあ、さっそく始めましょうか」
ディーちゃんは、俺たちに微笑みかけると、指をパチンと鳴らす。その瞬間、湖の水は、龍のような姿になって動き始めたのだ。
「ユーゴくん。目の前にいるその子に乗ってくれるかしら?」
「この龍にですか?」
「ええ。そうよ」
湖の水でできた龍……水龍は、いつの間にか俺たちの前に来ていたようで、乗りやすいような形で待機してくれていたのだ。
俺は少しだけためらったものの、思い切って水龍の背中へと乗っていく。
「なんだろう。なんかすごく不思議な感覚だ……。ひんやりとしてて、固いわけじゃないけど、しっかりとした身体で……って、うわぁ!」
俺が、水龍の身体をぺたぺたと触ってその不思議な感触を確かめていると、突然水龍は、動き始めたのだ。水龍は、一度その場でくるりと回ると、そのままディーちゃんの元まで向かっていく。
「リヴァちゃん。ありがとう!」
ディーちゃんは、目の前まで来た水龍の頭を撫でると、再び指をパチンと鳴らす。そうすると、今度はディーちゃんを含めて俺たちを取り囲むかのように水の柱のようなものが次々と出てきて、水のドームのようなものに俺たちは閉じ込められてしまったのだ。ちなみに、このドームの外の様子は全く見えないようになっている。
「ユーゴくん。ごめんね……。どうしても誰にも見られないような状態でやる必要があったんだ。それが精霊ウンディーネの名のもとに置いて行われる水の試練なのよ」
「えっ? 試練? それは聞いてないんだけど……」
「ふふっ、大丈夫よ。試練とは名ばかりで、さっきユーゴくんに伝えた内容しかしないからね」
ディーちゃんは、どこか妖しい笑顔を浮かべていたのだ。
俺は、そんな彼女の姿に得体のしれない怖さのようなものを感じて、思わず腰が引けてしまう。自分でもよくわからないが、すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られているのだ。とはいえ、周りは水のドームに囲まれて、且つ自分は今水龍に乗っている状態で、どこにも逃げられる場所はない。そのことが余計に俺の不安を募らせているのだ。
「こゃあ!」
「ぶほっ!」
俺が、よくわからない不安でいっぱいになっていると、突然俺の顔にやわらかくて、とてももふもふした物が当たる。俺は、自分の顔に当たった物がなんだろうと思い、それを手にとって確認してみると、それはコンの尻尾であった。
「コン?」
「こゃーん!!」
コンにしては、珍しく強い口調で俺に鳴く。それはまるで、自分を見失うんじゃない! と、俺の心の底まで届かせようとした強い叫びのようであった。そんなコンの強い想いが、俺の身体へと浸みわたっていき、先ほどまで感じていた得体のしれない不安がいつの間にか俺の中から消え去っていたのだ。
「すまないコン。ありがとう!」
俺は、コンの頭を優しく撫でてお礼を言うと、改めてディーちゃんの方を真正面から見つめる。今度は、コンのおかげもあってか不安や怖さと言う物は自分の中に出てこない。
「ふふっ。思った以上に……、見ていた以上に、ユーゴくんとコンちゃんの絆は強いものだったんだね。……本当によかった」
ディーちゃんは、少しの間、満面の笑みを浮かべながら、俺たちの方を見つめた後、両手を広げて俺たちの方に差し出してきたのだ。
「それじゃあ、ユーゴくん。さっそく始めましょう。まずは、コンちゃんから見させてもらうわね」
「わかりました。……コン!」
俺は、肩の上に乗っているコンに声をかけると、俺に向かってコクリと頷いた後、ディーちゃんの手の方へと飛び移っていく。ディーちゃんは、そんなコンを優しく抱きかかえると、時折その身体を撫でながらもいろんな角度からコンのことを見ていっているようだ。
「……うん。毛並みもよく整えられていて、とっても大事にされているのが分かるね。それに、さっき見ていた時もそうだったけど、この子もユーゴくんのことをすごく信頼してるのが伝わってくるよ」
ディーちゃんは、笑顔を見せながらうんうんと頷くと、俺の方にコンを渡してきたのだ。俺がそのまま受け取ると、コンは俺の肩から頭の上へと駆け上がっていく。
「コンちゃんの方はオッケーよ。次は、ユーゴくんの番だけど大丈夫かしら?」
俺は、ディーちゃんの問いかけにすぐには答えず、一度ゆっくりと深呼吸をすると口を開いたのだ。
「いつでも大丈夫ですよ」
「ふふっ。良い返事ね」
ディーちゃんは、にっこりと俺に微笑みかけると一拍置いて再び口を開いていく。
「ユーゴくん。もしあなたなら、争いは決して無くならないけどコンちゃんのようなもふもふたちとの共存する世界か、もふもふたちがいないけど決して争いの起こらない人間たちの世界ならどちらを選ぶかしら?」




