湖の精霊
湖の中から全身が淡い青色で女性のような姿をした人? が現れると、彼女は目を閉じたまま俺たちの方に向けて両手を差し出してきたのだ。
「あなた方が落とされたのは、私の右手にあるラブリーチャーミングなハリリンですか? それとも私の左手にあるラブリーキュートなミミリスですか?」
「えっ? ええーっ!! 湖からなんか出てきたー!?」
俺は、目の前の出来事に思わず声をあげてしまう。確かに、リーゼが何かを湖の中に投げ入れたときから何かしらは、出てくるだろうとは思っていたのだが、まさかそれが女性の姿をした人のようなものが出てくるとは思わなかったのだ。
「ユーゴさん!」
驚きのあまりぼーっとしてしまっていた俺の耳に、横にいるリーゼの声が聞こえてきたことで、俺は正気を取り戻す。リーゼは、どこか心配そうな顔で俺の方を見ていたのだ。
「リーゼ、ありがとう!」
リーゼへの申し訳なさでいっぱいだった俺は、これ以上リーゼに心配をかけない為にも、大丈夫だという意味も込めて笑いかける。そんな俺の様子を見てか、リーゼはひとまず安心したようであった。
気を取り直して、俺は改めて目の前の女性が差し出している手の方を見てみる。
その右手には、ハリリンと呼ばれたハリネズミによく似た生き物、左手には、ミミリスと呼ばれたリスによく似た生き物が、それぞれ座っていた。ハリネズミの方は、背中のハリをたてていて、おそらく俺たちを警戒しているのだろう。その一方で、リスの方は、自慢のふさふさした尻尾を左右に振りながら、俺とリーゼの顔を交互に見ている。もしかしたら、警戒心より好奇心の方が勝ったのかもしれない。
「途中で変な言葉が聞こえてきた気がするけど、確かどっちを落としたかってこの女性言ってたよなぁ」
勿論俺には、あのもふもふたちをこの湖に落とした覚えなんてないし、何かを投げ入れたリーゼもそんな非道なことをするはずがないだろう。結論としては、どちらでもないということになる。だとすればあのもふもふたちは一体どこから持ってこられたのだろうか。それはともかく、差し出されている手がプルプルし始めた気がするので、早く答えてあげよう。
「えっと、どちらの子も落とした覚えはないですね。そんなかわいそうなことできないですよ。あと、できればその子達をもといた場所に戻してあげてほしいです!」
俺の答えを聞いた青い女性は、ゆっくりと目を開けると優しいまなざしで俺の方を見つめてくる。とても綺麗な澄んだ目をしていて、なんだか俺の心のうちまで見透かされているように俺は感じるのだ。
時間にして三秒にも満たないほどの短い時間が経つと、青い女性は、にっこりと俺に笑いかけたのだ。
「あなたは、正直者でとても綺麗な心をお持ちですね。えぇ、あなたの言う通りこの子たちは、後でしっかりと元の場所に戻しておきましょう。それでは、そんな優しくて正直者のあなたには、私のお……」
「ディーネ! もう、いつまでふざけてるの?」
目の前の女性の言葉を遮って、リーゼの怒っているような声が聞こえてきたのだ。俺は、思わずリーゼの方へと顔を向ける。リーゼは、いかにも怒っていますといった感じで、ディーネと呼ばれた女性を見ているのだが、ちっとも怖くないどころか正直すごく可愛い感じだ。
「おや? リーゼ、何をそんなに怒っているんですか?」
「ディーネ!」
「もう……、わかったってば~」
リーゼの猛烈な勢いにやられてしまった青い女性は、ため息をついてげんなりした表情を見せたかとおもうとすぐににかっと笑ったのだ。
「ふふっ、はじめまして。私は、この湖の精霊のウンディーネよ。呼ぶときは、親しみを込めてディーちゃんって呼んでね☆」
「えっ? あっ、はい。こちらこそはじめましてユーゴです。肩の上にいるのが相棒のコン。よろしくディーちゃん?」
「こゃ!」
コンは、ディーちゃんと彼女の手の上にいるもふもふたちが気になっているようで、尻尾をぶんぶんと振りながら彼女たちの方を見ている。
「ほわぁ、狐ちゃん! かぁいいよぉ~」
ディーちゃんは、うっとりとした様子でコンの方を見つめている。そんな彼女の瞳には、おそらく俺の姿はもう映っていないのだろう。
「なんか最初の時と全然違うような……」
俺は、ディーちゃんの豹変っぷりに戸惑いを隠せないでいたのだ。時折はぁはぁ、という声を漏らしながらコンを見続ける彼女が正直ちょっと怖い。コンも俺と同じことを思っていたのか、俺の服の中へと逃げていったのだ。
「ユーゴさん、コンちゃん。ごめんなさいです。まずは、ディーネを落ち着けますね!」
リーゼは、そんな俺たちを見てかものすごく申し訳なさそうな顔をして頭を下げると、彼女が持っていたかばんの中から何やら杖のようなものを取り出したのだ。
「ポテト、クルミ。ちょっとそこから逃げといてね」
リーゼが、ハリリンとミミリスに向かって声をかけると、もふもふたちは一斉にディーちゃんの手から飛び降りて、リーゼの近くにいるスラちゃんのところまで向かっていく。リーゼは、彼らがディーちゃんのもとからいなくなったのを見送ると、思いっきり杖を振りかぶり、彼女の頭に振り下ろしたのだ。
「いったーい!」
ディーちゃんは、叩かれた頭を抱えて涙目になっていたのだ。ただ、彼女の声はそこまで深刻そうな感じではなかったので、おそらく大丈夫なのだろう。ディーちゃんの頭にリーゼの杖が当たった瞬間に、杖から炎が出ていたり、電気が流れていたように見えたのは、きっと俺の気のせいのはずだ。
「ディーネ。そろそろ真面目にしてくださいね」
「リーゼ、ごめんってばー。だからそんな怖い笑顔で見ないでって……わぁー、ごめんなさい。真面目にやります」
リーゼが笑顔で、杖を持ちながらディーちゃんに一歩ずつ近づいていくと、彼女は慌てて謝りたおしたのであった。
ディーネの手に乗っていたハリリンの名前がポテト、ミミリスの名前がクルミです。
 




