黒い鈴
「えっ?リリア……さん?」
俺は、あまりにも違うリリアさんの雰囲気にとまどってしまったのだ。言葉づかいこそ、いつもとほとんど変わらないのだが、彼女の纏う雰囲気がとても冷たい。
結局のところ、俺は、彼女の言葉通りに動くことができず、ただその場に立ちつくすことしかできなかったのだ。
リリアさんは、俺がそんな状態であるにも関わらず、特に何かを言う様子はない。ただ黙って、黒い鈴の方を見ている。おそらくではあるが、今の彼女には、それ以外何も見えていないのだろう。
「リリアさんどうしたんだろう?」
俺は、リリアさんを横から見つめる。本来であれば、彼女に言われたことを優先してやるべきなのだが、そちらに集中できないほどに俺は、彼女のことが気がかりなのだ。一歩間違えてしまえば、とんでもない無茶をしでかしそうな、そんな雰囲気を感じる。
「こゃー……」
コンもどこか心配そうにリリアさんの方を見ている。どうやら彼女の変化を感じ取っているようだ。
コンは、少しの間じっと彼女の方を見ていたが、何か意を決したのか、こちらへと振り返り、俺の目をじーっと見てくる。俺は、そんなコンに対して頷いて見せる。すると、コンも俺に頷き返すと、一気にリリアさんの肩の上まで飛び乗っていったのだ。
「こゃーん!」
コンは、リリアさんの肩の上で一鳴きすると、リリアさんの顔めがけて自身のもふもふな尻尾を叩きつけた。
「へぷっ!」
リリアさんは、素っ頓狂な声をあげると、顔の前にあるものをどかそうとして、つかみにかかる。しかし、コンは、リリアさんの手につかまれる前にひらりとかわしていったので、彼女の手は空振りに終わってしまった。
「あれ?おかしいっすね。何かやわらかいものに当たったような……」
リリアさんは、不思議そうな顔で目の前の何もつかんでいない手を見ている。
コンは、そんな彼女の目の前に再びひょこっと尻尾を出して、左右に振りはじめた。
「えっ?もふもふ?なんで……というかコンちゃんじゃないっすか」
「こゃーん」
コンは、その存在をリリアさんに気付いてもらうと、嬉しそうに彼女の顔をペロペロとなめ始めた。リリアさんは、少し戸惑いながらもくすぐったそうにしている。そんな彼女の雰囲気は、先ほどまでの冷たいような印象がまるでない。
「よし、コン。よくやってくれた!」
俺は、心の中でガッツポーズを取る。なんとかリリアさんを元の雰囲気に戻すことができたようで本当に良かった。とはいえ、俺の中で完全にリリアさんの心配が尽きたわけではない。確認の意味も込めて俺は彼女に声をかける。
「リリアさん!その……大丈夫?」
「えっ?ユーゴさん?」
リリアさんは驚いたような顔で、俺を見る。しかし、すぐにハッとなったようで何かに気づいたようだ。
彼女は、申し訳なそうな顔で、俺にぺこりと頭を下げる。
「ユーゴさん、すみません。どうやらアレに気を取られてたみたいっすね。聞きたいことはあると思うっすけど、ひとまずあの子を魔法のかばんにいれるっすよ」
「よかった……。いつものリリアさんに戻ってくれて本当によかったよ。それだけで大丈夫だよ。それとリリアさん、ごめん。黒モヤボアアンと戦ってた時に魔法のかばんを落としたみたいで……」
「ユーゴさん、ありがとうっす。それと魔法のかばんは、拾って、私が乗ってきたボアアンに運んでもらってるっすからそっちに取りに行くっすよ」
どうやら、俺が落としたと思っていた魔法のかばんは、リリアさんが拾ってくれていたようだ。
俺は、リリアさんに続いて、彼女が乗ってきた通常種のボアアンの方へと向かっていく。幸いなことに、すぐ近くに通常種のボアアンはいたので、さっそく魔法のかばんを回収したのだ。
「ユーゴさん。頭の方から順番に入れていくっすよ。ひとまずかばんの口を開けて、頭を持ち上げて中に入れてもらっていいっすか?」
「持ち上がるかわからないけど、とりあえずやってみるよ」
俺は、リリアさんに返事を返すと彼女の言葉通りにひとまずかばんの口を開ける。次に黒モヤボアアンの頭を持ち上げてみる。
「重い……。けど、持ちあげられないほどではないかな」
俺は、そのまま持ちあげた頭を魔法のかばんの口の中にいれていった。全部入ったわけではないが、とりあえず目元が隠れるぐらいまで入った段階でいったんストップする。
「リリアさん、とりあえず目元ぐらいまで入ったよ」
「それじゃあ、ユーゴさん。私のいるこの子のお尻側まで来てください。一気に押し込むっすよ」
俺はリリアさんに言われた通りに、黒モヤボアアンのお尻側まで来ると、彼女と一緒に持ちあげる。さっき一人で持ってた時と違い、なんだかとても軽く感じるのだ。
そこからは、とてつもなく早かった。リリアさんと共にあっという間に黒モヤボアアンを押し込み、魔法のかばんに入れきったのだ。
「ユーゴさんお疲れ様っす」
「リリアさんもお疲れ様」
俺たちは、お互いに労いの言葉をかける。
俺が思っていたより、サクサクと進んでいったまではよかったが、さすがに体力的にきつい。怪我は治っているものの、体力は全く回復していないのだ。俺は、そのまま地面に倒れ込む。
先ほどまで不思議そうに魔法のかばんを見ていたコンは、俺の顔元まで来るとそのままペロペロとなめ始めた。
「ユーゴさん、やっぱり回復に専念してください。お話はいつでもできるっすから」
リリアさんは、心配そうに俺の方を見ながら、提案する。
しかし、俺はそれに頭を横に振る。なんとはなしに、今それを聞かないといけない気がするのだ。
「リリアさん、こんな格好で悪いけど、今聞かせてほしいんだ」
「わかったっすよ。できるだけ手短に済ませるっすね。あの黒い鈴っすけど、簡単に言うと魔物を暴走させるための装置っす」
リリアさんは、そう話し始めたのであった。




