夜風と梟と
硬い寝台の上で、うとうとしていたロイは、自分を呼ぶ主の大声で目が覚めた。
「ロイ! ロイ! ロイはおらぬか!」
その声はまさしくロイの主、カルナード卿のもの。
ロイは跳ね起きる。
「はい、ただいま参ります!」
大声を上げ、急いで衣服を着替えると、少々乱暴に扉を開けるなり、転がるように部屋を飛び出す。
「今行きます、カルナード卿!」
声は玄関前のホールから聞こえてくる。
ロイは足をもつらせながら、カルナード卿のもとへと走りこむ。
「遅いぞロイ!」
そこには声の主、豊かな髭をたくわえた貴族、カルナード卿が無骨な大剣を持って立っていた。そして卿に隠れるようにルーナの姿もある。ロイ以外の騎士見習いの姿も見える。
ロイはあらかた周囲を見渡すと勢ぞろいの皆を見て恐縮し、
「遅れまして申し訳ありませんカルナード卿!」と頭を下げた。
「まあ良い。ロイ。全ては娘から聞いた」
「はい」
「ロイよ。この剣と金をくれてやろう。元々お前のために、と思って作らせていた大剣だ。今までの労に報いての餞別だと思え。それを持って出て行け。今すぐにだ」
「え?」聞き間違いかと呆けたロイに、
「貴様には呆れ果てた。黙ってこの屋敷から出て行け。そして二度と娘に近づくな」
「ぇ? え?」
「目障りだ! 消え失せろ! 誰が娘をお前などに嫁がせるものか! 身の程を知れ!!」
「ちょ、カルナード卿! ぁ、……お嬢様! ルーナお嬢様!?」
ルーナはカルナード卿の後ろに隠れ、時折顔を出して覗いていたが、
「あなたなんて知りません」と、その頭さえ隠してしまった。
「そんな、助けてくださいルーナお嬢様! カルナード卿、いったいこれは何なのですか! なにかの間違いです! どうかお慈悲を!!」
「娘に声を掛けるな! ええい、お前たち、この男を叩き出せ!」
騎士見習いらがロイを包囲するや、腕、脚とそれぞれの両脇から担ぎ上げられ、文字通り瞬く間に屋敷の外に追い出されてしまう。ロイが反論する間もなく、扉は容赦なく閉められる。
「カルナード卿! ルーナお嬢様!」
したたかに腰を打ち、痛みに耐えながらも叫ぶロイの声に、扉がわずかに開けられ、大剣と皮袋が投げつけられる。それは頭に当たり、裂けたのであろう。一筋の血が額を伝って頭から流れてくる。同時に、皮袋からはチャリンと情けない音が鳴った。
「カルナード……」
扉が音を立てて閉まった。続けて閂を掛ける重い音が追い討ちする。
ロイの頭の中が白くなる。
昼下がりのルーナお嬢様の微笑みと、先ほどの虚ろで冷たい表情の落差が信じられない。カルナード卿の怒りも信じられない。ロイは騎士見習いとして失敗などしていないはずだった。剣術、槍術、馬術、騎士としての身の振る舞い、そして婦女子への献身。
どれをとってもおかしな事はしていない。
カルナード卿や、ルーナお嬢様や、他の騎士見習いのみんなとも特に問題なく、そして節度を保って接していたはずなのだ。おかしい。絶対におかしい。流れる血を無視してロイは扉を叩く。
「カルナード卿! ルーナお嬢様!! 直すべき点は直します! どうか仰って下さい! どうかこのロイにお慈悲を!!」
ロイは繰り返したが、夜の寒気と静けさがロイを突き放す。
「カルナード卿、ルーナお嬢様……どうして……」
ロイは剣を手に取る。大きさにしては重い。鞘から抜くと、どこにでも転がっていそうな駄剣、鈍らな剣だとわかる。両刃の大剣。ロイは両手で柄を持つや、腰を落とし次の瞬間前に打ち出す。そして上に跳ね上げ大上段から振り下ろす。
「一、二、三!」
剣を振り上げ、振り下ろし、腰を落として突進する。
「四、五!!」
重さ、手応え。どれをとっても業物には程遠い。カルナード卿はロイのために用意してくれていたと言う。でも、こんな使えない剣を用意していたのだと思うと、ロイはそこまで煙たがられていた事実に涙した。
「カルナード卿……俺はどうして俺は追い出されなくてはならないのですか!」
ロイは皮袋の中身を調べる。金貨だ。二枚の金貨が入っていた。金貨の表には国王の刻印、裏には王国の紋章が刻印されている。
「王国金貨がたったの二枚……」
金貨二枚。王国金貨二枚では一般に流通している交易金貨で一枚分の値打ちにしかならない。これで、どう生きろと言うのか。
「俺が悪いのですかカルナード卿。そしてルーナお嬢様! 俺はあなたにいったい何をしたというのです!!」
ロイの問いに答える者はいない。ただ、フクロウの鳴き声だけが夜闇に響いていた。