桜とお茶会
花満開の春、チチチとシラコバトが庭の桜に見える頃、ロイはお嬢様のお茶に付き合っていた。
お嬢様とはルーナ=アウフ=カルナード。ここ、ロイが騎士見習いとして預けられている貴族位を持つカルナード卿のご息女である。
流れる蜂蜜のような黄金の髪と、空よりも深い青の目を持つ少女は、今日も無邪気に薬草茶を嗜んでいるのだ。
「ねぇロイ、聞いて頂けます?」
温かな風が吹き、二人の間を通り抜けてゆく。金髪が風で流れた。そんな彼女の視線は今日、傍らに控えるロイへと注がれている。
「私にできますことであれば」直立不動でロイは答える。そんなロイにルーナは頬を膨らませ、
「もう! またそんな言い方をするのね! ロイは私の味方なんでしょう?」と、いつもの態度を見せる。
だから、ロイもいつものように答えて、
「はい。私はカルナード家に属する騎士見習いでございます」と内心を隠したが、ロイにはそれが成功したのかどうかがわからない。
ただ、ロイがルーナから視線を外すと、
「ほらまた。ロイは、そんなに私の相手をするのが嫌なのかしら」
図星かもしれない。ロイは血液が顔に集まるのを感じ。
だから直ぐに打ち消す嘘を重ねるために口を開いて。
「いえ、滅相も無い! そんなことは思ってもおりません!」
「嘘。嘘よ。ロイは私の事なんて本当にどうでも良いと思っているんだわ」ルーナは器を手にプイと横を向く。
失敗だ、機嫌を損ねてしまったようだと、ロイは結論づける。
「ロイは真面目ですものね。不出来な私などとは口も利きたくないんでしょう」
「そんなことはありません、お嬢様」
詫びを入れるも、ルーナはあちらを向いたまま。
こうなってはルーナが強い。こん比べにはほとほとまずい。ロイの負けはほぼ確定と言っても良いだろう。
「ルーナ」ルーナは口調も荒く、自分の名を口にする。
「はい?」ロイには何がなんだかわからない。
「ルーナと呼びなさい」
「いや、しかしお嬢様」
「ルーナ!」再度の要求がロイに突きつけられる。ルーナは自分のことを呼び捨てにしろと言っているのだ。
「お許しを、お嬢様」しかしロイにはこれが限界だった。ロイはこの家に仕える身。一線を越えるわけにはいかない。
「だからルーナ!」
「お許しを、ルーナお嬢様」
「ルーナお嬢様、ね」ルーナの口調が若干和らぐ。
「はい、ルーナお嬢様」
「まあ良いでしょうロイ」
許可が出た。ロイはほっと胸をなでおろす。
ルーナの無茶振りには慣れているとはいうものの、今日のこれには参った。
ロイがルーナから視線を逸らし、ため息を隠れて吐いたとき、
「それにしてもロイ、あなたって素敵ね。凛々《りり》しいし、剣の腕前も良いし。お父様がこの前もあなたの事を褒めていたわ」ルーナはロイを見つめて言い放つ。
「な、何を言ってらっしゃるのですルーナお嬢様。私など、まだまだですよ」
事実だった。ロイは剣と槍、基礎の基礎を知っているだけに過ぎない。
「決めたわ」
「はい?」
何を決めたというのだろう。ロイは不安に襲われる。
「まだ騎士見習いだけど、早く騎士になってくれないかしら」
「お戯れを、お嬢様」
そうとも。そんな特例があるものか。
「そうだ、いい事を思いついたわ! お父様に頼んでみましょう!」
「なっ!? ルーナお嬢様!?」
ロイは十五才。一般の騎士級三人か、高位の貴族の意向ならばそれは可能だろうと思われた。
そして、ルーナの父は高位の貴族で……。
「私が頼みさえすれば、お父様ならきっとロイを騎士にしてくれるはず! そして私とロイはめでたく結ばれるの!」
「えっ!?」ロイは耳を疑う。
「うんうん、待っていてね、ロイ!」
余りの事についていけない。今、ルーナお嬢様はなんと言っただろうか。ロイの思考はクルクル回る。
「ああ、早くお父様が館に帰って来ないかしら!」
ルーナはカップを卓に置き、立ち上がっては桜めがけて走る。
くるりと回ってロイに視線を投げかけ、彼女の金髪も遅れてくるりと回る。
「ね? ロイ、いい考えでしょう?」
よいはずもない! しかしロイは知っている。
ルーナは必ずカルナード卿に伝えてしまうだろう。それは吉と出るか凶と出るか。それは誰にもわからない。
ただ、ロイはルーナの笑顔を目にしたとたん、これは駄目だと諦めたのか、瞑った眼に指を当てて俯いた。