続・勝利の宴
エクスは呪いの言葉を吐き出した。
「エクス。あんたの肉、筋があるんじゃないの? そんな事すら見抜けないなんて、あんた本当に<塔>出身の魔導士?」
「あ!? おいエルフの雌ガキ、お前、俺に喧嘩売ってんのか? あ!? しかしまぁ、俺だけハズレ肉かよ!」
エクスは噛むのを止め、肉を皿に置く。
「食べないのなら、あたいに頂戴」
アリーナの手が肉へと伸びる。
「誰がお前なんかにやるかっての!」
「このアマ! そんな事だからいつまでたっても大事なところに肉がつかねぇんだよ!」
「仕方ないでしょ、あたいは人間とは違うんだから!」
「せいぜいたらふく食って、贅肉を増やすんだな!」
「残念、いくら食べても太らないから」
アリーナのエクスに対する暴言が炸裂し、ついに本格的な口喧嘩を始めた。ロイは知らない振りをする。今日は久しぶりのご馳走だ。それに今日はゆっくり食事をできるのだ。そんなときは、口喧しい連中など放っておくのが一番なのだから。
ロイは肉にかぶりつく。ガラムズの褒め言葉は真実だった。エクスには悪いがロイの肉には筋が無い。それにガラムズの感想どおり、なかなかこんな味には出会えない。
噛み締めるたびに濃厚な旨みが口の中に広がる。葡萄酒の蜂蜜割りを少し流し込む。嚥下。旨みと甘みが絡み合い、なんとも変えがたい幸福感で包まれた肉と酒が喉元を通り過ぎてゆく。実に美味い。
ロイは白パンをシチューにつけて齧る、鉱妖精の幸福そうな顔を見た。目が合う。ガラムズは髭面をクシャクシャにしかめてロイに疑問を口にする。
「しかしロイよ、食事にこんな金をかけて大丈夫かの?」
「皆さんのおかげで装備も整ってきましたし、このあたりで少し休憩をしても良いと思うんです」
ガラムズの言うとおりだった。今のところ、懐事情はとても明るい。四本腕の山羊頭、あの赤い悪魔を倒せるようになってからというもの、何とか切り抜けられている。
「ま、リーダーの言うことだ。勝手によろしくやってくれるさ」
「え? エクスさん?」
ロイはエクスをまじまじと見る。エクスはロイから視線を逸らし、黒髪を指先で弄っていた。
「あたいもエクスに賛成」
「え? アリーナ?」
今の今までエクスと喧嘩をしていたくせに、アリーナはエクスの肩を持つ。
「期待してるぜ、隊長さんよ」
「アリーナにエクスさん、俺ってそんなに隊長に向いてますか?」
ロイの発言に食卓がどっと沸いた。
「これだもんな」と、エクス。
「まぁエクスよ、お前さんには無理じゃろうな」
「同感」
ガラムズとアリーナの意見が珍しく一致した。
「ロイ以外に隊長に向いているやつなんているかっての!」
「そうそう! 今までロイが隊長だったからこそ、この隊はやって来れたんだから!」
「そうなのかな?」ロイは恐る恐る聞き返す。
「当たり前じゃない!」と、アリーナから絶賛されえた。
そしてアリーナは、なにやら呟き始める。
「そうねぇ、少なくともエクスは隊長なんて向いていないわね、うん無理。無理無理。断言できるわ、ホントこれ」
アリーナの毒舌は止まらない。彼女は長い耳先を抓みながら口にする。
「畜生め! ちょっと表に出ろアリーナ! このエクス様が直々に、しっかりと人間の社会と言うものについて教育してやる! この盗賊娘が!!」
「ちょっと、せめて全部食べてからにしてよね。それにあたいはおしめをとる前から人間の街で暮らしてるの。残念ね。あんた以上に下町の掟って奴を知ってるんだから!」
罵り合いが再開された。ロイは知らない振りをする。
だけど隊長の適格者は自分だけ。ロイはそう考えると、体のあちこちがむず痒くなってくる。
ロイは好きで隊長をやっている訳ではなかったが、みんなロイのことを評価してくれていたのだ。彼はその好意を嬉しく思った。
ロイは白パンをシチューに浸しながら、甘い食感とともに思考の海に沈んでいたのだが、
「あー、ロイさん? あのですね、ここで喧嘩はダメですよ? お二人を止めてくださいね?」
声を掛けてきたのは金髪碧眼の看板娘、カレンだった。
有無を言わせぬ雰囲気がそこにはある。
「さ、お早く」
促すカレン。ロイは椅子から立ち上がると、再度口を開く。
「あのアリーナ、エクスさん、そろそろ言い争いは止めにしませんか?」
しかし返ってくるのは辛辣な声の二重奏。
「あ? 小僧、隊長だかなんだか知らないが、俺はこの小娘に社会の厳しさを教えてやろうとしてるだけなんだ。少し黙ってろ!」
「はん、あたいはこのボケ魔導士に下町の掟を勉強して貰いたくて話してるだけなんだけど!?」
ロイは頭を抱えた。
「あのさ、もうちょっと穏やかに話しませんか?」
「自分に有利な局面ってのはな、なかなか捕まえる事ができないんだ。今は絶好の機会なんだぜ坊主」
「あたいも賛成。有利な機会を生かしてこその駆け引きだと思うけど?」
アリーナの言葉にロイもエクスも目を剥いた。
「あ!? 小娘、えらく自信があるじゃねぇか!」
「そういうあんたこそ、さっさと泣き入れて謝りなさいよ。あたいも鬼じゃないし、許してあげるから」
ロイの頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。
「ねぇカレンさん、今回の件は見逃してくれないかな。どちらも引く様子が無いんだ。かといって俺がなんとかしようとすると、きっと面白くない事が起きるような気がして……これって俺の勘違い?」
「ロイさん、冷めないうちに早く食べてくださいね? ああ、あのお二人の分も食べちゃってください。これだけの豪華な食事、無駄にするのは勿体無いでしょうから」
ロイはアリーナとエクスの皿に残っている料理を平らげる。
アリーナとエクスが息を切らして戻ったとき、食卓の上には何も残ってなかった。アリーナとエクスが昨日の敵は今日の友。ロイの暴挙に対し、二人揃って抗議の声を上げたとかいないとか。
だが酔いの回った二人には、良くわからないまま忘れられていく出来事だった。