帰還
「酒はもう良いわい、夢に出るんじゃ。こやつらの頭を潰さぬ限り、魔王の軍勢は湧いて出る、懐かしきあの王国どころか世界は常に魔物に脅かされるんじゃ。魔王を倒そう。あの迷宮に戻って魔王アスタリーゼを倒すんじゃ! 故郷を、世界を救おうぞ!!」
と、酒を水袋に詰めているロイの横で、同じく酒を袋にたっぷりと詰めていたはずのガラムズ。
「あの飛竜は、北から飛んで来ました。北にあるという、浮遊城なんでしょうか?」
「詳しいことはわからない。ただ、昔<塔>の命知らずが鉱妖精の大隧道を潜りルギア山脈を越えて潜入したときに見たらしい。豚鬼の軍勢と、それを率いる闇妖精、そして天空に浮かぶ浮遊城を」
「おかしな話じゃ。どうやってそのものは帰って皆に伝えることが出来たんじゃ?」
ガラムズが首をひねる。
「転移魔法だよ、帰還するだけの一方通行だけどな。敵の矢が降り注ぐ寸前に転移してきたらしい」
「いずれにせよ、最早魔王を倒すほか、わしらには道はないということじゃろうな」
「完全に目を付けられてるようですからね」
「どうしてこうなったんじゃ?」
ガラムズが素朴な疑問を口にした。
「エクスの故郷を救ってあげたからなんじゃないの?」
「畜生め! だから俺は嫌だったんだ! あんな<塔>、見殺しにしておけば……」
エクスが頭を掻きむしる。
「エクスはオーロラさんがどうなっても良かったんだ?」
「そりゃ、俺だって嫌だけど──って、この糞森妖精、なにを言わせやがる!」
「では、急ぎガストルンに戻りましょう。王様やお妃様が滝の酒を首を長くしてお待ちのはずです」
「そうね、ご病気の王様やお后様が待ってらしゃるものね! ガストルンに一刻も早く帰らなきゃ!」
みな、滝からこぼれる酒を革袋に詰めると、淵をあとにした。
◇
「エクス。<塔>には寄らなくて良いの?」
妖魔の森を出てしばらくして、アリーナが口にした言葉だ。
「良いんだ、昔の、終わった場所なんだ」
と、茂みで音がする。かすかな音だが、それをエクスは聞き逃さない。
「って、妖魔か!? 森からかなり離れははずじゃ──これでもくらえ!」
「闇よ!」
光と闇が合わさり、対消滅する。
「誰だ、って、お前しかいないよな、オーロラ」
「エクス、私、<塔>を辞めて来たの。私にあなたの背中を護らせて」
「いらねえ」
エクスはみもふたもない。
「あなたが咳をしたとき、間も手くれる仲間は多い方が良いと思うのだけれど」
「ロイ、こいつを追い払ってくれ」
「エクスさん……」
「ロイさん、私はあなたの、いえ、あなた方の役に立って見せます。お願いです、私をあなた方の仲間に入れてください!」
「どうする? ロイよ」
「俺は絶対反対」
エクスは強硬だった。
「あたしは、構わないかな」
「わしも、確かにエクスの背中を護る人間がいたほうが良いとおもうのじゃ。青竜との戦いで思い知ったわい」
「俺は反対だからな!」
ロイは思う。確かに手数は多いほうが良い。
「では、多数決で。賛成二、反対一。彼女、オーロラさんを連れて──仲間として連れて行きましょう。では、あらためまして。隊長のロイです。よろしくお願いします」
「ガラムズじゃ」
「アリーナよ」
「……帰るなら今のうちだ、オーロラ」
「エクス。あたしも、あの<塔>には居場所がないの。同じ境遇なんですもの。仲良くしましょ?」
「……」エクスは無言で答える。それは否定か肯定か。それは本人にしかわからない。
◇ ◇ ◇
ガストルン王国。ロイたちは、王国へ帰ってきた。分厚い雲で覆われ、雨がしとしとと降っている。
しかし、酒場の中には太陽が輝いていた。いや、久しぶりに太陽が昇る。
「ろ、ロイさん! それに皆さんも。よくご無事でお帰りになられました! お帰りなさいませ!」
笑顔が弾ける。ここ、"天国の花園"亭の給仕娘、ガストルンの向日葵ことカレンの歓迎であった。
「ここ最近はずっと曇りが続いてまして、長雨の季節でもないのに、嫌な感じなんです」
「光竜騎士団の方は最近、とても入れ替わりが激しくて。それに古株の方も、とても表情が険しいんです」
◇
謁見の間。
ロイたちはその場馴れない空気に圧倒され、言葉も出ずに平伏していた。
「礼を言う。任務、大儀である」
病のせいか、険しい表情の国王。
隣の后もやはり表情険しく。
国王は杯に注いだ滝の酒を后とともに一気に飲み干す。
「いかがですか、陛下」
と、大臣。
「ならん、胸のつかえが癒えぬ」
「なんと……!」
「やはり、やはり我が王国の迷宮、最下層にある生命の泉の水でしか癒えぬのか……! 大臣、迷宮攻略はどうなっておるか!」
病に侵されているとは思えない、王の雷鳴のような怒声が響く。
「地下第七層の入り口付近まで進んでおりまする」
「ずいぶん前の報告でも同じことを聞いた。あれから全く進んでおらぬではないか!」
「申し訳ございませぬ、国王陛下、今しばらくのご猶予を頂きたく……!」
「ええい!」と、国王は大臣に杯を投げつけ、血を流し平伏した大臣に命令する。
「なんとしてでも命の水を手に入れよ、手段は問わぬ。これ、そこの者、"竜殺し"の勇者よ!」
自分の事かと内心重い筒もロイが前に進み出ると、
「汝らにも迷宮の攻略を命ずる。一刻も早く命の水を我が手にもたらすのだ!」
平伏するロイたち。国王らが退室し、起き上がる。
が、そこにはまだ一人の貴人が残っていた。艶やかな黒髪、髪に飾るは清楚な額冠。ガストルン王家には美しい王女がいると聞いたことがあった。ガストルンの黒百合の名で知られる、ソフィア姫である。この姫がそのソフィア姫なのであろうか。
「このたびは大儀。お疲れでしょう。父王もあのようなふるまいで"竜殺し"の勇者ら一行を迎えるなど、無礼にも程があるというもの。伝説の美酒が効能を表さなかったとは言え、その酒は本物、あなた方の苦労も本物。そこで父王の代わりに、わたくしが歓待いたします。どうぞこちらへ」
王女が場を離れると、数名の侍女がロイらを促してくる。ロイらは特に断る理由はなく、それに続いた。
◇
夢のような宮廷料理が並んでいる。
「どのような魔法を使われたのですか? 成竜を滅ぼさず、呪いを解いて解放してみせるなど……!」
ソフィア姫はロイの活躍を聞きたがり、そのたびに話しべたなロイを困らせていた。
「ロイ様、父王の快癒よりも、王国の、ひいては人類のために剣を取ってはいただけませんか? お願い申し上げます。ロイ様、わたくしどもには、もう、ロイ様たちのお力にすがるほか手は無いのです。どうか、魔王の復活を阻止してください。そうでなければ、どうか魔王を討伐して頂きますよう、お願い申し上げます」
「魔王の復活などとんでもない。みんなが笑って過ごせるように、俺は頑張ります」
「これは勇ましい」
「姫様に誓います。俺は姫様の剣となって魔王とその手先を成敗して見せましょう」
「騎士ロイ、そなたの忠義、このソフィアが受け取りました。どうかよろしく励まれますよう」
「一命にかえましても」
「死んではダメです。あなた方は皆の希望なのです」