魔導士と<塔>
ヘンデウムで行商人と別れたのち、一行はオーロラたちの馬車で<塔>へ向かう。
向かった先で、飛竜の群れは、叢雲のように<塔>を取り巻いていた。
「すごい数!」アリーナがそれを指さす。
「手遅れかも、しれません……!」
「諦めてはだめです。諦めたらそこで終わりなんです。<塔>に登って構いませんか、オーロラさん?」
「いったいなにを?」
「決まってます。もちろん、飛竜退治です」
ロイは背中の剣の柄に手をかけた。
「エクスさん、やりましょう!」
「ここまで来ちゃ、仕方ないか。いっっちょうやってやるぜ!」
◇
<塔>は、かつてない未曾有の危機に襲われていた。
風を切っては迫り来る。緑、思ったときには血の赤が飛ぶ。
「伏せろ!」
警告は、間に合わない。
急降下。そして一撃離脱。
血を吸った奴らの足は、犠牲者を抱えては地面に叩きつける。
緑の嵐は腐肉に集る蠅のように群がり来るのだ。これに対し、
「光よ!」
「我に力を!」
光条が飛び、光条が飛ぶ。飛んで外れて光っては外れて、そして、
「これでもくらえ!」光が飛んで、命中、爆発四散し、緑、飛竜はバラバラになって地に墜ちた。
エクスは、
「これでもくらえ!」と光を放ち、飛竜に当てて、四散させる。
飛竜の爪が、ロイを襲う。
ロイは、輝く雑種剣を手に持って飛竜を払う。飛竜は体勢を崩して<塔>の外壁にぶち当たり、地に向かって落下する。
アリーナは身を低くし投擲紐を回す、放つ、翼を引き裂く。
飛竜は錐揉みしながら地面に墜ちてゆく。
ガラムズは歌う、戦いの歌、戦士の歌を。
気のせいか、みんなの心の中に勇気の灯が点る。
エクスは吼える。
「しゃらくせえ、これでもくらいやがれ!!」
幾条もの光がそれぞれに飛竜の元へ飛ぶ。命中爆発、爆散して飛竜は次々と墜ちてゆく。
形勢不利と見て、飛竜は去ろうとするも、
「逃がすか、これでもくらいやがれ! って。ゴホゲホ……っ」と追撃の一手。飛竜は残らず墜ちた。そして、エクスも膝を突く。口に当てた布には、血の赤がついていた。
◇
塔から徒歩で四人はエルデ川の上流を目指して歩く。
「エクスさん、良かったのですか?」
「教授招聘の話だろ? いいんだよ。俺様はすでにガストルン王国の騎士だから、あんな席には興味もない」
「素直じゃないのう」
「そうそう。強がり言っちゃって」
「なんだと!?」
「いいえ別に。せっかく古巣でのんびり出来たかもしれないのに」
「本当に良かったのですか? 皆、エクスさんのことを認めてましたよ? 誰もが賞賛してました。なのに、なぜ?」
「構わないさ。昔のことだ。もう俺は捨てたんだ」
「オーロラさんのことは?」
「それこそ忘れたさ!」
不気味な妖魔の森に踏み入る。赤く奇妙な巨大なキノコと、ねじくれた木々が待っていた。
目指すはただ、エルデ川の源流である。
「そう簡単に吹っ切れるものでもあるまいに。まあ、エクスが決めたことじゃ。わしらがどうこう言うべき話でもないの」
「もう! エクスはこれだから」
◇
「エクスはこれだから!! って、ここは……」
見慣れた<塔>の一室。オーロラに宛がわれた私室だった。
「オーロラ様、お体に触ります。まだ安静にしておかれますよう」
「エクスは?」
「エクス様たち一行は今朝早くに出立なさいました」
オーロラは息を呑む。
「そんな! 一番の功労者をどうしてとめなかったの!」
「だからです。エクスさんは<塔>に居場所などありません。どんなに活躍されようと、どんなに戦功を挙げようと、今の<塔>にはエクスさんの悪口を言う方ばかりです」
「どうして……!」
オーロラは目尻に涙を浮かべる。
「己より優れた者を認めたくないのでしょう。まして、欠点のある者が頂に達しようとしているのであれば、なおさら」
「バカ、バカよ。エクスもみんなも。全部バカ……!」
オーロラの嗚咽、エクスの残り香だけを残して。




