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暗き淵

 昼なお薄暗く、螺子くれだった木々の生え朽ちる闇の森、それがここ、妖魔の森。

 ロイらは地の振動を、奇怪な鳥たちの飛び去る声を、恐るべき獣たちが逃げさる声を聞く。この死に祝福された闇の森に、これほどまでの生命が息づいていようとは。ロイは雑種剣バスタードソードを抜き放ち、次に来るであろう異変に備える。そしてそれはやってきた。

 それは巨人である。身のたけ、約五メルテか。ざっとロイの三倍である。緑と茶の斑に染まった粗末な衣服を身に着け、巨木の棍棒を持ったその姿。

 それは、ロイらを見つけると雄叫びを上げた。空気が振るえ、振動は壁となって襲い来る。跳ね飛ばされそうになるその声に、ロイらは這いつくばって耐えた。

 それはロイの持っている物、きらきら光る雑種剣に興味を示したようで、ロイの背中を持ち、ヒョイ、と摘み上げる。だが、その行動が拙かった。

 ロイは剣を鼻先へと突き、巨人に止まらない鼻血を強いたのである。

「小さいやつ、おれが悪かった、ゆるせ。おれ、おまえのためになんでもする、ゆるせ」

 と、呼びかけてきたのだ。


「俺を主人と認めるか!」

「みとめる、おれの、ちいさな、ごしゅじんさま」

「よし! それでは尋ねる。おまえは、竜を知っているか? 大きな蜥蜴の怪物だ」

「しっている、おおきなとかげ、いる。ほのお、はく。あつい。いたい。この先の池にいる」

 たどたどしく、巨人は言葉を発した。


「この先とは、川を伝っていくとたどり着くのか!」

「かわ、ほそくなる、ほそくなった先、池がある、滝がある。いいにおいのする、滝がある。滝の水、おいしい、でもとかげいる、のめない。池のそば、りんごの木がある。りんごの実、おいしい。でもとかげいる、たべれない、かなしい」

「よし、俺たちを肩に乗せろ!」

「わかった、ごしゅじんさま」

 エクスにガラムズ、そして情けない悲鳴をあげつつアリーナが、それぞれ背中をつままれて巨人の肩へと移される。少々荒っぽい移動だったので、エクスはともかくガラムズやアリーナは肩から滑り落ちそうになるのを必死に耐えた。


「池に向けて歩け!」

「はい、ごしゅじんさま」

 一歩一歩がとても乱暴で、木を蹴散らしながら歩くため、肩からずり落ちないかと、四人はこれまた必死に耐えた。ロイが「もっと慎重に、ゆっくり歩け」と命じたときには、巨人は緊張していたのか、余計にギクシャクした動きになり、先よりも酷かったので「力を抜いてもとの速さで歩け」との命令を受けるまで、四人は巨人の肩の上、すなわち森の木の上で地獄を見たのである。

 そして、一行は芳醇な香りを嗅ぐ。

 天の峰とも呼ばれるルギア山脈のふもと、山から湧き出した水が瀑布を成し、深い淵へと落ちている。その淵のそばに、大きな林檎の樹が淵に枝を垂らしていたのである。

 ロイは巨人に自分達を降ろすように告げ、別れを告げる。

 これから始まる死闘に巻き込みたくなかったからである。


 ◇


 暗き淵、そのほとりに立つ。

 滝の飛沫は香しく、酒精の香りを運んでくる。

 そして、そのみどりの淵には主がいる。淵の中には輝く一対の赤い瞳。

 巨大な何かがせり出した。ドラゴンだ、と思う暇もなく、アギトを開けるや濃密な霧が浴びせかけられる。瞬く間に融け崩れるガラムズの鎚矛メイス鎖帷子チェインメイル。アリーナの短剣ショートソードも融け落ちた。喉が焼ける。目が痛む。魔法の呪文を唱えようとしていたエクスが血を吐いて咳き込んだ。

『小さく矮小な死すべき運命にある者どもよ。この淵に何用か。下がれ、下がらねば余は再び汝らを傷つけねばならぬ』

 空気を震わせるのは、その青い竜(ドラゴン)の言葉。


「アリーナ」

 ロイは酸で傷む目の痒みを耐えて、アリーナの名を呼ぶ。

 アリーナも耐えて投擲紐スリングへと石をめ込んでいる。「ロイ」

 ロイは白く輝く雑種剣バスタードソードを抜く。その雑種剣バスタードソードこそドラゴンの生き血を吸いし竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)成竜グレータードラゴンを前にその光は強く輝やいている。

 ロイは駆ける。青竜ドラゴン目指して走った。長い首がロイを追う。その長い目に、アリーナの投擲紐から放たれた弾(スリングバレット)が突き刺さる。ロイを追っていた首が跳ね上がる。ドラゴンの咆哮、歪む大気。砕ける岩と、淵から大波。アリーナは耳を押さえて転げ回り、ロイはその勝機に賭ける。ロイは雑種剣バスタードソードを振りかぶる。放たれるは白い軌跡、その先には青い鱗に覆われた竜の胸。白き刃は鱗を抜けて、竜の血が赤く舞う。ロイはなおも地を蹴って、開いた傷目掛けて雑種剣バスタードソードを切り下ろす。ロイの手にした刃は竜の新しき血を吸い、白き刃は妖しく揺らめく。轟く咆哮、腕が回るや、ひれ状の手に弾かれるロイ。朗々と響く勲し。ガラムズの歌がみなの恐怖を洗い流してゆく。

「これでとどめだ!」エクスが血を吐いて呪文を唱える。白い光の奔流が青竜の体を覆いつくし、爆風が席巻する。竜の周囲を消し飛ばす。果たして竜は──土煙と水蒸気の中から現れる。健在。アリーナはゆく。次弾を込めるや竜のアギトが開くのを待つ。待って開いて、投射、弾は喉奥に吸い込まれ、酸の息は来ずに竜は咳き込み苦しんだ。ロイは駆け、跳んで雑種剣バスタードソードを振るっては、竜は急に向きを変え、狙い外れて角に当たって角を折る。アリーナは第三射を放とうと、狙ってロイが、その上に落つ。ひれが二人を払っては、地面に強かに打たれる二人。ロイとアリーナは転び、拍子にロイの雑種剣バスタードソードの柄がアリーナの頭を強く打つ。アリーナは昏倒、ロイはアリーナを抱きかかえ、何度も何度もアリーナの名を呼ぶ。

『余は忌々しき呪いに縛られておる。淵に近づくものは容赦せぬ』

 竜の鰭が再びロイとアリーナに迫る。それを見てガラムズは、

「ええい、イチかバチかじゃ! 戦の神(セリス)よ、勇敢なるこの者の呪いをリムーブ・カースいたまえ!!」

 鰭がロイとアリーナに襲い来る。

『ぬぅ……おお、おおお』

 ひれは、ロイとアリーナの手前で止まった。


『小さけれど勇敢な死すべき種族の子らよ、すまなかった。呪いに縛られていた身とは言え、汝らを傷つけた。許せ』

戦の神(セリス)よ、勇敢なるこの者の傷をヒールしたまえ!」

 アリーナの胸はとまったままだ。

『その娘、滝の水を飲ませるが良い』

 ロイが走って滝の水を汲み、得も言われぬ芳香を漂わせるその水をアリーナに含ませる。

 すると、たちどころの内にアリーナの息が戻り、目を開けた。


「ロイ……」

 ロイは喜びに沸く。はやる気持ちを抑えて、冷静に呼びかけた。


「大丈夫か? まだ朦朧としているはずだ。目を閉じて休んでおくといい」

「ありがとう、あたい……」

「いいから休んでおくんだ、アリーナ」

「ん……」

 ロイは言い含めるように言う。そして、アリーナは再び目を閉じようとした。


「上だロイ! これでもくらえ!」光が伸びて、一体のそれを爆散させる。

飛竜ワイバーン!?」ロイは驚く。

 それは口を大きく開けて、炎を吐いた。人も竜も、区別なく焼く。

 ただ、この行為は淵の竜王を酷く怒らせたようで、

『雑種が!』

 酸の息が火飛竜パイロワイバーンの全身を焼き、バタバタと墜落する。

 ロイは直上に来た飛竜の爪を雑種剣バスタードソードで切り飛ばすとともに、胴を串刺しにする。


「アリーナごめん、君をゆっくりと休ませておけなくなった!」

「ううん、平気、もう平気!」

 急降下、湖面すれすれを跳んで、口を開ける火飛竜パイロワイバーン。ロイは雑種剣バスタードソードを構えるや振り下ろす。白い軌跡は衝撃波となり、炎の息を、そして火飛竜パイロワイバーンを開きにしたのである。急降下する他の個体、それをロイは雑種剣バスタードソードを回転させて雑種剣バスタードソードに掛ける。肉片が跳び、敵の悲鳴が上がる。投擲紐スリングの弾が飛び、敵に命中、傷口が爆ぜて地面に落ちる。間髪いれず、エクスの放った光条は、敵を次々に射落とし全滅させた。そして、淵に静けさが戻る。


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