エクスの再会
馬車の荷台でロイはエクスに声をかけていた。
「エクスさん、<塔>ってどんなところなんですか?」
「<塔>は魔軍の侵略から人間の領域を護るために、道を封鎖してるんだ。魔軍はルギア山脈に開けられた大穴を通ってやってくる。その大穴の出口に突き立っているのが<塔>だ。人類を魔軍の手から護る砦。それが<塔>の使命だ」
「エクスさんはそんな任務が嫌で塔を離れたんですか?」
「あ? 俺が魔物なんぞに後れを取るとでも?」
「いえ、そんなことは全く」
「俺が嫌だったのは政治だ」
「え?」
「<塔>の中も一枚岩じゃなくて、派閥があるんだ」
そして荷台の上で揺られながら、エクスは空を見上げる。
ロイも釣られて見上げる。快晴。雲一つ無い青空だった。
「俺は俺の信じる道を行きたいだけさ」
と、言うなりエクスはそれっきり黙ってしまった。
馬車は揺れる。学術都市ヘンデウムを目指して。
◇
その日の夕刻のことである。
馬車から少し離れた場所で、夕餉の準備をしていたときである。
アリーナが「あれなに?」と指差すのでロイが見てみると、ロイたちのいる場所から、少し離れた場所で白い光と炎が見える。
白い光が瞬いたかと思うと、次の瞬間、別の場所で爆炎が上がる。この繰り返しである。
そしてそれは、気のせいかこちらへ近づいてきているようでもあった。
ただ、あの光と爆炎の連鎖はどこかで見た光景だった。
「魔法の光だ。──<塔>の魔法だ。<塔>の魔導士がいる」エクスは呆然として言う。
と、次の瞬間、爆音ともに吹き飛ばされる。立ち込める土煙、生臭い獣の息、見え隠れする炎の舌。
黒い獣が目の前にいた。
獣が三つの頭で唸りをあげる。二つの頭の口からは煙が漏れている。身の丈、ロイの倍はあろうか。巨大である」
「地獄の番犬……!」
エクスが言うなり、
「これでもくら……!」
「光よ!」
白い閃光が見えたかと思えば、ロイたちの足元で爆発が起こった。
「ち、あのへたくそめ!」エクスの罵声が聞こえる。
獣は炎の弾を吐き出す。ロイはアリーナの手を引いて夕餉を諦めてその場を離れる、ガラムズは盾を構えてその場に伏せる。
爆発、ロイたちの夕ご飯が消し飛んだ。
「なんと言うことをするんじゃ! この駄犬め!」
ガラムズは鎚矛を振り上げて、三つ首の魔犬に迫る。
「光よ!」
光はガラムズと魔犬の間に着弾し、ガラムズと犬の双方を仰け反らせる。
「止めろオーロラ!」
「? ……その声は!」と女性の声、
「戦闘中しだオーロラ! 味方を巻き込むな、敵に命中させないかこの下手くそ!」
「……エクス?」
「ガラムズと魔犬、双方がエクスを挟んでお見合いし、
「これでもくらえ!」
とエクスが魔犬を吹き飛ばす。馬車が火達磨になる前に、ロイが駆けて魔犬の首を刎ねた。
◇
エクスと、オーロラと呼ばれた女性が言い争っている。
オーロラと呼ばれたこの女性、黒を基調とする革の衣服に身を包み、どこと無くエクスの着ている装備に似ていた。その黒髪の女性は、とめどなくエクスに質問をぶつけている。
「エクス! なにも言わずに<塔>を出て行ってしまうのですもの! 心配してたわ。今までどこで一体なにを!?」
「オーロラ。お前には関係ないことだ」
「あなたがいなくなってから、どんなに私が探したか! どこを探したと思う? どこまで出かけたと思う? 誰と一緒に探しに出たと思う? 黒い衣服の切れ端を見て、私がどれほどの涙を流したと思う!?」
「わかった、わかったからオーロラ、落ち着け、落ち着いてくれ」
「これが落ち着いていられると思って!?」
「あの……エクスさん、夕飯作り直したんで、そろそろお互いの自己紹介、しませんか?」
◇
深皿を持って、焚火を囲む面々。
「と、言うわけでこいつが<塔>で俺と同期だったオーロラだ」
「過去形じゃないわ」
「ん……あ、ああ。まぁ、そうだな」
エクスがたじろぐ。
「オーロラさんは、ここでなにを? もし差し支えなければ、教えてくださいませんか?」
「遺跡の……発掘調査です」
「さっきの犬とのじゃれあいも、その一環で?」
「そうです」
夕飯を台無しにされたのだ。それがこのように言葉を濁されては、ロイとしても面白くない。
「はっきり言え。命令待ち、すなわち生みだされてから今まで何者からも、なんの命令も受けずに来た魔物を見つけに来た、と。そして見つけた魔物は<塔>に連れ帰って<塔>を襲ってくる魔軍から<塔>を護るために使う、と」
「エクス! 一体なにを話して!」
「こいつらは俺の仲間だ。情報は共有しないとな、な? ロイ隊長?」
「そのとおりです、エクスさん」
ロイは大きくうなずき、
「魔物を使役するんですか?」と聞いた。
「そうです。魔獣や幻獣を捕らえ、懐かせるか、あるいは呪いで縛り、命令を与えて使役します」
「魔軍とは、一体どのような?」
「飛竜です」
「ロイ、飛竜は空を飛ぶ亜竜だ。炎の息を吐かない代わりに、尻尾に毒を持つ」
「強いんですか?」
ロイの問いに、みんなが一瞬黙る。
「オーロラたち<塔>の連中が手を焼く程には強い」
「エクスが直接手伝うか、手っ取り早く魔封じの水晶を使ってくれたら助かるのだけれど」
「お前らを手伝うなんて冗談じゃねぇ、それに魔封じの水晶は俺の切り札だ!」
「オーロラさん、それで魔獣調達のめどは立っているんですか?」
ロイはまっすぐにオーロラを見つめた。
「厳しいです。現状、ただの一例も成功していません。地獄の番犬が捕まれば、大きな戦力になったのですが。残念です。しかしロイさん、あなたは一撃で魔獣を倒された。私たちに手を貸してくださいませんか? 魔獣捕獲に力を貸していただきたいのです」
「だとよ、ロイ。どうする? 俺は<塔>の連中とつるむのなんて、もうご免なんだけどな」
「手伝いましょうエクスさん。魔軍というもの、言葉の雰囲気が不穏です」
ロイは背中の剣の重みを感じた。民にあだ名素敵ならば、それを討ち果たしてこそ英雄と呼ばれるようになるのだ。ロイとしては見過ごす訳にはいかなかった。
「こんなところまで魔王の力が伸びているとはな。もしかすると、魔王の封印が解けかかっているのかもしれない」
「魔王アスタリーゼ」
ロイはつぶやく。
「ガストルンの迷宮の奥深くに封じられているという存在か」
「しかし、どうして迷宮からこんなに離れた場所で魔物が?」
「魔王の本拠地は北の天空城だ。ガストルン迷宮は魔軍の出城みたいなもの。だから、出城からも魔物は湧いてくるし、当然本拠地の天空城からも魔物は湧いてくるってわけだ」
天空城が魔軍の本拠地。だが、魔王の居場所はガストルンの迷宮。少し変な話ではある。
「出城に打って出てきた魔王を勇者はその場で討ち果たし、封印をされたと?」
「そうなるな、伝説が正しければの話だが」
「そうなんですか、ありがとうございます。エクスさん」
魔物は強大な魔の気配に引かれて二つの場所に集っているのかもしれない。一つは魔軍の幹部らが集う天空城。もう一つが、魔王の封印されているガストルンの迷宮である。
「お願いしますロイさん、あなた方の力を貸してください。何卒、なにとぞお力の程をお貸しください! 報酬は任せていただけないでしょうか、それ相応の報酬を払う用意はございますから!」
ロイだけでなく、アリーナとガラムズまでもがエクスを見た。
「強敵と戦いたいのは誰だっけ」
「金が欲しいのはだれじゃったかのう」
「エクスさん、オーロラさんを手伝いましょう」
「わかったよ、わかった、こいつらに協力する! これで良いんだろ?」




