護衛依頼
そして今、ついに商都に着いた。
ファルドネーゼに入る。こちらと同じような馬車や行商人、そして旅人たちが列を成している
五本の街道の分岐点、交易都市と謳うだけあって、人の行き来は絶えることが無い。
「ガストルン王国の身分証か……って、き、騎士様! 失礼しました。どうぞお通りください」
慌てて敬礼する衛視の横を通り過ぎ、ファルドネーゼに入る。
「騎士様、お世話になりました」馬車の荷台から降りたロイたちに、道中を共にした商人が頭を下げてくる。
「いえ、こちらこそ道中ありがとうございました。より良い取引が出ることを、運命の女神に祈っておきます。では、お気をつけて」
「騎士様に運命の女神のご加護がありますよう」
と、言い残すと商人とその馬車は街の雑踏の中に呑まれて行った。
◇
商人と別れると、せっつくようにアリーナがロイに聞いていた。
「ロイ、どうするの?」
「アルデウム王国に向かうの馬車を捕まえるさ。交易者ギルドにでも顔を出してこようと思う」
「あたいもついてく」
「アリーナが?」
「だめ?」
「いや、いいけれど」
「やった!」
「エクスさんやガラムズさんはどうされます? なんでしたら、その辺りの酒場で休憩なさっていても構いませんが」
結論は出ているも同然のことではあるが、エクスとガラムズは思案した。
◇
ガストルンの黒百合ことソフィアは思案した。
慎ましやかな彼女の部屋。侍女はソフィアの前にかしずいている。
「姫様。雛鳥は親元を離れ、次の餌場に旅立った由にございます」
「それは良かったです。うまく誘いに乗ってくれたようでなによりです」
ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。
「騎士ロイ。どうぞご無事で」
と、ソフィアは自身の言葉に目を見開いては、ため息をこぼした。
◇
ここは酒場。ロイと約束した待ち合わせ場所である。
鉱妖精は残念そうに酒精臭い息を吐く。
ガラムズは運ばれてきた酒を杯に手酌しあおった。
「どうして帝国の酒はこう甘いのか。葡萄酒ではなく蒸留酒を持ってきてもらおうかの!」
「まぁそう言うなってガラムズ」
「早くその伝説の美酒を味わいたいもんじゃわい!」と、また一瓶空けた。と、そこにロイがやってきて、
「ああ。ここでしたか。王都アルデウムまで荷を運ぶ馬車を見つけました。また、ご一緒させてもらいましょう」
「また用心棒かの?」
「そうです。小鬼などへの備えになります」
「小鬼など、ロイ、おぬし一人で充分じゃろう?」
「言えてるな。小鬼十匹が相手でも、ロイ一人でお釣りがくる」エクスもガラムズと同意見らしい。
「何事にも用心するに越したことはありません、それに一人ですと、隙も生まれやすいものです」
「さすが隊長殿じゃわい。それでこそわしが見込んだ勇者殿じゃ」
「ロイ、立派な心掛けだぜ」エクスが口笛を吹いた。
◇
嫌な予感とは当たるものである。
商都を出発した馬車は野営中に小鬼に襲われた。
「小鬼じゃ!」
見張りをしていたガラムズが鍋の底を叩いて知らせる。
「鉱妖精の鎚矛を食らうんじゃ!」
ガラムズは鍋を小鬼の顔面に投げつけ、怯んだところで鎚矛で殴った。
「ふわあ、小鬼だ?」エクスが起きて、
「うおっと! これでもくらえ!」白い光が闇を照らす。小鬼の数、総勢約十は下らない。爆炎は炭に火をつける。炭は炎を上げて飛び散った。
「えい!」炭火の僅かな光を頼りにロイは雑種剣で薙ぎ払う。雑種剣は光を放ち、小鬼が眩しそうに目を細める。小鬼は跳んで、跳ねて、ロイに押し寄せるがロイは雑種剣で切り捨ててゆく。
起きだしてきたアリーナは松明に火をつけ、地面に放り投げる。視界が一気に開けた。
ガラムズは四匹目の小鬼を相手に格闘し、エクスは今や姿をはっきり見せた敵に「これでもくらってろ!」と白い光の束を敵に投げつけ、爆発炎上させる。だがその直後、エクスは急に咳き込み吐血しうずくまる。敵が倒れたと見るや、ゴブリンはそこに付け込み群がった。血肉が爆ぜる。エクスの叫び声が闇を裂く。
「エクス!」アリーナは投擲紐でエクスに群がる小鬼を一匹づつ潰し、ロイは輝く光の軌跡となって、切り払いながら小鬼の間を縫ってゆく。数の優位とエクスの血で高揚していた小鬼らだったが、自分たちの数の優位が失われたと知ると一斉に逃げ出した。アリーナの投擲紐の四射目が、最後までエクスに纏わり付いていた一匹倒したのを最後に戦いは終わった。
「痛てぇ……痛てぇよ……まさか小鬼ごときにしてやられるとは、俺様もまだまだだぜ」
「エクス、お主は黙っておれ!」
エクスはガラムズが戦の神の奇跡で傷を癒す間も、ブツブツとなにごとか呟いていた。
◇
宿場町で一泊したものの、目を覚ますと街の様子が変だった。
旅立ったはずの隊商が引き返したりして、町の門付近が大変な混雑となっている。
「何かあったんですか?」
「王都へ向かう街道が使えないんだ」
「街道が使えない?」
ロイが問うと、奇妙な返答。
重ねて問うと、詳しいことを教えてくれた。なんでも街道に凶悪な魔獣が出るらしい。
「街道にコカトリスですか」ロイは言う。
「はい、なんでも鶏を巨大にしたような怪物で、嘴が触れたもの全てを石に変えると──」商人は頼みの綱に告げる。
「行きましょう。現れたときは俺たちが討伐します」ロイが言い切ると、
「おお!」商人は手を叩いて喜ぶのだった。
◇
揺れる馬車の背で、アリーナが心配げに問うた。
「ロイさ、自信満々にあんなこと言っちゃって本当に大丈夫なの? ねぇ、エクス。私たちで勝てるの? そのコカ……」
「コカトリス」エクスが訂正する。
「そう、そのコカトリスって魔獣に」アリーナが言い直した。
「油断して大ポカやらなけりゃ勝てる、詰まり、楽勝で勝てるはずだ」エクスは断言する。
「なんだ」アリーナは興味をなくした。
「だから、油断するなよ? 絶対だぞ? 絶対に気を抜くなよ? 余裕なんて言うなよ?」だが、エクスはしつこく繰り返すが──。「安心してくれていいよ。俺もコカトリスの話なら、天国の花園"亭で話を聞いたことがあるんだ」ロイもまた、自信ありげなことを言うのだった。
◇
崩れた建物の遺構が残る、街道沿いでのことである。
「ちょ!」アリーナが駆ける。
それもそのはず、手負いのコカトリス相手にアリーナの盾となるべき仲間がガラムズ一人しかいないからである。
と、アリーナは今、そのガラムズも石になる瞬間を目にした。
「どうしてあたしが!」
駆けながら、アリーナは投擲紐に石をはめ込む。
アリーナは道端の瓦礫を飛び越えて、投擲紐を放つ。外れ。アリーナは焦り、その場から直ぐに離れる、そして馬車からなるだけ遠くに。アリーナは次弾を装填する。投擲紐を回転させ、立ち止まり、頭目掛けて──放つ! コカトリスが胸を張って鳴き声一つ。弾を胸に受けて鳴き声二つ。アリーナはまたまた弾を装填する。アリーナは正直、泣きそうだ。
コカトリスが鳴き、アリーナも泣く。それでもアリーナは走りに走る。廃墟を抜けて、片足立ちで立ち止まり、体を、投擲紐を回転させて、放つ! ──命中! 今度こそ頭が弾けた! アリーナは泣く。コカトリスは、もう鳴けない。




