蒼い悪魔
半分ほど燃えた蝋燭の灯りが、入り口前を照らしている、
騎士団本部を覗くと、いつもとは違った緊張感が張り詰めているのをロイは感じた。
囁き声が聞こえる。
「先行組みが壊滅したらしいの」
「蒼い悪魔だという噂よ」
「なにそれ、初めて聞く名前なんだけど」
「生き残りの証言よ」
ろくな内容ではなかった。
そして今、丁度良かった探していたんです、とばかりに、その受付嬢がロイを見つける。
◇
そして団長の部屋である。
久しぶりに訪れたというのに、団長の部屋は時が止まっていたかのように変化を感じさせない。
「お前たちを探していた」
サッシ団長は言う。
「お前たち、八十八番隊は地下第七層におり、蒼い悪魔を狩れ。以上だ」
「蒼い、悪魔ですか?」
「そうだ。先程までに、十三番隊と三十二番隊が壊滅したとの報告を受けている。地下第七層までおり、悪魔を殲滅して来い」
団長の物言いに、ロイは繰り返し呟いた。他の隊が成しえなかったことを自分たちの手で成し遂げる、これほど名誉なことがあるだろうか。この任務の達成の暁には、ロイたち八十八番隊の名声は急上昇すること間違いなしと思えた。
「蒼い悪魔」
「そうだ。やってくれるな?」
ロイは八十八番隊の隊長だ。返事など初めから決まっていた。
背中の剣の重みを感じる。
ロイは思う。この剣さえあれば怖いものなどなにもない。たとえ相手が竜だろうと、悪魔だろうと、きっと倒して見せると。
だから、こんな言葉がロイの口からこぼれ出る。
「わかりました団長、蒼い悪魔はきっと俺たちの手で殲滅して御覧に入れます」
ロイは自信たっぷりに言い放つ。
「頼んだぞ」
サッシの眼差しが、ロイに対する信頼であふれていた。
◇
「蒼い、悪魔?」
アリーナは口をあんぐりとあけて、
「なにそれ?」と聞いてきた。いつもの酒場にて、アリーナがチーズを摘まんでいた時のことである。
「やっと危なげなく地下第六層を巡回できるようになったって言うのに。まだ下に降りろって?」
「いいえ、地下第七層に強い敵が入りこんで来たんで、こいつを討伐せよと言う命令なんです」
「その敵と言うのは?」
「壊滅した先行組みの生き残りの話によると悪魔、蒼い悪魔だそうです」
「やっと懐にも余裕が出てきたってのに、これか」
「エクスさん、蒼い悪魔のこと、ご存知ですか?」
◇
「姫様、姫様は蒼い悪魔のことをご存知でありましょうか?」
影が暗がりから囁いた。
「先日、光竜騎士団の手練れが壊滅したことは耳に入っております。ですが、こたびは例の隊が討伐任務にあたるとか」
かしずいていた侍女の肩が揺れた。ガストルンの黒百合ことソフィアは、ゆっくりと優雅に部屋を歩きつつ、床に片膝をついて控える侍女に答える。
「かの者たちは、目覚ましい速度で這い上がってきました。その実力が本物か否か、この国の運命を預けるに相応しいかどうか、しかと見させて頂きましょう」
そういうと、ソフィアは軽く目を閉じ物思いを始めるのであった。
◇
「いただきじゃ!」ガラムズは鎚矛を蒼い悪魔に叩きつける。悪魔は邪魔だとでも言わんばかりにガラムズを跳ね飛ばした。ガラムズは強かに壁へ叩きつけられ、跳ねては勢い余って何回転も回っては転ぶ。
「これで!」アリーナが投擲紐で目を狙う。それは狙い過たず、目に食い込んだ。蒼い悪魔は苦悶の叫びを上げ、呪いの言葉を吐き出した。黒き霧がロイたちを覆う。
「これでも……ぐはっ!」エクスは霧をまともに吸い込み吐血する。
倒れたエクスは、何度も何度も咳き込んでは吐血を繰り返している。
アリーナはとっさに姿勢を低くして難を逃れた。
ロイは白く輝く魔剣で霧を切り裂き、蒼い悪魔目掛けて駆ける。
悪魔はロイを見つけると、片目で睨む。
霧を払い、己に駆け寄ってくるロイを悪魔は鉤爪で迎える。ロイは毒液滴る鉤爪の一撃を雑種剣で切り払うと、付着した液体がシュウシュウと音を立てて泡立つのを無視して腕に一撃、流れる青い血、断ち切られる腕。しかしもう一方の鉤爪がロイを襲うも、凧盾で叩き、怯んだところを切り捨てる。腕をなくした悪魔は一声叫ぶと、切られた腕の傷口から新しい腕が生えてきた。ロイは驚くも、逆に好機と捉えて悪魔に迫る。悪魔は邪悪な呪文を唱え、闇の矢がロイに向かって飛んだ。しかしロイは、光り輝く雑種剣を構えて闇の矢を二つに裂いてゆく。ロイは詰める、悪魔との距離を。悪魔は固まる、驚く猫のように。凧盾を捨ててロイは跳んだ。悪魔の眉間目掛けて振りをろされるは星を鍛えし雑種剣。雑種剣は柄まで埋め込まれ、大きく開いた口にから呪いの言葉が湧き出した。部屋がきしんで開くは異次元の門。異界から何かが現れようとするも、投擲弾が悪魔の口の中へと打ち込まれ、異界への門が閉じてゆく。ロイは悪魔をその眉間から切り下ろし、体を真っ二つに裂き開く。悪魔の声なき絶叫が部屋を揺るがし、空間を軋ませ滅びゆく。ロイらはこうして悪魔を倒滅したのである。
◇
か、に見えた。
「蒼い悪魔よ!」アリーナが一足先に見つけると、
「こっちにもいる!」エクスが見つけ、
「向こうにもじゃ! 囲まれ取るぞ!!」ガラムズが絶望の呻きを上げる。
「逃げてください皆さん!」ロイは指示して、
「どうやって!?」アリーナの問いに、
「俺に続け! 包囲を破る! これでもくらえ!!」エクスが答える。
白い光は悪魔の目の前で掻き消える。悪魔が笑ったような気がした。
黒い矢が浮かんでは放たれる。
「これでもくらえ!」エクスの呪文。
黒のそれは白い矢に巻かれて対消滅する。
ロイが剣を振りかぶる。白き軌跡が衝撃波となり悪魔の胸を切り裂く。
逃げる皆の先頭で、ロイは悪魔に剣を袈裟懸けに振り下ろす。深い一撃、切り裂く肉と骨。確かな手ごたえ、惜しむらくはあと一撃。悪魔のいななき、悪魔の傷は徐々にふさがってきて……。
「これでもくらえ!!」
白い光は悪魔の傷口を撃ち広げ、ついには爆発四散させる。駆ける皆に、青い血が降り注ぐ。
「エクスさん!?」ロイの問いかけに、
「なんでも試してみるもんだろ?」エクスはニィッと口の端を吊り上げ笑って見せる。
「話している暇があったら走る走る! 走っている最中に話していたら舌をか……あ痛!」アリーナが自爆し、
「なにしてるんだよ、黙って走って!」ロイの呼びかけに、
「……うん」アリーナは素直だった。
ロイは感じる。剣を握る手が重いと。
この剣があっても届かぬ敵がいるのだと、思い知らされたのである。