"魔剣使い"と"竜殺し"
華美を感じさせぬ慎み深い部屋。
ガストルンの黒百合ことソフィア姫の私室へ、今日も密かに大臣付きの侍女が訪れていた。
そして深窓の姫君へ、近頃華々《ちかごろはなばな》しい武勲を挙げた探索者の話を奏上したのである。
「"魔剣使い"、そして"竜殺し"のロイ……どんな男なのかしら」
侍女は深々と頭を垂れる。
「光竜騎士団の騎士です。なんでも、カルナード卿付きの騎士見習いとして仕えていたらしいのですが、この春、主人の勘気に触れ、屋敷を放逐されたが由にござります、姫様」次女の言葉にソフィアは深い意味もなく呟いた。
「カルナード卿?」
◇ ◇ ◇
「カルナード卿!」
忘れえぬ客。
騎士団本部でロイは懐かしくも苦い名を聞いた。いや、今となっては憎悪の対象でしかない家の名だ。
見れば、よく知った男、カルナード卿に騎士見習い──こちらも当然見知った顔だ──がロイを指差し、"あのロイが"だの、"魔剣が"だの、"魔剣使い"だの、"竜殺し"などと吹き込んでいる。
「ロイ……まさか、あのロイか!」
「……」
大きく目を見開いた元主人、カルナード卿の言葉に、ロイは無言でもって肯定してみせる。
「おお、ロイ。そうだ、わしの館に戻って来ぬか。そうだ、ルーナの婿として迎えてもいい。どうだ、よい話だろう?」
「誰が……!」床を向いたロイの小声の呟きを、カルナード卿は自分に良いように解釈したらしく、
「おお、来てくれるかロイよ!」カルナード卿は破顔した。
「お断りいたします、カルナード卿」喉元まででかかった魂の叫びを押し殺し、ロイは淡々と答える。いっぽうでカルナード卿はどうして自分がこのような反応を返されるのか理解できていない様子だった。
「ロイ? ロイよ、なにを言っておるのだ?」うろたえるさまが滑稽だった。
「今は仲間がいます。身分や名誉、お嬢様の代わりに大切な仲間がいます。彼らを裏切ることは出来ません。それに、あなたの提案は最早俺にとって、何の魅力も感じられるものではありません」ロイは自信を持って真実から言い切る。
「な、なにを言うかロイ! 騎士を愚弄するか貴様!」途端、カルナード卿の態度は一変する。たちまちロイを非難し始め、今にもロイに掴みかかろうかと言う勢いであった所を、家臣に無理やり引き止められている。
「止めてくださいカルナード卿! 相手は竜殺しです!」や、
「そうです、ご主人様、相手は"魔剣使い"です!」ばかりか、、
「われわれが束になって掛っても、きっと一撃で打ち殺されてしまいます! お願いですからここは堪忍を、我慢してください!!」と言うように。
「ロイ! ロイ! わしは絶対にお前を認めぬ、わしは絶対に認めんからな!! 覚えておれこの狼男め! 娘は絶対に渡さぬ、渡さんぞ!!」ロイが騎士団本部から立ち去っても、ロイの背後から家臣に引き止められ激高し続ける元主人の声が聞こえ続けていた。
◇ ◇ ◇
そして、ロイは今日も迷宮の人となっていた。
ロイらは多くの石像の並ぶ部屋に来た。
戦士、魔法使い、神官、小鬼、食人鬼などなど、大小様々だ。
しかし、どの像にも共通しているのは、どれも驚いた表情をしていると言うことである。
ロイらは慎重に部屋を捜索した。と、ロイは怪物と鉢合わせしてしまう。
「……っ!」息を呑むロイ。
青い鱗、地面を這う蜥蜴の様な身体に大きな赤い目。
エクスが「気をつけろ!」と叫んだ途端、エクスは怪物の気を引いて体が固まり始める。
「こいつは石化の……!」言い終わる前に固まった。
驚くが、怯むことなくロイらは戦いを継続する。
「一斉に仕掛けます! 三、二、一、突撃!」
ロイらは盾を前面に押し出して突撃する。
敵と目が合ったのはガラムズだ。ガラムズは盾を構えた姿で固まり始め、いや固まった。
アリーナの投擲紐の石つぶてがその大きな目に命中し、
振り上げていたロイの雑種剣が振り下ろされる。
上がる血飛沫、転がる頭。奇妙な蜥蜴は石にはならず、ここで果てた。
◇
「特効薬をガラムズさんに」
アリーナが薬を振りかけると、ガラムズの灰色がかっていた肌はたちまちのうちに白くなり、赤みがさして息を吹き返す。
「敵は……倒したようじゃな、ロイよ」
「ええ。エクスさんをお願します、ガラムズさん」
「戦の神よ、勇敢なるこの者の呪いを祓いたまえ」
すると、エクスの顔に生気が戻った。
「エクス、危ないんだから! あはは! って、もう一匹いるじゃな……!」
アリーナが指差したまま固まった。
「これでもくらえ!」エクスが放った光弾は、怪物の頭を破砕する。
「油断するからいけねぇ……ん……ゲホゴホ、ゲェーホ」も、口に当てた布には血が付着しいていたのである。
◇
迷宮探査はなおも続く。迷宮をうごめく人影がある。
ロイは戦士に切りつける。戦士は凧盾でかわそうとするが、ロイの輝く雑種剣は凧盾を割って戦士の首筋に至り、そのまま鎖帷子を切り裂いて青い血を噴出させる。別の敵、戦士の斧はロイのいた空間を空振りし、ロイの振りぬき、鎖帷子を切り下ろした白光、返す刃が戦士を襲う。ロイの刃の軌跡は新たな敵を打ち、これまた鎖帷子ごと裂いて肉を斬り上げる。ロイはそれでも止まらない。切り上げた雑種剣が返っては横に薙ぎ、次は戦士の首を切り跳ばす。ロイの刃が止まったときには全ての勝負がついていた。投擲紐を仕舞うアリーナ、口に布をあて咳き込むエクス、鎚矛に付着した青い血をぬぐうガラムズ。皆、ロイの心強い仲間たちである。
◇
時には不意打ちを食らうこともあった。敵の発見が遅れたのだ。
光がロイを襲う。ロイは凧盾で受けつつも、盾を全面に押し出して敵の魔法使いに近づく。迫る距離、二発目を放つ敵。着弾、爆発、ロイは使い物にならなくなった盾を投げ捨てて飛翔、抜刀しつつ、敵を袈裟懸けに切り下ろす。隣にも敵、ロイは雑種剣で切り上げる。残敵は一、ロイ目掛けて呪文の詠唱に入るも、ロイはその腹を、雑種剣にて横薙ぎにしたのである。
ロイは聞く、「そちらも済みましたか?」
◇ ◇ ◇
「そちらも済みましたか?」ガストルンの黒百合ことソフィア姫は、ゆっくりと優雅に華美を排した部屋を歩きつつ、床に片膝をついて控える侍女に問う。
「はい、鼠を二匹ほど」顔を伏せた侍女の表情はわからない。
「どちらの方角にいましたか?」
「下からにございます」意味深に侍女は答えた。
ソフィアは溜息一つ、
「残念な報告を聞きました。私を喜ばせるような報告を聞きましょう。彼はその後どうですか?」途端、ソフィアの顔も朗らかに、
「悪魔の数字は上位に食い込みましてございます」聞いて黒百合は花咲いた。
「"剣"の出所は?」続けて問えば、
「城下では様々な噂がございますれば」侍女は言いよどむも、
「言えぬ理由がありますか?」見透かしたようにソフィア、
「申し訳ありません姫様、確たる理由を突き止められておりません」侍女は早口に、
「そうですか。"魔剣使い"ゆえの"竜殺し"、かと思いましたが、事実はその逆なのかもしれません」ソフィアは夢見るように、
「?」侍女は首を傾げるも、
「悪魔の数字の実力を測りましょう。赤い悪魔をけしかけなさい」さも面白そうに、ソフィアは死刑宣告を下すのだった。
「っ!! ──か、畏まりました、姫様」侍女は絶句するも、とっさに面を上げてはまた伏せて、命令を受諾する旨を伝える。
今、ロイらに新たな試練が降りかかろうとしていた。