迷宮の竜
一難去って、戻ってきた酒場にて。
アリーナが弱音を吐きだした。
煮込料理でふやかした黒パンを口にしつつ、アリーナは思い出したように切り出した。
「あたい、足手まといなのかなぁ」アリーナの顔に影が落ちる。
「そんなことはないよ。迷宮の罠を切り抜けるのに、盗賊の技は必ず必要になるものだから」
「そう?」アリーナの顔がぱっと輝き、
「そうとも。……ですよね? エクスさん、ガラムズさん」との、ロイの自信なさげな声にアリーナの目が光を失いかける。ロイはしまったと思ったが、
「ああ。そんな細かい仕事は俺には無理だ。鍵開けをちまちまやるぐらいなら、扉ごと吹き飛ばす」
「盗賊娘の技は役にたっておるが、それがどうかしたのかの?」エクスやガラムズがアリーナを必要と言ってくれたおかげで、
「ロイやエクスはともかく、鉱妖精まであたいのことを思ってくれていただなんて……うん、あたいの気のせいだった。あたい、明日からまた頑張るよ」それを聞いて、アリーナの目が再び光を取り戻した。
「うん、その調子」アリーナの元気が戻ったことを、素直にロイは喜び、己の失言に深く反省するのだった。
◇ ◇ ◇
とはいえ、ロイにはゆっくりと反省する時間など与えられてはいない。
昨日の今日で、彼らはまたしても迷宮の中である。
今、彼らの前に無数の丸い甲虫がいた。
「数だけは多いなこの蟲は」
「それだけじゃないです。この殻、異様に固くて」
「それじゃ、これでもくらってろ!」
白き光束が蟲たちを包み、爆裂する。しかし爆炎の向こうから現れたのは、脚を数本飛ばした丸い蟲。大した効果は上がらなかったようだ。エクスは意外そうに「しぶといやつら」と漏らす。
ロイが駆ける。雑種剣が煌いた。脚を飛ばし、体節の継ぎ目を狙って突き入れる。蟲は二つに分かれ、こと切れた。
ガラムズが吼える。鎚矛がうなりを上げて振り下ろされる。それは蟲の外骨格を砕き、蟲は不気味な汁を流し沈黙する。
アリーナは短剣で突きかかる。背中の関節を狙って突き入れた。蟲はビクンとはねると、それきり脚を縮めて動かなくなる。
エクスは再び呪文を唱え、光と爆発の中に全てを沈めた。
◇
光の先で、ロイは影を見る。
「ちょっと待ってください!」ロイの叫びに、
「ロイ?」エクスがいぶかしむ。
「ヤバイ奴がいます、この先……いや、こっちに来ます!」ロイの悲鳴に、
「あれは! まさか!」エクスが目を疑い、
「うお、あの姿、まさしく伝説に唄われる竜じゃ!」ガラムズが考えたくもない結論を述べた。
「竜!」アリーナは驚き、それ以上声も出ないようだ。
◇
逃げらるはずもなく、ロイらは戦いを挑んで数合。
吐き出されるのは炎の息。
「盾がもたない……っ!」ロイが焦るも、
「ちょっとどうにかしてよあの化け物!」燃え上がる盾の影で、先にアリーナが泣きを入れてくる。
「踏ん張りどころじゃぞ!?」と、ガラムズがたてで身を庇いながら距離をつめ、息が切れるとともに殴りかかる。
「鉱妖精の意地を見るんじゃい!」しかし鎚矛は竜の鱗の上を滑った。
「これでもくらえ!」一条の光が敵を撃つ。爆発。爆炎の中から皮膚がただれた竜が姿を現す。竜は人間の暴虐に対して怒りを示す!再び吐かれる炎の息!
「きゃっ!?」悲鳴とともに炎にまかれる森妖精。
「食らうか!」跳んで避けたロイはその勢い殺さず竜に躍り掛かる。雑種剣を振りかぶっては切り下ろす。鱗の捲れた竜の傷を切り裂き抉る。吹き出る血潮、浴びるロイ。
懐にもぐりこんでいたガラムズの第二撃。鎚矛が竜の傷に打ち込まれる。血の飛沫が飛び、鎚矛を埋めてゆく。竜は吼える。天井に向かって吼える。
「ギャッ」と、ほんのりと肌を焼かれたアリーナが、頭を抱えて転げまわる。
襲い掛かるは竜の爪。ロイは雑種剣でこれを払うと、身体に打ち込む。
竜の動きが鈍くなる。力なく垂れた竜の頭にガラムズの鎚矛が振り下ろされる。
かくして竜は、動きを止めた。
◇
ロイをはじめ、隊の皆が荒い息を吐く。ロイは皆が無事なことを確かめる。
「生き残った……」アリーナが呟く。ロイは興奮気味に、
「俺たちはやりました! 竜を相手に一歩も引きませんでしたね!」一人も欠けずに勝利を収めたことが嬉しいのだ。
「あたいは足を引っ張ったけどね!」堂々とアリーナ。正直者には福があるだろう。
「見たか、鉱妖精の鎚矛の威力を!」仕留めたガラムズが自慢する。
「あー、俺がヤツの鱗を剥いだおかげだから。そこんとこよろしく」自慢するのはエクスも同じだった。
◇
竜を仕留めた、その帰り道のことである。
ほのかに輝く雑種剣に気付き、アリーナはその輝きを見つめた。
「ロイ、どうしたのそれ。剣が光ってるじゃない。ほんのちょっぴりだけど。それ、あたしの気のせいじゃないよね?」
「おお、光っておる。確かに光をもっておるぞロイ! お主の剣が光っておる!」
「白い光……。これは……いや、まさか……魔化された? しかし……竜の血で? ……確か、霊妙な鋼とあの男は……」エクスがブツブツとつぶやく。
アリーナをはじめ、みんなからの指摘にロイが剣を背中から降ろして見てみると、剣は確かに白い輝きを放っていた。
「本当だ。輝いて……エクスさん、これは一体──?」
「おそらく、魔法の光だ」
エクスが言うには、エクスが掛けたような一時的に剣に魔法の力をこめるような呪文のおかげで光っているのではなく、この剣自体が魔法の剣となったのだと言う。
「どうしてこんなことが?」
「竜の血は魔力を持つという。剣が竜の血を吸って魔力を帯びたのかも知れない」
「そんなことが!」ロイが破顔した。
「なに、俺の推測だ」
拾い物を鍛えてもらった素晴らしい剣が、さらに魔剣になった。そのことはロイを喜ばせるに充分だったのである。
◇ ◇ ◇
街に戻ったロイは、騎士団本部にやってきていた。そこでほかの騎士団員の注目を浴びたのは、もちろんロイの背中にある輝ける魔剣のことだった。
「ロイ、凄い剣をもっているな。どうしたんだ?」
「迷宮で拾った、これといった特徴もないただの長剣を鍛冶師に打ち直してもらったんです」
「それがこの立派な剣に?」
「そうです。この剣に生まれ変わったんです」
ロイが鞘から少し抜くと、魔法の輝きが微かにこぼれた。
「この光は……!?」
「エクスさんが言うには、魔法の光だということです」
「ならばこれは、ロイのこの剣は魔剣!」
「そうなります」
「凄い! ロイもとうとう"魔剣使い"か! 俺たちも、うかうかしてはいられないな! おめでとう、ロイ!」
「ありがとうございます」
「団長に呼ばれているんだろ? 引き留めて悪かったな」
「とんでもない!」
そうか、これで俺も"魔剣使い"かと、ロイの口元は自慢げに綻んでいた。
ロイは思う。この剣さえあれば、自分は英雄になれると。
◇
机の向こうでサッシ団長は言う。
「話は聞いている。竜の討伐に成功したそうだな?」
サッシの目が光る。
「はっ!」
「素晴らしい戦果だ。これからも期待している」
気のせいか、サッシの声が暖かい。
「ありがとうございます!」
ロイは先の戦いのことを思い返しながらサッシに敬礼を返し、その華美を排した部屋を退出する。




