迷い
明くる日。
ロイは酒を呑んでいるガラムズを見つける。
「ガラムズさん。最近の俺たちの隊、八十八番隊についてどう思われますか?」酒場で麦酒を呑むガラムズに、ロイは真剣な顔で聞いていた。
「なんじゃ、なんぞ焦っておるのかロイ隊長?」呑気に返すガラムズ。
「焦ってなどいません、意地悪しないで質問に答えてくださいガラムズさん!」早口でロイはまくし立てる。
「また暫くしてくるとええ、ロイ隊長」ガラムズは話は終わりだとばかりにロイの話を聞こうともしなかった。
◇
思考の海で迷うロイ。そんな彼はアリーナに以前からの疑問をぶつけてみることにする。訓練場で真面目に剣と盾の練習をしていたアリーナを見つけたロイは、休憩に入った彼女に聞いていた。
「お疲れ様。水でもどう?」
「ありがとう」
アリーナはロイが差し出した水筒を手にした。
「アリーナに少し尋ねたいことがあるんだ。いいかな?」
「構わないけれど、なに? 改まって」
ロイの言葉に、アリーナが目を白黒させる。
「アリーナ、最近の俺たち、八十八番隊についてどう思う?」。
「隊のみんな? そうね、団体行動合わせるのは良くなったんじゃない? 上手になったって言うか、さ?」
アリーナはあくまで明るい。
「いや、そうじゃなくて。もうちょっと俺たち頑張れないか、もう少し早く先の階層に挑めないか、……」
ロイはまたも早口だ。しかも言葉が上手く出てきていない。
「なに焦ってるの? ロイ」
不思議そうにアリーナ。
「焦ってなどいないさ!」
ロイは言うなり、話は終わりだとばかりその場を立ち去り、
「変なロイ。一人カリカリしちゃって」アリーナは訓練に戻った。
◇
ここはガストルンの中央広場。ロイは気が付くと地面を見つめ、足の先で地面を掘っていた。
ロイは銅像を挟んで向かい側の視線の先に、探していた人物エクスを見つけた。
そして幾度目かにエクスを見、まったく客足がないことを確認したロイは、意を決して聞きに行くことに決めたのである。
「エクスさん、今、お話よろしいですか?」
「今は客以外には興味がないね」露天商のエクスである。
「ええと、商品手って……」
「見りゃわかるだろ。魔物入りの魔封じの水晶さ」
「こんなもの、いったいなんの役に立つんです?」
「こんなものとは失礼な。これは持っているだけで封じられた魔物の力を何割か使える便利な水晶なんだ。例えばこの腐った死体」真面目な顔で、エクスは言った。
「はあ」
「少し元気になる……気がする、お得な商品なんだ」
「そんなものですか?」
「俺の自作の水晶だぞ? 効果を疑うのか?」エクスの目が吊り上がる。
「いえ、そんなことは全く。ただ、みんな欲しがるのかな、と考えたのです」
「余計なお世話だ、で、俺にいったいなんの用なんだ?」エクスの眉が力なく落ちた。
「ええと、エクスさん。最近の俺たち、八十八番隊についてどう思われますか?」
「なんだ藪から棒にいきなり」エクスは驚き、
「俺たち、もっと先にいけるのに同じ場所で足踏みしてませんか?」ロイはまた同じ事を繰り返す。
「なんだよ『命を大事に』だっけ、そう言って探索頻度を落としたのはロイだろ?」
「『命を、大事に』」
「そうさ。お前は俺たちにそう言って──」
命を大事に。その言葉は、とても大切な響きを持って。
「済みませんでした! 俺が間違っていました!! そうです、『命を大事に』。それこそが俺たちの隊のあり方なんです!!」
ロイはその場で一人喜び、一人どこかへ走り出してゆく。
「おいおい。一人納得して……なんだあいつ。商売の邪魔に──ゲホゲホ、ま、いいか」
カレンが教えてくれた遠い異国で使われたお呪いの言葉、『命を大事に』。
その言葉を思い起こしたロイは初心に帰る。ロイたちがガストルン迷宮の攻略を始めて二ヵ月。
ロイは騎士団長からの発破もあり、焦りの色を見せ始めていた。しかし、そんなことは杞憂だったのである。
◇ ◇ ◇
そして今日も、ロイたちは迷宮へと潜る。
「助けてくれ、やつらが、やつらが!」
男がロイたちを頼って走り込んでくる。その身にローブ状のゆったりとしたボロを身につけている男であった。
「やつら!? 何者です!? そいつらはどこですか!?」とロイが聞くと、
「ここだぁ」と言って男は獣、黒き熊に変化し、袖から突き出る鉤爪をアリーナに食らわして、軽く悲鳴を上げた上げたアリーナを掴み捕らえると、
「動くな、お前たち! さぁ、出て来い兄弟!」
背後に潜んだ影四体の姿が顕になる。どれも、大きな熊、熊男だった。
「人質!?」
「まさか化け物だったとはな」
「地下迷宮の中で、おかしいとは思ったんじゃ」
「ちょっと離しなさいよ!」
「元気のいい森妖精だぁ。さぞ肉は柔らかいんだろうなぁ」
「食べるの!? あんたあたいを食べる気なの!? そんなの嫌!」
言うなり、アリーナは熊男の手を噛んだ。
「このアマ!」
熊男は鼻息荒く、アリーナを殴りつける。アリーナの額が切れた。血が、頬に流れる。
「きさま! よくもアリーナを!!」
ロイの雑種剣が唸りを上げて熊男を強かに打つ。切って切って切り刻んだ。
か、に見えた。
が、熊男は、
「効かんなぁ」と、薄笑いをし、
「この娘の命が惜しくば、」熊男は爪をアリーナの首筋に押し当てて、
「魔導士、降伏しろ。両手を上に上げて、うつ伏せになれ」と、エクスに告げた。
エクスは背後に向けて、
「これでもくらいやがれ!」
光の帯が熊男らに突き進む。爆発四散、熊男らは沈黙した。
「貴様! かくなる上はこうしてやる!」
熊男の爪がアリーナの首に埋まった。たちまち鮮血が溢れ出る。
「これでもくらえ!」エクスの叫びで、
光、着弾、爆発! 熊男の頭が吹き飛んで、
「ガラムズさん、癒しを!」ロイの叫びと、
「戦の神よ、勇敢なるこの者に癒しの奇跡を!」ガラムズの動きは同時だった。
◇
「こ、ここは……」アリーナはまだ夢を見ている。
「気付いた! 気付きましたよアリーナが! ガラムズさん、エクスさん、アリーナが目を覚ましました!! 解毒剤の効果がありました!!」ロイの姿が夢に映り、
「あたい……死んで……黄金の河を渡って虹の野原を歩こうとして、いや、行かなきゃあたい……あれ?」
「そうかよ!?」エクスの姿が割り込んで、
「盗賊娘、目を覚ましたか。悪運が強いのう」鉱妖精がアリーナの行く手を阻んで邪魔をする。
「まだ迷宮の中。動かすとまずいと思ったから。歩けそうかい? なんならおぶるけど……とにかく迷宮を出よう」ロイの声は、優しく夢にまた誘う。
「ロイ……? 迷宮……?」だが、アリーナの意識は確実に覚醒へと向かっていた。
「ああ、まだ頭の中がはっきりしてないのか」ロイの言葉に、
「ロイ! 熊は、熊は!?」思い出し、絶叫する。
「エクスが倒した。もう心配は要らないから」
「そうだぜ、俺様に感謝しろ」
「おぬしが無茶をしたせいで、この娘が死ぬ目にあったと言うに」
「他に手は無かっただろ?」
「それはそうじゃが……と、待て。どうやらお客さんのようじゃ。長居が過ぎたようじゃの」
ガラムズの言葉に、アリーナを除いた全員が身構えた。