魔宮
「戦の神よ、勇敢なるこの者の傷を癒したまえ」
ガラムズの手が淡く光り、かざされたロイの左肩の傷が癒えてゆく。
「ありがとうございます、ガラムズさん。すみません、ガラムズさんもお怪我なさっていらっしゃったのに」
ロイは痛みを堪えて礼を言う。痛みはやがて癒えた。
「なんの。時にロイよ、あの丸盾を持っては行かんのか?」ガラムズが敵の持っていた丸盾を指差す。
「ああ、そうですね。あれを持って行こうと思います。ありがとうございます。まだ頭がまはっきりしてませんでした。すみません」
「考え無しではいかんが、考え事も程ほどにじゃぞい? まあ、わしも一つもらっていくがの。ああ、盗賊娘にも持たせるがええ」今度は親指でアリーナを指差すガラムズ。
「少し大きな盾だけど、あたいも持てる?」呼ばれてアリーナがこちらに顔を向けてくる。
「持てるに決まっておろう。盗賊娘にはそんな区別も出来んようじゃの。己の力量すら計れんとは情けないのう」ガラムズが両手を広げるも、
「鉱妖精に言われるのは凄くムカツクけど、教えてくれて、アリガト」アリーナは素直に礼を言った。
ロイとガラムズは顔を見合わせ、アリーナが、なにか変なものでも食べたのではないかと首を傾げるのだった。
◇
探索行はなおも進む。
敵の魔法使いが列を作っている。それを見つけるや否や、
「エクスさん!」とロイが言葉を飛ばすものの、先に光の帯がロイら八十八番隊目掛けて降り注ぐ。いく条もの光は爆音を呼び、爆煙を呼んだ。
「これでもくらってろ!」
視界が再び白く染まると、轟音の後に静寂が訪れた。
「無事か? みんな?」
「盾、もらっておいて良かった」と、黒焦げになった盾を見せてはアリーナは、
「でも、もうこれ使い物にならないみたい」と、盾を落とすや、盾が部品ごとに分解して壊れる。
「わしもじゃ、ロイよ」と、同じく盾が黒焦げに。
「私もです」と、ロイも盾を見せては、使い物にならなくなった盾を捨てた。
「痛てえ……どうして俺だけ……」エクスが煙の中から起き上がる。上着が所々穴が開いているものの、おおむね大丈夫のように見える。
「日ごろの行いよ」アリーナが笑っている。
「あ!? 言ってろ盗賊娘、今度という今度は許さねえ!」それがエクスの逆鱗に触れ、
「あら。ごめんあそばせ。あたいがなにか、気に障るようなことでも言った?」アリーナがまた惚けて、
「て、てめえ……!」気のせいか、エクスの血管が切れる音が聞こえた。
エクスとアリーナ、二人の死闘が始まる。
「ロイよ、止めなくても良いのかの?」ガラムズが耳打ちする。
「言わないでください。それに、止めても無駄なのはガラムズさんも良くわかってらっしゃるじゃないですか」ため息をつき、
「そうじゃったの。そうじゃった」ガラムズも大きく息を吐き出した。
◇
迷宮は今日も薄暗く、湿気がこもっている。
大蛙を相手に、ロイは雑種剣を振りかぶる。大蛙の口が開く。舌が伸びる。振り下ろした剣を掴まれた。呑み込む。ロイがとっさに手を離さなければ、今頃ロイ自身が大蛙の腹の中に納まっていただろう。
「狙って!」と、アリーナが投擲紐で狙い撃つ。石が飛んで、大蛙に当たるも、弾かれる。
「これでもくらえ!」と、一筋の光条が大蛙に伸びる。命中、爆発。
「やったか!?」煙が晴れると、舌がエクス向かって伸び、彼は囚われ食われた。
「「エクス!」」ロイとアリーナの声が重なる。
「吐き出すんじゃ!」と、ガラムズが鎚矛で蛙を殴るも、滑る皮膚の表面で滑って大して効いている様子もない。
ロイは動いた。
「短剣を借りるよアリーナ。目を狙ってみて」と、ロイはアリーナから短剣を譲り受け、駆ける。
アリーナは投擲紐に石つぶてを仕込む。
「吐き出せと言うに!!」
ガラムズが狂ったように蛙の足を打つ。打った鎚矛は手ごたえを感じたが、やはり滑って流される。
「行くよアリーナ!」
ロイとアリーナが仕掛ける。
「これで!」と、ロイが地を蹴って。
「潰す!」とアリーナが再び投擲紐で狙い撃つ。石つぶては目をわずかに外れるも、大蛙は片目を瞑った。
ロイは蛙の懐に入り、「エクス!」と腹を切る。
刃鋭く腹が裂けるも、蛙は怒り狂ってロイは前足で払われる。ロイは壁面に激突、壁に血の痕を残して、ずり落ちた。
蛙の口が大きく開き、投擲紐に石をこめているアリーナに舌が伸びる。アリーナに届こうかという寸前で、
「これでもくらってろ!」と、光が蛙の口や、腹の傷から漏れ出し、蛙は腹から膨れて爆散する。
降りしきる赤き血と肉の雨。蛙がいた位置に一人立つ黒衣の男。──エクスである。
「エクス!」アリーナが叫ぶと、
「悪い、俺、毒が回っているんだ。解毒剤を頼む」
と言うなり、床に崩れた。
ロイは頭を振ると立ち上がり、雑種剣を拾った。
◇ ◇ ◇
その日の終わり。
ロイが今日も"天国の花園"亭に足を運ぶと、ガストルンの向日葵が話しかけてきた。
「いらっしゃいロイさん。考え事ですか?」
「ああカレン。そんな感じ」
ロイはカレンに迷いを見抜かれる。
「あまり気にしないほうが良いのではないでしょうか」
「そうかな。なんだか俺たちだけ、上手くいっていないようなんだ。みんなは出来ているのに」
先行する他の隊は着実に成果を上げている。だが、ロイの八十八番隊は未だ地下第二層で足踏み状態。
「とは言え、これ以上探索速度を上げると、命の危険に晒される。俺はおれ自身や、みんなの命を危険に晒したくないんだ」
「ロイさん。ロイさんにはロイさんのやり方があるんでしょうし、みんながやっている方法が自分達にもあっているかと言うと、必ずしもそれが正しいとは言えないと思うんです」
「カレン……」
例え慰めだろし手も、その言葉はロイの心に沁みた。
「あ、ごめんなさいロイさん。こんな差し出がましいことを言ってしまって。本当にごめんなさい」
「いや、こちらこそありがとう。なんだか肩の荷が下りたような気がする」
ロイにとって、カレンの意見は本当に参考になる。
「さすがロイさん! そう言ってもらうと助かります」
そう告げて、カレンは店の奥へと流れてゆく。ロイはガストルンの向日葵、カレンの心遣いが、とても嬉しい。