鍛冶師
「そうじゃとも。他に心当たりもあるまいて」ガラムズはさも当然のことと
必死な形相をした男は、火から取り出したばかりの真っ赤に焼けた何かを、何度も鎚で叩いているのだった。
男がそれを叩く度に火花が飛び、金属と金属を叩き合わせる甲高い音が上がっている。
「ここが噂の!」ロイの目が輝く。
「こんなところに用はない。他を当たろうぜ、ロイ」
「待ってください、先程拾ったロングソードを鍛えてもらいましょう!」
「ああ、あの粘体の持っていたあれか」エクスは思い当たる節が合ったようで、手を叩いてみせる。
「そうです!」ロイは大きくうなづく。
「いいぜ、頼んできな。俺達はここで待ってる。もっとも……話が通じるならば、な」と、エクスは零した。
◇
ロイは鍛冶師の前に立つ。
ロイが目の前に立っても一言も口にせず、ロイを見ようともしなかったその男は、ロイの差し出した長剣を見るなり、ロイの手から長剣を奪うように取り去った。
「これは……この鋼は……いける、いけるやもしれん、頂に届くやも知れん!」
長剣を見る男の目が血走る。
「もらってよいのか、打ってもよいのか、いや、打たせてもらう、任せてもらおう!」
長剣を持つ男の手が震えていた。
「わしが打つ剣は、人ではなく魔を切る剣──!」
男は天井を向いて叫ぶ。
「形が変わる矢も知れんが、良いな? 構わぬな? 当然であろうな!?」
食い入るようにロイを覗き込む男。
「むしろ、こちらからお願いしたいと思っていたところでした」
男の迫力に押されつつ、恐る恐るロイは告げる。
「そうか! そうだったのか、選ばれし者、導かれし若者よ!!」
男の目にまたも狂気の灯がともる。
「あいわかった、この──いや、わしに名などいらぬ、わしが打った剣こそ、わしの名であり歴史よ」
とは鬼神の如き笑み。
「三日待て。魂の剣をお主に見せて進ぜよう」
男は、憑き物が落ちたように狂気とは無縁の顔を見せるのだった。
◇
三日後。ロイらは男の元を再び訪れた。
鍛冶師の男はロイを見るや狂喜乱舞してロイを迎える。
「このような形となった。お主の持ってきた霊妙なる鋼を元に、隕鉄を混ぜた。大きさは倍近くなったが、お主なら扱えよう。いや、扱え。そしてこの剣で小鬼を、豚鬼を、犬鬼を、巨人を、邪竜を、魔神を倒すがいい! 巨大なる魔を討ち果たすのだ! この剣こそ人ではなく魔を切る剣! わしの最高傑作だ!!」
ロイは見た。男が自信満々に差し出してきたその剣を。
それは片手半剣、雑種剣。星を鍛えた片手半剣である。
ロイは手に取る。
瞬間、頭蓋骨から背骨を通り尾てい骨まで、雷に打たれたような衝撃が走る。
ロイは見る。星の軌跡を。神々の誕生と世界の創造を。
ロイは見る。そして現在まで続く光と闇の神々の戦を。ロイはその壮大さにうたれた。ロイは歴史の重みを知る。
「この剣を、俺に?」思わず言葉が口をつく。
「お主の剣だ! 運命の若者よ! お主が持ってきたのだ、あの霊妙なる鋼を! あの鋼の意思に導かれ、お主はわしの居場所まで導かれたのだ! 誇れ、若者よ!」
ロイは剣を見る。一目で素晴らしい剣だとわかる。
素人目にもわかる、その素晴らしさ。重さ、均衡、長さ。
どれをとっても申し分ない。まさにロイのためにあつらえたような剣だった。
以降、ロイは剣を片手に地下第二層をくまなく調べ始める。
◇
そんなある日のこと。
ロイは騎士団長サッシの部屋に呼び出されていた。
「攻略が進んでいないそうだな?」
サッシの目が光る。
「はっ!」
「いまだ地下第二層で足踏みをしていると聞いた」
サッシは立ち上がり、部屋をゆっくりと歩きながら呟く。
「人型──人間を模した敵を倒すのは苦か?」
「い、いえ」
静かだが、重みのある言動にロイは返事に詰まる。
「敵は敵、あれらは青い血の化け物だ。忘れるな。こっちが食わねば、あちらに食い殺される。覚えておけ」
「はっ!」
ロイはエクスの話を思い返しながら、サッシに承諾の意を返した。
◇
敵の青い目が光る。敵の長剣は犠牲者の血で濡れるのを待っているかのように、松明の炎を照り返してはギラリと光り。敵の戦士六体が真正面から闘いを挑んできた。
「これでもくらってろ!」敵の中心に光の束が放たれる。爆発、轟音。青い血が飛び散った。爆炎の中から、動く影が四つ出て来る。「こっちに来ないで!」
アリーナが投擲紐を回転させる。石つぶては命中、敵の頭を粉砕した。
「どう? あたい、やるときはやるでしょ?」アリーナはおどけてみせる。
と、そんなアリーナに襲い掛かる戦士が一体。戦士は剣を大上段に振りかぶり、
「バカ言っていないで下がれ! これでもくらえ!」
光がその戦士の胸に吸い込まれ、爆発四散させる。青い血を浴びたアリーナは、咳き込むエクスに頭をコクコクトと上下させてうなづいた。
「鉱妖精の鎚矛を受けるんじゃ!」と、鎚矛で戦士に一撃を与えるも、盾で防がれる。敵は返す刀でガラムズを刺す。鉱妖精の苦悶の声が上がった。
「ガラムズさん!」と、ロイが走りより、ガラムズを刺す戦士に雑種剣で切りかかる。腕を切りつけるや切り下ろし、そのまま勢いでVの字に股間から切り上げる。一面に青い花が咲く。敵はどう、と倒れた。ロイは雑種剣の切れ味に酔う。
ロイは思う。この雑種剣を使えば、俺だって英雄になれるかもしれないと。しかしながら同時に、この素晴らしい剣を失うことへの不安にも駆られたのである。
「ロイよ、後ろじゃ!」ガラムズの警告、ロイは反転、雑種剣でそのまま敵の剣撃を受け流そうとするも、敵の剣がロイの硬い革鎧の継ぎ目に食い込み、ロイの肩に赤い血の花を咲かせた。
敵はなおもロイに向かい、剣を上段に振り上げる。ロイは痛みに耐えつつ懐に飛び込み、雑種剣を敵の喉目掛けて突き出した。深い一撃、相手は剣を取り落とし、崩れ落ちた。