地下第二層
地下に降りた彼らは、さっそく苦戦していたのである。
わらわらとにじり寄って来る動く存在。手はだらりと垂れ下がり、暗い眼窩からは中身が糸を引いて融け崩れ、着衣は血膿に染まっている。動く死体である。それらは鈍重な、しかし恐るべき素早さでもってロイたちに襲い掛かる。
「嫌! もうなんなのこの迷宮! あたい帰る、もう帰る!」
アリーナは毒づきつつも投擲紐を振り回し、動死体の頭を石つぶてで砕く。だが、それでも押し寄せる動死体ども。
こんな不死者にわしが怯むとでも思ったかの!」
ガラムズが鎚矛で動死体の足を折るも、倒れ掛かってきた動死体はガラムズの首筋に噛み付く。
「うぉ、か、体が動かんぞい!」
ガラムズが呻くも、ロイが動死体の首を短剣で刎ねる。動死体はガラムズの上で融け崩れた。
「うぉぉぉぉっ!?」
浴びた腐汁と蛆の塊に、ガラムズは動けぬ体で泣いている。
「これでもくらえ!」
エクスの放つ白い光線。その輝きは部屋を埋め尽くし、死者の姿を余計に露にさせる。
「見たくないもの見せないでよエクス!」アリーナは半泣きで投擲紐に石を詰め、
「もうホント勘弁してよね!」と、露になった敵の弱い箇所に石を投げ込む。
「刃が鈍る……」
と、腐肉で汚れた短剣の切れ味に悩むロイ。動けぬガラムズの盾となり、動死体の相手をし続ける。それでもロイは切る、切る、切って切って切り伏せる。一撃では沈まぬ動死体に、さすがのロイも疲れを感じる。そんな動死体の爪がロイの腕を掠めて、ロイは短剣を取り落とす。
「しまった!」
ロイの叫びに「これでもくらえ!」と横合いからエクスの援護射撃、その動死体は光を受けて爆発四散する。
動死体に追われ、エクスの影に隠れるアリーナ、エクスは連続で呪文を放ち続ける。
「これでもくらえ、これでもくらえ!」光と爆音、そして放たれる投擲弾。
数を減らしたとは言え、動死体は未だその数を持つ。
「アリーナ、その鉱妖精に解毒剤をぶっかけろ!」
エクスは魔法の水薬を使うように促し、エクスは根切れるまで呪文を放ち続ける。
「これでもくらえ!!」
「助かったわい」、とはガラムズの弁。
「そんなことよりロイの治療をしてよこの腐れ神官戦士!」
とアリーナが詰る。ガラムズは、そんなアリーナを無視して神に奇跡を祈った。
◇
ロイは駆ける。動死体の首筋を刈る。動死体は糸が切れたように融け崩れる。
アリーナは放つ。投擲紐弾が動死体の胸元に吸い込まれ、大きく弾ける。
エクスは放つ。
「えい畜生、これでもくらえ!」
光は動死体に命中、爆発四散させる。
エクスはゼイゼイと肩で息をし、その場に倒れ込む。
気がつけば、あれほどいた動死体は融け崩れ、全て床の染みと化していた。
◇
そしてまたある日のこと。
「見て! あの染み……なんだかおかしいわ」
松明を持つアリーナが床の一角を指差して言った。
「動いてる! 染みじゃない!」
「粘体だ、気をつけろ! あいつは毒を持っているぞ!!」
エクスが断定する。こういうときのエクスの知識は本当に頼りになる。
「こいつも表面を切ると自分自身を融かしていくんですか?」
ロイは聞いた。この粘体が地下第一層の粘体と同じような生き物だとすると、対処方法も同じだと考えられるからである。
「そうだ、こいつも表面に傷をつけろ。だが、毒をもっているから気をつけろよ!?」
「はい!」
エクスの返事に、ロイはやはりそうか、と目を見開いた。
「と、言うより俺が魔法で焼いてやるから下がってろ!」とエクスは手を粘体に向けて突き出し、
「これでもくらえ!!」と魔法の呪文を唱えた。光が伸びて、爆散する。四散した粘体が所々で燃えている。
「エクスが偉そう」アリーナが零し、
「自慢できる何かがあると言うことは良いことじゃて」ガラムズが弁護した。
「なにか言ったか? ほら、焼け跡からロングソードが出てきたぞ?」エクスは長い棒状のものを拾い、
少し焼けているが使えないか? 見てくれ、ロイ」ロイに手渡した。
ロイ見る。
それは鋼の長剣だった。
刀身が少し焼けているので、少々手入れが必要だと思えたが、それ以外は良好である。
握りは手にしっくり来るし、重さ、長さも丁度良い。ロイはこの品を鍛冶師に見てもらおうと心に決めた。
「先へ進もう」ロイが扉に近づく。
「待って。その扉、怪しいわ」
「怪しい?」聞いてロイ。
アリーナは軽く目をやると、
「罠ががかってる。知らずにあけると、矢玉がズドンと飛んで来るわよ? おそらく毒矢が」アリーナの目が細まる。
「アリーナ、どうする?」ロイの声に、
「罠を解除するから、少し待って」アリーナが応じた。
◇
「『敵』の射線上に乗るな!」エクスが叫び、
「敵って……あれは人間ですよ?」
「これでもくらえ!」エクスの放った白い光線は魔法使いの男の胸に当たり爆発四散させる。
「エクスさん、なんてことを!」ロイはエクスの胸ぐらを掴んで、
「それはこっちの台詞だ、無警戒に敵の前に立つな!」エクスから怒鳴られた。
「敵? 敵って、人間じゃないですか。エクスさん、人を殺して平気なんですか!?」ロイはエクスから手を乱暴に払われて、
「あれは人じゃない。人間の皮をかぶった化け物だ。あれは魔王、もしくは魔王の眷属が作り出した邪悪な人形に過ぎない」断言された。
「人の皮を被った人形!? どう見ても人間だったじゃないですか」ロイはなおも言い募るも、
「やつらの青く染まった目を見ろ! 現に青い血を流す。やつらが人の言葉を話したか? やつらが頭を使った作戦を使って攻撃してきたか? やつらは人の言葉を話さず、解さず。やつらはただ目の前の敵を盲目的に攻撃してくるに過ぎん」再び言い切られた。
「そんな人形、どうやって創るのよ!」アリーナが噛み付くも、
「俺達の技量──剣や槍の扱い方であったり、魔法の使い方であったり、そう言った技を、志半ばで倒れた先人の魂から奪い取って創り出した人形に植えつけているらしい。そうして、やつらが生み出され、迷宮に放たれていると、先輩の騎士団員から聞いた。実際、<塔>の禁書にそういった存在を生み出す魔法が書かれた魔道書が眠っていると耳にしたことがある」無駄だった。
「嘘……」アリーナは目を丸くし、
「本当だ。嘘を言って何の得がある」エクスの答えは非情で。
「全部本当の……話なんですね」ロイは納得せざるを得ず、
「ああ」エクスはロイとアリーナに真実を告げた。
◇
炎が上っていた。迷宮の一角で、炎と煙が立ち上っていたのである。
これでもかとロイらの方まで熱気が押し寄せて来ていた。
「なんだ?」エクスが片眉を釣りあげる。
「工房のようじゃが……? ここは一体……おお、ここが噂の鍛冶師の工房に違いない!」ガラムズは興味津々のようだ。
「迷宮で鋼を鍛え続けている、って噂のか」