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 今夜もまた、酒場に楽士の唄が響き渡る。

 楽士は竪琴リュートを掻き鳴らし、唄を吟じた。

 

「ここに唄いますのは名も無き勇者の勲しにして、魔王討滅の物語。さぁ、老いも若きもお聞き召しませ、


『ここに勇者、現れ出でたり。だが勇者、その力、未だ眠りたもう。

 勇者は募る、共に行く仲間を募る。

 一人は慧眼の賢者、賢者は勇者の印を見抜きたる。

 一人は従者、勇者に助けられし若者よ。

 かくて三人は旅に出る。草原を越え、山を越え、森を越え、そして砂漠を越えて。

 そして辿りついたるは大迷宮、魔王アスタリーゼの手による魔宮なり。

 勇者は行かん、死地へと赴かん。

 今行かん、皆で死地へと赴かん

 今こそ勇者、ガストルンの魔宮へと赴かん』


 拙き唄にて、お耳汚し」


 ガストルンの勲しで広く知られる唄である。

 勇者はこうして仲間を募り、二人の仲間と共に迷宮へと潜った。

 そして迷宮に巣食っていた魔王を封印するに至るのであるが、

「ロイさん。ロイさん?」

 ロイは自身を呼ぶ声に気づいて顔をあげる。カレンだ。


「すみませんロイさん。お休みなら、簡易寝台とはいえ、まだお部屋のほうがよろしいかと」

 ロイの上に天使の声が舞い降りる。


「って……疲れておいでですよね? こんなところで寝ちゃっては、きっと風邪を引いてしまいます」

 気を利かせたのか、給仕娘ウェイトレスがそっと肩を揺らしては、ロイを想って囁いてくれていたのである。


 ◇ ◇ ◇


 翌日。

 騎士団長のサッシに呼び出され、騎士団本部に顔を出したロイ。


 部屋に置かれた樫の木で作られた机の向こうに座る男が一人。

 長身で眼光鋭く、金髪を短く刈り揃えたこの男。

 絶えず貧乏揺すりを繰り返している男、サッシ団長だ。


「攻略が進んでいないそうだな?」

 サッシの目が猛禽もうきんの光を湛えた。


「はっ!」

「次回から地下第二層に挑め」

 ロイが返事を返したは良いものの、サッシ団長は指で机を弾きながら命令した。


「何事にもきっかけが必要だ。後押しと言い換えてもいい」

「はっ! 了解しました!」

 有無を言わさぬ重い言動に、ロイは返事に詰まり考え無しに承諾してしまう。


「期待している」

 気のせいか、ロイは少しだけ自分に掛る言葉の圧力が減った気がした。


「は、はい!」

 しかし、今回もロイの声は裏返ったのである。


 ◇ ◇ ◇


 そのテーブルにはロイたち四人が集い、黒パンと煮込料理シチュー、それに麦酒エールという代わり映えのしない食事をしていた。


「このガストルン迷宮ってのは、誰も最深部を見たことが無いんだろ?」

 エクスが黒パンを千切りながら問うた。


「噂によると最深部では、かつて勇者に封じられた魔王アスタリーゼが復活のときを虎視眈々《こしたんたん》と狙っているらしいです」

 ロイが子供でも知っているような噂を口にする。


「そんな最深部を目指してどうするんだ?」

「あたいらは傭兵と変わりないんだ。団長がそれを望むんなら、そこ目指して潜ればいいんでしょ?」

 エクスの問いに、アリーナの身も蓋もない発言。

 そして話題を変えるようにロイが口を開く。


「そう言えば、俺は迷宮には鍛冶師が住みついて鋼の武具をひたすら鍛えていると聞きました」

「ミスリルやオリハルコンではなくて、鋼を鍛えておるのかの?」

「そうです。鋼を鍛え、ひたすら魔に届く武具を作り出そうとしているらしいんです。妄執に取り付かれた狂気の鍛冶師と聞きました」

 鍛冶師のことを話すロイの目が輝いている。


「そんな鍛冶師の打つ斧はさぞ鋭かろうて」

 鉱妖精ドワーフが髭を擦った。


「俺はそんな鍛冶師の打った剣を使ってみたいです。なんとか手に入れることは出来ないものでしょうか」

 ロイは身を乗り出して。


「それとなく噂を集めておく。それでいいか? 隊長」

「そうじゃな。わしのほうでも聞いておくことにするわい。酒の肴にもってこいの話題じゃしの」

「ありがとうございます、エクスさん、ガラムズさん」

 ロイの顔に笑みが弾けた。


「お話は終わった? ええとね、話は変わるんだけど、この迷宮は全部で何階層あるかわからないらしいの。先行組みでも地下第六層までしか到達していないって話」

「先行組みの一番は十三番隊だそうです。あとは三十二番、四十一番、四十七番、と続いていると聞きました」

「どうして隊の番号が飛び飛びになるんだ? って、全滅したか、怪我を治しているのかのどちらかに決まっているか」

考えたくもない推測を皆に振りまくエクスがいる。


「最近はまた隊の損耗が激しいんじゃなくって? サッシ団長は何を考えてらっしゃるんだか」

「いや待て、十三番隊も地下第六層で赤い悪魔エグザに囲まれて半壊状態らしいと聞いたぞ?」

「そんなこと知らないわよ」

 アリーナが魔導士エクスに怒りの矛先を向ける。


「まあまあ。これから下の階に潜っていくんじゃ。石化、毒、病気、麻痺、これらを回復させる水薬ポーションを持っていないと辛いじゃろうな」酔いが回っているはずの鉱妖精ドワーフがまともなことを言えば、

「確かにそうですね。かなり高い買い物になると思いますが、水薬ポーションを用意しておこうと思います」とロイ。


「団長の思惑がどこにあるにせよ、命あっての物種です。俺達は俺達で着実に前に進みましょう」

 と、ロイが締めた。


 ◇ ◇ ◇


 ロイたちがガストルン迷宮の攻略を始めて一ヵ月が過ぎようとしていた。

 迷宮は深く遠く。完全踏破はいつになることかわからない。

 だが、彼らは確実に、着実に歩を進めていた。

 そして今日、ロイらは改めて地下第二層に降りる。


「今日は地下第二層に降ります。気を引き締めて行きましょう」

「この前みたいなのはごめんだぜ」


 前回の勇み足で遭遇した気体ガスの化け物のことが苦い記憶と共に思い起こされる。


「前回よりはまともに対応できると思うわ」

「そうじゃの、やってみないことにはわからんの」

「では皆さん、行きましょう!」ロイは号令を下す。


 そして、彼らはおもむく。


 おぼろげに口をあける大迷宮。

 その牙は鋭く、その舌は柔らかく、その唾液は甘い。

 探索者を歓迎するも、手酷く追い払うもその日の気分次第。

 ガストルン大迷宮。

 その宴は今始まったばかり。


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