地下第一層
そして今日も、迷宮探査の日々は続く。
「なんなのよ、こいつらは!」アリーナの顔は引き攣り、
「泡立つ粘体……迷宮の掃除屋だ!」酒場で聞きかじった情報を元にロイは推測する。
「この粘体はこいつらの親戚より遥かに弱い。剣でこいつらの粘膜の表面を傷つけてみろ」魔導士が知識を披露し、
「こいつらは自分達の酸で自分の体を融かし始めるはずだ」と解説を始めた。
「ほれ!」ガラムズが鎚矛を叩き込むと粘体表面の膜が破れ、
「本当! 煙を上げているわ!」アリーナが指差す。
「皆、ガラムズさんに続いて!」ロイの掛け声とともに、掃討戦は始まった。
◇
小山のような軟体動物が意外な速さでにじり寄って来る。周囲は物凄い悪臭に包まれた。
「ちょっと、近づかないで! あんたたちこいつ早くなんとかしてよ! ねえ、ロイ、エクス!!」アリーナが悲鳴を上げ、
「これでもくらえ!」エクスの呪文が軟体動物の体に吸い込まれ、火傷を負わせる。
「この!」ロイは短剣で切りかかり、エクスのつけた火傷の傷を大きく開く。
「ふん!」ガラムズは殴りかかり、鎚矛を軟体動物の体に埋めた。表面の皮膚が破け、白い中身が流れ出す。ロイは再び切りかかり、今度はガラムズのつけた傷を大きく開く。
触手が腰の抜けたアリーナの肌を舐め取った。「ひっ!?」アリーナは溜まらず叫び出す。「早くして、早くしてったら!」
エクスの呪文がまたも軟体動物の肌を焼く。今度は大きく体を焼いていた。ロイはすかさず短剣で切りかかり、エクスの焼いた傷跡を大きく切り開く。軟体動物は大きく裂かれ、歩みを停止した。
ロイは再び切りかかり、軟体動物の傷をなぞるや怪物の体を二つに割った。
◇
扉の前で、皆、アリーナの仕事を待っている。
「鍵は開きそうかい?」穏やかにロイは口にする。
「ちょっと待って、もう少し」鍵開棒を片手に、扉の鍵と格闘すること数十秒。カタッと軽い音がした。
「お待たせ、開いたよ」アリーナは応える。
皆、顔を見合わせ、
「アリーナ、お前の手先が器用だって話は本当だったんだな」ロイは手を叩き、、
「まあね、褒められるようなことじゃないと思うけど、こういう作業は得意かも」
「そうなのか。でもアリーナ、凄いよ」アリーナに答えた。
◇
「これでもくらえ!」エクスは大蛇に向かって魔法の呪文を放つ。白い光線が大蛇を襲い、大蛇の二つの頭のうち、一つが弾ける。
のたうつ大蛇の尾がガラムズを打つ。ガラムズは真正面から当たって吹き飛んだ。
「ガラムズ!」ロイは仲間の心配をしながらも、短剣で切りかかる。大蛇の目を狙って突き出し、片方の目を潰した。大蛇は激しくのた打ち回る。アリーナが短剣で切りかかり、傷口に刺しては切り下ろし大蛇の傷を広げる。ロイは再度、短剣で切りかかる。開いていた大蛇の口に短剣を突き込み掻き回す。大蛇はビクリと震えると、どさりと落ちて動かなくなるのだった。
◇
きょうもまた、戦利品を手に万屋を訪れる。
店の奥で鉱妖精の持つ片眼鏡が光る。
「なになに? 豚鬼の大腿骨と奥歯、粘体のかけらに、丈夫な筋、大蛞蝓の目玉に大蛇の牙と皮。どれも錬金術士が喜びそうなものばかり、傷つけずによく取ってきたのう」
「苦労しました」
店主が目録を読み上げると、ロイは頭を掻きつつ返事をする。
「おぬしは正直よな?」
「人間正直が一番だと思っていますから!」
鉱妖精の目が光るが、挨拶代わりに頭を下げたロイは気付かない。
◇
連日の迷宮探査のかいあって、八十八番隊はようやく地下第二層に繋がる階段へと辿り付いた。
「ここに来るまでにかなり消耗しましたね」ロイは汗を拭きながら話を切り出す。
「ああ。もう少しこの地下第一層で鍛えてから下の階層を目指すか?」エクスにしては慎重な意見が出た。
「まだあの汚い連中相手にするワケ? もうヤダ!」アリーナはもううんざりらしい。
「そうは言っても、階を降りるごとに巣食っておる魔物は強力なものになるというぞ? 勇気と蛮勇は違うからの」ガラムズも慎重だ。
「ならどうだ、一度だけ下の階層の敵と戦ってみるというのは。ものは力試しだ」エクスが二人の意見を取り入れた案を出すと、
「そうじゃな、一度だけなら試してみてもよかろう。どうじゃ、ロイよ」ガラムズもそれにのった。
「そうね。一度だけなら。どうする、ロイ?」アリーナがロイにどうするのかと迫る。
三体一だ。以前と同じ。しかし、ロイは決断する。
「一度だけ、一度だけ試してみましょうか。本当に一度だけですよ?」
結果、ロイは折れた。
◇
八十八番隊は炎の呪文で散々に炙られる。
「畜生め、誰だ階下に降りようなんて提案をしてきた奴は!」服についた火の粉を叩き落しながらエクスが叫ぶ。
「あなたでしょエクス!」髪の毛から火の粉を払いながらアリーナが毒づく。
「お前さんがもう一階は飽きた、と言うておったような気がしたのは間違いかの?」ガラムズが冷静に刺した。
「みんな喧嘩しないで! エクスさん、魔法であの気体を焼いてください!」ロイはエクスに注文した。
「魔法で? やってみるか。これでもくらえ!」
光が気体の魔物を包み込む。一瞬白く輝いて、ばっと広がる炎の花。
「敵は弱っています。畳み掛けましょう!」
ロイは言うなり、短剣で燃え尽きつつある気体を掻き散らす。ガラムズとアリーナも続き、鎚矛と短剣がる気体を掻き乱した。やがて気体は拡散し、魔物の体は離散するのだった。
◇
かくして一同は酒場兼宿屋、"天国の花園"亭へ返って来た。
「お帰りなさい皆さん! 皆さんご無事なようでなによりです!」
ガストルンの向日葵、カレンの笑顔が眩しい。
「地下は、迷宮は思っていたよりもずっと恐ろしい場所だった。本当に恐ろしい」
「そうね。舐めていたわね」
ロイの言葉に、アリーナを始め、皆が一様に首を縦に振る。
「すまん。俺がまた先走った」珍しい事に、エクスが頭を下げたかに見えたが、
「若い頃には良くある事じゃて」
「あ? お前さんも、それに皆も俺の意見に賛同していたじゃねぇか!」
「そうじゃったかの?」
「とぼけるな!」
と、エクスは咳き込みながら、今日もガラムズに噛み付いた。