魔軍蠢動
「で?」
当然のように骨の玉座に座ったアスタリーゼは平身低頭して控えるイスカリオテの旧臣らを眺めつつ口を開いた。
その声に皆凍る。
曰く、他人の命など露ほどにも気にしていないのではないか。
曰く、、自分たちは切り捨てられるのではないか。
曰く、、、と。
彼らの態度が、そしてその姿勢が無言でアスタリーゼに答えを告げていた。
「我ら一同、魔導王様に忠誠を誓います!」
「誓います!」
アスタリーゼは一同を見渡すと、ため息一つ、
「わたくしのことは魔王と呼びなさい。わたくしこそは魔神の王。だから、あなた達はわたくしになにを捧げることができるの?」
皆、魔王の威に打たれてなに一つ行動に移すことができない。
アスタリーゼは一度、視線を一同から外す。
「はぁ……」今度のため息はひときわ長かった。
「人間を攫ってきます!」
「いや、金銀財宝を捧げます!」
「先君に劣らぬ忠誠を!」
イスカリオテの元僕たちが騒ぎ出す。
「どれもつまらないわ」水を打ったように静まり返る玉座の間。
皆がうなだれる中、金髪をかき上げつつ、一体の吸血鬼が口を開いた。
「では魔王様、私は、この世界の全てをあなた様に捧げます。空を、海を、大地を。全てを麗しの我が君に」
「ん……」
「目指すは世界の征服でござりますれば」
アスタリーゼはその吸血鬼と目が合った。青い瞳鋭い犬歯、白い肌、黒いケープ。
「あなた、名前は?」問うアスタリーゼの声は弾んでいる。
「ギレイライン。ギレイライン=ローズクラフトでございます。麗しの魔王様」
「あなたの考え、暇潰しにはちょうど良いわ」頭を下げるギレイラインに、アスタリーゼの顔は綻んだ。
◇ ◇ ◇
それから。
アスタリーゼはイスカリオテの死により主人のいなくなった浮遊城を自らの居城とし、魔の軍団を編成した。
そして彼女の召喚に応じた多くの悪魔がこの地より飛び立ち、瞬く間に妖魔の森の闇妖精、豚鬼、小鬼、犬鬼、食人鬼などに加え、ルギア山脈の霜竜、霜巨人、闇妖精、そして蟻人などを斬り従えた。
特に妖魔の森については、人間に対抗すべく犬鬼と豚鬼のために拠点となる砦を二つ築城するのであった。
また、闇妖精には地下迷宮の拡張を命じ、あたかも地上の道であるかのように地下に道を造るよう命じた。そして彼女の軍団の、装備がどれも貧相な事から、武具を作って渡すようにも命じておいた。
そしてAS102年。
いざ、世界制覇の一歩を踏み出そうと思ったとき、彼女は飽きた。そして寝所へ赴き、彼女は永い眠りに入ったのである。
◇
彼女、アスタリーゼは黒曜石に象牙と絹で設えた寝台の上で寝返りをうつ。
火食い鳥の羽毛布団に包まり、彼女は惰眠をむさぼる。
そしていつしか眼を開けた。
数度瞬きを繰り返す。
世界中にばら撒いていた分体の一体から報告があがっている。不埒にも、脆弱な人間が彼女を打倒せんと牙を剥いたらしい。
アスタリーゼは欠伸を噛み殺し、上体を起こした。
両手を天井に向かって上げて伸びをする。
眠い。物凄く眠い。だが、余り寝てばかりいると面白い催しごとは直ぐに終わってしまうのだ。
仕方なくアスタリーゼは背中に畳んでいた、蝙蝠のそれに似た羽根を伸ばして数度羽ばたくと、完全に覚醒したのである。
豪奢な寝台に腰掛けたアスタリーゼはゆっくりと立ち上がり、部屋の外に出る。
時にAS300年。約200年ぶりの外気に触れながら、花々にも似た香りを振りまきつつ歩く。
時が止まっていたかのように、彼女の部下達は彼女への忠誠をそのままに、誰もが二百年ぶりの最敬礼を持って迎える。
天空城。花咲く楽園、一面の花咲く緑の野。
アスタリーゼは花を手折ろうとして止める。自然は自然のままに。
寝たいときに眠り、食べたいときに食う。
──汝が成したい事を成せ。
彼女の信じる、真の自由を司る神の教えだった。