深追い
「危ない!」
豚骨鬼の剣はロイの短剣に弾かれる。ロイはそのまま敵に体当たりし姿勢を崩させると短剣で首の骨を絶つ。豚骨鬼のほねは力が抜けたようにバラバラになった。
「畜生、来るな!」
豚骨鬼の棍棒はエクスの足に命中した。エクスは転倒しつつも呪文を唱える。
「これでもくらえ!」
今度は命中、豚骨鬼の頭を吹き飛ばした。だが、豚骨鬼は怯まずエクスの腹に棍棒を叩き付けていた。
「ちょっと、この相手!?」
アリーナの投擲した石は、骨の隙間を通って抜ける。アリーナは投擲紐を投げ捨てると、腰に佩いた短剣を抜き放つ。豚骨鬼の剣はアリーナの肩を砕き、アリーナは短剣を取り落とす。敵の刃が喉元に掛かろうとしたその瞬間、「危ない!」との掛け声とともに誰かが体当たりで豚骨鬼を吹き飛ばした。ロイである。彼は豚骨鬼の急所であろう、首の骨を短剣の柄で砕き沈黙させる。ロイはエクスの救援に向かおうとして、新手の豚骨鬼に行く手を阻まれる。
「どっせーい!」
神官戦士は骨を砕く。手にした鎚矛で骨を砕く。次々と砕き、三体目だ。だが、さすがに疲労したのか、動きが鈍くなっている。
「首を狙うんだアリーナ!」ロイが骸骨をひきつけている間に、豚骨鬼の背後から短剣の一撃が繰り出される。狙い過たず首筋に命中し、骸骨はバラバラになる。「やった!?」と、アリーナは息も絶え絶え、震える手で今の攻撃をやってのけたのは賞賛すべきか。
「これでもくらえ! これでも、ゴホゲホッ」
エクスの呪文がついに骸骨を吹き飛ばす。骸骨はもう立ち上がらない。
「おおぉと!?」
ガラムズの手が滑り、鎚矛を取り落とす。豚骨鬼の短剣は鉱妖精の肘を傷つけた。そして影が滑り込む。
「ガラムズさん!」
言うが早いか、影ことロイは豚骨鬼の短剣を敵から奪った盾で払うや返す刃で首筋に短剣を叩き込み、全てを終わらせた。
◇
「剣は苦手。投擲紐があたいにはあってるっぽい」
皆、疲労困憊で座り込んでいる。
「もう奥には行かないで下さい。地上に戻ります。良いですね!?」
ロイは骨の散らばる床から立ち上がり、敵の持っていた武具を拾うように指示すると、迷宮を出るように号令した。
「できれば敵の大腿骨や奥歯も拾ったほうが良い」と息を切らせてエクス。
「なぜ?」との問いに、「魔法の触媒になる。売れば金になる」との返答。
「先程倒した連中の歯も抜きますか?」との問いには
「作業中に敵を引きつけるかもしれない。今回は止めておいたがいい」と返した。今まで急いていたエクスの態度からは想像もできないほどの慎重さであった。
直後、咳き込んだエクスが口に当てた布には少量の血がついていた。
◇
かくして一同は酒場兼宿屋、"天国の花園"亭へ返って来た。
「お帰りなさい皆さん! 皆さんご無事なようでなによりです!」
ガストルンの向日葵、カレンの笑顔が眩しい。
「地下は、迷宮は思っていたよりもずっと恐ろしい場所だった」
「そうね。舐めていたかも」
ロイの言葉に、アリーナを始め、皆が首を縦に振る。
「すまん。先走った」
「若い頃には良くある事じゃて」
珍しい事に、エクスが頭を下げたかに見えたが、
「あ? お前さんも俺の意見に賛同していたじゃねぇか!」
「それとこれとは話が違うのう」
「やかましいわ!」
と、ガラムズに噛み付いた。
ロイは尋ねる。
「カレン、迷宮の中で色々拾ったんだ。金に変えたいんだけど適当な店を知ってるかい?」
「ああ、それでしたら大通りにある万屋に持っていかれてはいかがでしょう。他の光竜騎士団の方も利用されてありますよ?」
「ありがとう。行って見るよ」
◇
カレンの紹介してくれたその店は、は大通りの一角、一際異彩な存在感をもってそこにあった。綺麗な佇まいを見せる高層建築に比べ、貧相な一階建ての商店が営業しているのである。
ロイらはそんな万屋を訪ねた。
暖簾を潜ると、薬草の匂いが鼻を突く。そして鎧や武器、巻物、水晶、そして宝石など雑多な品がある程度分類されて陳列してあった。
「凄いな」
「ある意味、な」
「よい趣味をしとるの」
ロイが零すと、エクスが繋ぎ、ガラムズが感想を述べた。あくまで彼個人の感想である。
店の奥から一人の鉱妖精が出てきて言った。
「お前さんがた、本当に客か? 冷やかしなら帰ってもらおうか」
「客です。買い取って欲しい品があります」
「どれ、見せてみろ……いや、おっとお前たち、そこから動くな……」
茶色の作務衣を身に着けたその鉱妖精は、言うだけ言うとロイたちの近くまでゆっくりと近づいては、ロイの手にした風呂敷を奪うように取り去った。
「あの、こちらの武具も見ていただけませんか」
「一つ銅貨一枚じゃな。嫌なら迷宮に捨ててくるがええ」
いくら敵が、それも死霊が持っていた持ち物とは言え、一つ銅貨一枚は無いだろう、と思わなくも無かった。実際にロイもバックラーを拾って装備しているのである。もう少し色を付けて貰っても良いはずなのだ。だが、嫌なら迷宮に捨てて来いとまで言われては、もうここで手放す他ない。
片眼鏡を取り出して骨や歯を見ていた鉱妖精だったが、
「全て合わせて王国金貨一枚で引き取ろう」と、言ってくれた。
「おいオヤジ、もっと色つけろや」エクスが食い下がるも、
「嫌なら買い取るのをやめるだけじゃ。他を当たるがええ。だが、他におぬしらの相手をしてくれるような物好きはおるまいて」と袖にされた。
「金貨一枚でお願します」
ロイは即答する。色々思う所はあったが、ここは引いたほうがよいと思えたのだ。
「おぬしらは利口じゃな。きっと長生きするぞ」
鉱妖精の言葉を背に、皆、店を出た。
◇
「なんだあのオヤジは。けち臭い」エクスはぼやく。
「あたいが知ってる故買屋なら、もっと買い叩かれてた。この店で正解だよ」
エクスはそんなアリーナの言葉を聞くと、エクスは咳き込み、道端に痰を吐き捨てた。